「…ふ…ぁ…んっ」

 甘く切なげな声が部屋に響く。

 海外のリゾートを思わせる豪奢な部屋、淡い照明に照らされたベッドの上で二人の少女が一糸まとわぬ姿で肌を重ねていた。

「っはっぁ…初華……、もっと…んっ…」

 一人の少女は豊川祥子。このホテルに誘った張本人はベッドに背をつけ、扇情的な表情でもう一人の少女を見上げた。

「…うん、さきちゃん…っ」

 見上げられた少女、アイドルユニットsumimiの三角初華はベッドに膝をつき眼下の祥子の見下ろし、

「………ん、く」

 興奮と緊張から唾を飲み込む。

 視線の先にあるのは祥子の裸体。

 白い肌は性の高揚に赤く染まり、普段は二つに結わえられている髪がベッドに散らばって汗ばんだ肌につく様子は初華にとって恐ろしいほどに蠱惑的だった。

「…は、ぁ」

 さらに形いい胸とそこに残る赤い痕。固く膨らんだ膨らみの先端は初華の唾液に濡れ、初華にとってこの世のものとは思えない光景だった。

(本当に現実じゃなかったらよかったのに)

 祥子の身体に残る悦楽の証にそう思わずにはいられない。

 何故なら初華はどうしてこんなことになっているのかわかっていないのだから。

 突然かかってきた想い人からの電話。

 深刻な空気から伝えられた「全部、忘れさせて」の言葉。

 何があったのかはわからないままホテルに呼び出され、事情を聞けぬまま、求めに応じて体を重ねていた。

 祥子と肌を重ねること。それ自体は望んだもの。しかし決してこんな形で求めていたわけじゃない。

「…はぁ…っ、どうしたんですの? 初華……早く……っ」

「っ…うん。ごめん、さきちゃん」

 動き出さないことをせかすような祥子に初華は一瞬顔を曇らせるが、すぐに今はもう慣れてしまった作り笑顔をして祥子の身体に手を伸ばす。

「ぁ……」

 お腹に触れるとしっとりとした肌に手が吸い付きそれだけでもたまらない気持ちになる。

「んっ…くすぐったい、ですわ…っ…」

 もどかし気な祥子に焦らすことなく指を下半身へと伝わせていくと

「っふ…ぁ…」

「さきちゃん、すごく…濡れてる」

「初華の触り方がいやらしかったからですわ。でも……」

 視線と声がもっとと言っていることを察し初華は指を進ませ祥子から溢れる蜜に絡めていく。

「ん、ぅ…ふ…ぁ…ふ」

 くちゅくちゅと淫猥な音と祥子の熱い吐息が混ざる。

「さきちゃん、…はぁ……さきちゃん」

 指先のぬるぬるとした感触と、秘所独特の熱さと柔さに初華も昂ぶり想い人の名前を繰り返す。

「っは…ぁ。…初華、もっと……もっと…激しく」

 甘い声が初華の脳を溶かす。

 これは確実に不本意な行為なのに、好きな人から求められる悦びは否定しようなく初華の中にあって。

「うん…さきちゃん…っ」

 指を膣口に当て力を込めるとあっさりと飲み込まれていった。

「ぁ…さきちゃんのナカ…熱い…っ」

「はぁ…んっ、初華の…指、感じますわ…私のナカにあるの…っ…はぁ…っ。いいですわよ…好きに、動かして…っ」

「はっ…ん…う、んっ」

 突き入れた指で抽送を繰り返し、祥子に望んだ快感を与えていく。

 最初の単調な動きからなじむと指を折り曲げて膣壁を爪で擦る。

「ふぁ…ぁあ…っん。ぁあ、初華…それ…んっ…いい、ですわ…っぁあ…あぁっ…っ」

 祥子が感じる場所を探り当て重点的に弄ると甲高い声と共に体が浮き上がらせてる。

 淫らな感覚に酔う祥子が初華にも悦楽をもたらし吐息に熱がこもっていく。

「ふー……ふー、ぅ…ん」

「あぁ…ん、ぁ…初華…っ、上手、ですわよね…ぁう、…ふぁあん、そこ…んっ…」

「さきちゃに気持ちよくなってもらいたいから……頑張ってるだけ」

 言いながら初華は心に冷たいものを感じる。

 嘘ではない。祥子が好き、祥子に感じて欲しい。

 だが、この手技は祥子を想い、祥子にしてもらいたいと自らを慰めた数多の経験がなせる技。

 その皮肉に喉が切なくなりながらも結果的に祥子を気持ちよくさせていることには初華もまた情欲を湧き上がらせ指の動きを強めていく。

