なぜ蘭先輩のことを知りたいか。
その理由ははっきりとしていない。何を求めて、何を望んでいるのか。
ただの好奇心ではないのは確か。
今のところあえて理由をつけるとするのなら自分の身に起きた理不尽の理由が知りたいということかもしれない。蘭先輩のことを知ることで、なぜ私がこうなってしまったのかというわけが知りたい。
もちろんそれを知って、たとえ納得したからと言って何かが変わるわけじゃないのはわかっている。それでも私は知りたいという気持ちを抑えきれないでいた。
「あの……鈴さん」
蘭先輩と話しをした日の放課後。
相変わらず一緒にいる子じゃなくて、蘭先輩のことばかりを考えてしまっている私の耳にいつもの声。
期待を不安と、不満を織り交ぜた冬海ちゃんの姿。
もう就寝時間近くで冬海ちゃんが何を求めているのかはわかる。
一時期は毎日のように相手をしていたのに今週は一度もしていない。冬海ちゃんが私に対して不満を抱いているのは手に取る様にわかっている。
(でも……こんな気持ちのまま)
最初冬海ちゃんと関係を持った時には、自分の気持ちを発散させるためだったくせに今は他の人の事がちらつくからと冬海ちゃんを拒む。
(最低ね)
その程度の罪悪感を持つくらいにはまだ理性を残している私。
ただ冬海ちゃんに応えられるのとは別問題で
「……ごめんなさい、今日は約束があるから」
と、今の冬海ちゃんに対してもっともしてはいけない嘘をついて私は部屋を出ていく。
行き場なんてなくて適当に時間を潰してから戻ろうと寮の中をふらついていると。
「鈴ちゃん」
意外な相手に声をかけられた。
「瑞奈、さん」
そこにいたのは蘭先輩のルームメイト。就寝時間に合わせて部屋に戻るのところなのか手ぶらのまま私に近づいてきた。
「もう消灯時間よ? 戻らなくていいの?」
「あ、いえ……」
冬海ちゃんから逃げてきたとは正直に言えず歯切れ悪く応えているとふとあることを思う。
(……この人なら何か知ってる?)
私はもちろん、千秋さんや冬海ちゃんよりもずっと多くの時間を過ごしてきたはずの子の人なら。
自分を動かしている想いは相変わらずはっきりとしないけれど私は、何かを知りたくて
「あの、お話があるんですが」
「話? なら、部屋にでも来る?」
「っ」
その提案に一瞬身構える。この人とはたまにではあるけど関係を持っていて、私が蘭先輩を気にしていることなんて知らないだろうから、私の望む展開とは別のものになってしまうかもしれない。
「丁度蘭いないし、ゆっくり話せると思うよ」
「いないんですか……?」
こんな言い方をするということはおそらくそういう理由なのだと思う。それは少し前であればただそうなのか程度の感想しか持たなかったけれど今は、あの状態の蘭先輩がするということは意外に思える。
「まぁ、ね。こういうことたまにあるから」
「?」
その意味を捉えきれなかったけれど部屋に行くと言うのは冬海ちゃんへの嘘を本当にすることとも、私の目的とも一致しているように思えて素直に部屋についていくことにした。
部屋に入ると私は自然と蘭先輩のベッドを見つめた。
瑞奈さんの言うとおりそこには誰もいなく綺麗に整えられたシーツがあるだけ。
「……どこにいってるんですか?」
「さぁ? 誰かの部屋か、あそこじゃない?」
つまりは想像した通りそういうこと。
「誰だってそういう時はあるでしょう。一人になりたかったり、誰かといたかったりする時は」
「……貴女じゃダメなんですか?」
「これでも友だちのつもりだから」
その言葉が出てきた真意はわからないけれど、わかる気もする。
友だちだから距離を取る。時にはそれが友情になることだってあるのだから。
「それで話って何?」
瑞奈さんは自分のベッドに腰を下ろすとポンポンと隣を叩いて私に来るように促した。
私は近づきはしても隣には座らず正面に腰を下ろす。
「……ふぅん。まぁいいけど。話って蘭のことでしょ」
「はい」
「何かあったの?」
「…………」
自分で話があると言っておきながら私は沈黙した。
(なぜ私はこんなことをしているの?)
その疑問が浮かんだから。私はあの人のことを決してよくは思っていないはずなのに。
でも、蘭先輩の切なそうな顔が瞳の裏に浮かんで
「蘭先輩に好きな人がいるって本当ですか?」
はっきりと瑞奈さんを見つめて問いかけた。
「っ……」
動揺。
蘭先輩に聞いたときと同じように瑞奈さんも狼狽えて見せた。
「知っているんですね」
間髪入れずに私はそう問い詰める。動揺をするっていうことはそういうことのはずだから。
「…………」
長い沈黙が答えだった。この人は蘭先輩の好きな人を知っている。それどころか私の知らない真実をこの人なら知っている。そんな予感がした。
「教えてください」
「………なぜ貴女にそれを教えなければいけないのかしら?」
「私が知りたいからです」
もっともな問いに私は自分勝手な言葉を返した。理由なんて自分の中でもはっきりしない。知りたいというわがままな気持ちがあるだけ。
「……………」
私の答えに瑞奈さんは沈黙する。もしかしたら呆れているのかもしれない。それとまるで見定めるかのような瞳。
一分近くはそうしていただろうか。
居心地の悪さを感じながら私は視線を受け止めていると、なぜか諦観したように笑い
「なら、今日私の相手をして。そうしたらあなたの質問に答えてあげる」
予想外の誘いをかけてくるのだった。