結局何もなかった。
いえ、すみれからしたら私から頬とはいえキスをされたということは大きなことのはずだから何もないという言い方は悪いかもしれないけれど、私からすれば何もなかったといってもいい。
花火は九時前には終わり、片づけをしてすみれの家を出て家路へと向かう。
まずはバス停へと向かう途中までずっとすみれにキスをしなかったことを考えていて、自分に嫌気がさす。
(していいところだったでしょう)
それどころかその先にだって進んでもおかしくない場面だった。
というより、
(……すみれじゃなかったらしてただろうな)
そもそもすみれじゃなければここまで興味を持たなかったかもしれないが、今の親密度で相手がすみれじゃなければ部屋で一夜を過ごしたと思う。
だが、実際にできたのは頬への口づけなんていうそれこそ中学生かと言いたくなる。
自分の中に渦巻く感情をうまく処理しきれない。
誰かにここまで感情を乱されるなんて早瀬以来だ。
(飲みなおそう)
酒に頼るなんて情けない話だけど、まともな精神状態でいたくない。
そう思いながら早足になった私は。
「……ん」
バッグの中でケータイが鳴っているのに気付いた。
状況的にすみれからかもしれないと、一瞬びくつくも画面には
「…………」
『雪乃』と表示されていて、
「……はい」
「あ、よかった繋がったー」
「どうかしたの?」
「今日さー、泊りにいってもいい?」
「あんた、花火に行ってるんじゃなかったの?」
「いったけどさー」
「あぁ、振られたの」
「はっきり言わないでよ。とにかくそんなんだから、行ってもいい? つか近くまで来ちゃったんだけど」
「………」
回答は初めから決まっているはずなのに一瞬間を置く。
今早瀬とは会いたいような会いたくないようなそんな矛盾した気持ちだから。
「かまわないわよ。今帰ってる途中だから少し待ってて」
「おけ、じゃ先に入ってるね。なんか適当に買ってくー」
「はぁ……いい加減鍵、返しなさいよ」
「いいじゃん。こういう時便利だし」
その後も遠慮のないやり取りをして通話を終える。
……会いたくない気分と言ったけれど、
一番気の置けない相手である早瀬とは会うことは悪くないかもしれないと、少し気持ちを持ち直して帰路を急ぐことにした。