「っ…ぁあ。…ういか…ぁ…ん、もっと……激しく…っ、何も考えられなくなる、くらいに…ぁあ! そう、ですわ…ぁああっ」

 反応の激しさは初華に昏い悦びと共に興奮を高めていった。

 本当の望みじゃないとしても、好きな人と体を重ねて好きな人を自らの手で感じさせているそこには完璧ではないとしても幸せがあった。

 しかし

「はぁー…ぁつ。…ん、っ、いいですわ…『燈』…っ!」

 祥子は想いの全てを詰めたような熱い声で知らない名前を呼んだ。

「っ!!?」

 冷や水を浴びせられたどころではなく、完全に思考が止まり

「…っは、ぁ…初華…どうした、んですの……? とめないで…」

 情欲に淀んだ祥子の瞳が初華の胸を引き裂いた。

「……っ」

 別の人間を呼んだ事に気付いていないという事実が、祥子の中で『燈』がどれだけ大きな存在かと物語っているような気がした。

「なん、でも…ないよ……さきちゃん……っ。ごめんね……っ」

 身を裂く痛みに耐えきれずに歪んだ声をだして、

「も、っと、するね…さきちゃんのこと…気持ち、よくするから…『私が』…してあげるから……ん…ちゅ……れろ…」

 顔はもう見せられず体を倒すと首筋に舌を這わせ、指を深く突き入れた。

「んちゅ…んぁ…ぱぁ…あむ…ちゅぅ…ぁ」

「ぁ、…ぁん、おく…ぁあっん…そこ…、いいですわ…ぁはんっ」

「さきちゃんのナカ、熱いよ。んっ…締め付けて…っ…チュ…っん、ぁ…私も、気持ちよく、なっちゃう…んあぁ…」

 首から鎖骨にかけて吸い付き舐りながら指を蠢かし、祥子に快楽を与えられていることに悦びを覚える初華。

「ぁ…んっふ…ぁあっぁ……初華っ…ぁいぃ…はぁっ、ん!」

「はぁ…ちゅる…ん、ゅ…ぺろ…ん、ふぁ…」

 上と下で異なる水音が立ち、火照った肌を擦り合わせ二人は昂っていく。

「ふ、ぁ……ぬるぬる、で…すごい…んちゅ…ぁ」

「ぁあ。ふ、…ぁ…んっ…ぁ、きもち、いっ…ぁあ。ん、も、っと…っ」

 昂った祥子は無意識にか初華の背中に腕を回し、離さぬようにと初華を強く抱きしめる。

「あっ……さきちゃん…っ…」

 求められることに思わず弾んだ声をだす初華は。

「はぁ…はぁ…初華……もっと、激しく…私のこと…めちゃくちゃに、して…っ」

「………っ」

 顔を見られてないのをいいことに再び顔をゆがめた。祥子のそれは確かに自分に向けられたもので、自分を求めてくれるもの。

(私が好きだからじゃないって、わかってた、けど)

 これが慰めであることは理解している。それでも頼られた喜びはあったのに。

 先ほど『燈』の名を聞いていなければ自分の役割に集中できた。だけど、今となってはもうそのことが頭を離れてはくれなくて。

 心を蝕む痛みに耐えながら

「…うん…」

 と、初華は短く答え指を動きを激しくしていく。

 グチュグチュと淫猥な音が立ち、指だけでなく手を濡らし、シーツには飛沫が飛ぶほど。

 それは乱暴ですらあった。容赦なく快感を与えようとする動きはともすれば苦痛にもなったかもしれないが。

「ぁ…、ん、ぁ…ぁつ…ああっ」

 心を乱していた祥子はそれを確かな快楽に変えて喘ぎを零した。

「ふぁ…っは、あぁ…ん、ぁいい…ああっ!」

 己の中で暴れる悦楽に耐え切れないのか、もっと欲しいとのアピールか祥子は初華の背に爪を突き立て。

「っ…!」

 初華はその痛みに喜びを覚えた。

 その痛みは祥子が自分を求めてくれる証。心をくれない祥子がくれる数少ない自分だけのもの。

「ぁあぅ…ぁふあ…っあぁ!」

(もっと。……もっと、頂戴)

 痛みに倒錯した喜び覚え、一層祥子への奉仕に励む。

「ふ、っ…ぁあ。んっ、い、ぃ、ですわ…ぁあっ。そこ、…っふっ…ぁ、とろけて、しまい、ます…ぁあふっ」

 時折体を浮き上がらせる祥子にそろそろ限界が近いことを悟る初華は。

「あっ………」

 思わず今祥子がどんな顔をしているのか視線を送ってしまい。

「っ……」

 後悔をした。

(さきちゃん……)

