千秋さんとの関係に区切りをつけてから私の生活にも変化が訪れた。
まず一つは千秋さんと友だちに戻れたことで、クラスでの関係が戻ったこと。仲直りできてよかったねと言ってくれる友達もいて、私にも千秋さんの周りにも人が戻り学校にいることが苦ではなくなった。
それがはっきりいい変化と言えること。
二つ目の変化は蘭先輩との関係。
これは私だけに限らないことなのだろうけれど、蘭先輩が一人でいることが多くなり彼女と夜を過ごす人がなくなった。まったくゼロというわけではなさそうだけれどとにかく数は極端に減っている。
それは間違いなく千秋さんとのことが原因で、私がきっかけを作ったことでもあって……どうしても気にしてしまう自分がいるの。
かといって、あの人に対し虚心になることもできずに結局は会話もできていないけれど。
とにかくそれが二つ目の変化。
そして、三つは再び私のこと。
私と、同室の少女との関係。
「そろそろ寝ましょう」
十一時を回った頃、テーブルで本を読んでいた私は正面で教科書を開いていた冬海ちゃんへと声をかける。
「……はい」
冬海ちゃんは頷きながらも私に含みのある視線を送ってくる。
その意味には気づいていてそれから逃げるように目を背けた。
「テストも近いしね。早めに寝ておかないと」
もっともらしいことを建前に私は冬海ちゃんの視線から逃れて背を向ける。
「…………はい」
声に淀みが混じっているのがわかる。納得をしていないし、不満を持っている。
千秋さんとの一件から私はほとんど彼女に触れなくなった。しないわけではないけれど、回数は減っているし部屋以外でということは一回もなくなっている。
理由は自分でもはっきりしていない。
こんな言い方は彼女に失礼なのだろうけど、気分がのらないという言い方が一番かもしれない。
その原因は蘭先輩のことなのだけど。
考えていることを顔には出さず私はそのままベッドに向かうと結局一度も冬海ちゃんを見ないまま体を倒す。
そこでやっと冬海ちゃんに視線を送ると
(っ………)
目が合った。
初めてあった頃とは違う瞳。
澄んだ湖畔のように綺麗だった瞳が今は、私へ淀んだ瞳を見せている。
その原因は私にあって、私はそれを受け止める義務を持っているはずなのに。
「おやすみなさい」
私から視線をそらして再び彼女の気持ちから逃げてしまった。
「………おやすみなさい」
わずかな沈黙の後、私と同じ言葉を全然違う響きで返し歪な夜は今日も更けていく。
このところ私は蘭先輩のことばかりを考えるようになっている。
夏目蘭先輩。
私の人生を変えたといっていい人。
あの人がいなければ私は普通の学校生活が送れていたはず。千秋さんや冬海ちゃんとごく普通の学生でいられた。
それを壊したのはあの人。
知らなくていいことを知り、私は歩もうとしていた道から逸れた。それは周りにも影響を与え、特に冬海ちゃんには取り返しのつかないことになっているかもしれない。
そういう経緯もあってはっきり言って私はいい感情を持ってなどいない。
恨んでいるっていってもいいかもしれない。
ただなぜか憎み切れてはいない気がする。決して好意なんてもっていないけれど、嫌いとは言えても心の底から憎いとは思えない。
それはやはりあの事が関係しているのかもしれない。
私に向けてごめんなさいと謝ったこと。その時はふざけるなと思ったけれど、どうしてもあの姿が忘れらずにあれこそが私の初めて見た蘭先輩の本当の姿と思って今でも瞳の裏にちらつくことがある。
それと、千秋さんから聞いた好きな人がいるという話。
証拠もないのに私はそれが真実だと勝手に思い込み、蘭先輩の異常な行動はその好きな人が関係しているとストーリーを作って事情があると決めつけている。
もちろん、理由があったからと言ってあの人のしたことは許せることではないけれど、それでも私はあの人の理由を気にしている。
そしてそれは、ある日を境に私の中で確かな思いとなった。