私は仕事に対して意義は感じている。
そりゃたまにはサボったり面倒と思うこともあるけど、すみれと出会うきっかけにもなったように図書館に来た人間には何かを得て欲しいとそう思っている。
その為には図書館の環境を整えることも必要で時には頑張らなきゃいけない時もくるのだ。
◆
その日、仕事が長引き珍しく日付が変わる頃の帰宅になった。今週はこの日ほどとは言わずとも毎日遅くて疲労困憊での帰宅。
すみれは立場上そんな遅くまで働くことはなく、出迎えてもらえたのはいいけれどさすがに相手をする余裕はなく会話もそこそこにお風呂だけを済ませてベッドに入った。
幸いにして翌日が休みだから明日のことを気にせず寝れるというのはまだ精神的には救われてはいた。
(あ……けど、すみれと出かける約束してたっけ……)
寝入る直前それを思い出す。正直今の疲労を考えると予定を変更したいところだけど、眠気は限界で会話をする気にはなれない。
(しかも…明日朝は私か……)
休日のごはん当番のことまで思い出し、これもすみれに変わってというべきだったなと思い出すがそこまでで何もすみれと話せぬまま私は寝入っていった。
◆
「ん……んん」
頭が重い。体の動きが鈍く、動くことを拒否しているようなけだるさ。
全然眠れた気がしない起きてしまったのは。
ブーブーとなるスマホのアラーム。
休日にはかけてなかったはずだと一応枕元のスマホを確認しようと手を伸ばすと、思った通り何ともなってはいなかった。
(ってことは、すみれの?)
それ以外にはないだろうが、中々すみれは起きず疲労のせいもあってか少しいらだつ。
大体休みには特別な用事でもない限りアラームで起きたりはしないのに。今日はでかける予定があったとはいえ、早く出るものでもないのに。みたかぎりかなりはやい時間で、さっさと起きろと、
面倒ながらも体を起こしすみれに声をかけようとして
「あ………」
すみれのスマホが見えた。
そこにはアラームの予定に「文葉の代わりにご飯を作る」とあって
「……………」
先ほどまで少しいらだってすらいたのに、その気持ちが雲散し代わりに軽く笑った。
(……早く起きなさいよ)
再びベッドに潜り、先ほどとは違う意味でそれを想う。
嬉しいというのもそうだし、すみれが何も言わずにこんな気を使ってくれるというのもすみれの成長を感じてこそばゆい感じだ。
(……なんだか恋人への感想というよりは娘とか、妹とかに思うようなものだけれど)
まぁ、すみれは最愛の恋人でありながら妹のようには少し思ったりはしているわね。
とにかくすみれが気を使ってくれるのならこのまままどろみの中にいさせてもらいましょうか。
そうしてアラームが鳴り始めてから五分程度たってようやくすみれは目を覚ましたようで、
「っ!!」
最初は鈍い動きだったものの、スマホを見た瞬間にすべきことを思い出したのかガバっと飛び起きた。
「……………」
こちらを見たのは私が起きていないかの確認でしょうね。思えば普段起きる時間よりも大分早く、すみれが私の疲れを見越しているというのがよくわかる。
私に気付かれず、気を使わせずごはんを用意するつもりなんでしょうね。
ほんとすみれがこんなことしてくれるとは思わなかった。
その厚意に甘えて今はこのまま眠らせてもらいましょう。
◆
それからまた数十分後。
次に目を覚ました時には体はまだ疲れてるはずだけど、頭はいやにはっきりしていて、キッチンから漂ってくるいい匂いに意識が覚醒する。
ベッドから抜け出て、そちらの方へと向かうと
「おはよう、文葉」
エプロン姿の恋人が立っていて。
「朝ごはん、もうすぐできるから顔でも洗ってきなさい」
恩を着せるような物言いをすることもなく自然とその言葉が出てきてることに不思議な感慨を受けた。
「そうするわ」
短く答えながら私は心が暖かくなっているのを感じた。
(こんな些細なことなのに)
それとも些細なことだから? 生活感のあふれる何気ない一場面だったからこそ。
(私、幸せね)
それを強く感じられて。
「すみれ」
「なに?」
「ありがとう」
その言葉を素直に伝えて幸福をかみしめることにした。