 祥子は目を閉じていた。

 それはおかしなことではないのかもしれない。たまたまかもしれない。

 だが、瞼の裏で別の誰かを……『燈』を映してるのかもしれないと一瞬でもよぎってしまって。

「っ…さきちゃんっ…ぁ…ちゅ…あむっ…ぁ」

 涙を溢れさせながら、祥子の首に歯を突き立てめちゃくちゃに指を動かす。

「ぁ…っ…ふぁあっ!…ふぁ…んっ…ぁあ」

 一瞬痛みに再び爪を立てるが、火照り限界を間近にした体はそれすら快楽のスパイスにした。

「ふ、ぁ…んん、ひぃあぁ。…ぁっァふぅ…ぁあ!」

「さきちゃん、はぁ……さきちゃん……れろ、ちゅ…っん」

 涙を流しながら名前を呼び自分のつけた痕を舐める。心は乱しても祥子への愛は止まることはなく、祥子とつながる指を蠢かした。

「ぁあ、…っ…ぁあ、わ、わたくし…ぁあつ」

「イって…さきちゃん、わたしで……私でイってっ」

 こいねがうように初華は感情を絞り出し、

 その時が訪れる。

「ぁあ、っ、ぁっくる…ぁあつ、あぁあんっ…ふ、ぁあぁぁあ! ん…ぅっ―――!」

 祥子はひときわ大きな声を出すと、腰を浮き上がらせ

「っ!」

 強く初華に爪を立てて絶頂へと達した。

「ふ、ぅ…はぁ……はあぁ…あ…ぅ…あ…は」

「…ん……ふぅ…ぁ…」

 少しの間二人はそのままの体勢で乱れた呼吸を整える。

(…さきちゃんの体、暖かい)

 今更ながらにそれを感じ、わずかな安穏を得る初華だが

「ぁ……」

 祥子の腕が解かれて、寂しさに声をあげた。

 合わせるように初華も体を起こすと

「はぁ……ぁ…初華」

 潤んだ瞳の祥子と目が合った。

「っ…」

 涙は止まっていても赤くなった目を見られることに抵抗を覚えて目をそらそうとしたが、それよりも早く。

「……手を、握ってくださる?」

 祥子の縋るような声を聞いて。

「……うん」

 反射的に祥子の望み通りにしていた。

 二人の間繋いだ手を置き、隣合って横になる。

「初華の手は…暖かいですわね」

 そう口にする祥子は天井を向いていて感情は読み取れない。

「………」

「このまま……離さないで」

 この言葉の意味もわからない。

「…………うん」

 わからないまま初華は繋いだ手に力を込める。

 ただ、それだけしかできなかった。

 

 ◆

 

「すぅ……スゥ」

 想い人が目の前で寝息を立てている。

「さきちゃん……」

 初華はその寝顔を見つめながら、切なく名を呼んだ。

(『燈』って、誰?)

 頭にあるのはそのこと。考えても仕方ないとわかりながらも考えずにはいられない。

(さきちゃんの好きな人…?)

 状況からしてそうなのだろう。そして、その『燈』と何かあったからこそこうしている。

「何が、あったの?」

 それを問いたい。何かよくないことがあったはず。だからこそここまで心を乱して、初華の慰めを欲した。

 話してほしい、力になりたい。もっと、祥子の心に踏み込みたい。

「…でも」

(そんなこと、できないよ)

 それはきっと祥子が望んでいない。話してどうにかなるのならそうしてたはず。

 でも祥子が望んだのは「全部忘れること」

 この一夜に全てを置いて、何もなかった朝を迎えること。

「できるの、かな……」

 歪な声が出る。

 好きな人とこんな夜を過ごして、心を引き裂かれるような痛みも味わってそれでも明日から何事もなかったかのように祥子の前で振舞えるだろうか。

「…しなきゃ」

 この夜を初華が引きずれば、祥子はそうなった原因の事を思い出してしまうかもしれない。

 初華もこの夜をなかったことにして明日を過ごさなければ意味がなくなってしまう。

 だからそうしなくてはいけない。

 皮肉にもsumimiとしての活動で自分を偽ることは慣れてしまった。

 『明日』からはそうできる。

「でも……でもね、さきちゃん」

 繋ぐ手に力を込め、祥子との距離を詰めた。

「ん……く」

 本当に目の前に祥子の顔がある。

「今、だけは……」

 小さく呟き、わずかな距離をさらに詰め、視線を唇に送る。

 そこは知らない場所、踏み込めなかった場所。

 拒絶はされなかったかもしれない。けど望んではいなかったはず。だからできなかった。勇気が出なかった。

「…今、だけは…さきちゃんを好きな、私でいさせて」

 でも今は祥子に意識はなく、自分の中だけの出来事にすることが出来る。

 その想いと共に、本当に少しずつ近づいていき……本当に触れる直前で。

 

 燈

 

「っ!!??」

 頭の中に声が響いた。その唇から紡がれた祥子の想い人の名前がフラッシュバックして。

「…っ…ひ、っく…」

 涙が溢れる。

「ぅ…ぐ、ん…ひく…ぅ…」

 もうキスをすることなどできるはずはなく、初華は嗚咽を零し

「…ぅ…ひぐ…ぁ……好き……好きだよ…さきちゃん」

 忘却の明日を迎えるために痛みの夜を過ごすのだった。