隣人、莉沙の部屋の前で見知らぬ女性と出会ってから少しして。

「ごめんね、ゆめちゃん買い物手伝ってもらっちゃって」

 大学から一人で帰ってきていたゆめが夕暮れの町を歩いていると莉沙と出会い、夕食の買い物を手伝わされてしまった。

「……別にいい。一緒に買った方が効率いい時もあるし」

「ふふ、ありがと。ゆめちゃんは優しいね」

 こういう笑いをされるときは大体頭を撫でられてしまうのだが、今は両手が袋でふさがっていることもあり会話だけをしながら閑静な住宅街を歩いていく。

「あ、そうだ。お礼に今日はご飯作りにいってあげる」

「……いつも悪い」

「そんなことないよ。あ、それとも迷惑?」

「……そういうわけじゃない。私達が作るより美味しいし」

「そう。ありがと。人に作ってあげるのは好きだからそう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」

(…………)

 並んで歩きながら、珍しくゆめは莉沙の顔を見上げる。

 そこには言葉の通りに嬉しそうな感情が浮かんでいて、ゆめの中の疑問を膨らませる。

「? どうかした、ゆめちゃん」

「…………」

 ゆめはその疑問を問うべきか迷ったが

「……よくそうやって言ってると思っただけ」

「そう?」

「……作ってあげるのが好きって」

「あー……かも、しれない、わね」

 心に従い問いかけたものに莉沙は、自分では気づいていなかったような反応を見せる。

「…………………」

 それはつまり作る相手がいる。いや、いたということなのだろうがさすがにそこにまで足を踏み入れる勇気はなく、少し気まずい沈黙のままマンションへと帰っていき、エレベーターを上がり、部屋までの廊下に来たところで足を止める。

「あ……」

 と声をあげたのは莉沙の方。呆然と声をあげた後、自分の部屋の前に視線を送っている。

「……………」

 ゆめも同じように莉沙の部屋の前を見ると

(……この前の、知らない人)

 以前、ゆめが一人だった時に話しかけられた長身短髪(巨乳)の女性がそこに立っていた。

「莉沙!」

「っ」

 並んでその女性を見ているとその視線に気づいたのか大きな声で隣の人物の名を呼ばれ、ゆめの方がビクっと震える。

 対して呼ばれた当人である莉沙は難しい顔をしたまままっすぐに彼女を見つめている。

 莉沙は自分からは向かっていくことはなく、すぐに長い脚に大きな足音を立てて向かってくる女性に

「巴……」

 と名前を呟く。

「………………」

 穏やかな夕暮れが一気に緊迫した雰囲気へと変わり、ゆめは自分がここにいるべきではないことは察するが離脱しようにも、部屋は巴と呼ばれた凛々しい女性の横を通り過ぎなければならず、ただ巴が迫って来るのを待つことしかできない。

「………っ」

 その途中で、厳しい目つきをしていた巴がゆめを見ては「あれ?」という顔をすることに余計に居心地の悪さを感じる。

 この前にあった時にはどんな関係かわからず、莉沙とは知り合いでないように言ってしまったが、今は並んで帰ってきたところだ。嘘をついていたとばれてしまう。

 ただ、この時はそんなことを気にしてる場合ではなくゆめが余計な心配をしている間にも巴と莉沙は目の前で向き合うと、

「久しぶりだね、莉沙」

 性別を意識させないハスキーな声の巴に対し、莉沙は

「一か月くらいでしょ」

 感情はあまり感じさせないものの不機嫌だということは伝わる声でぶっきらぼうに答える。

 機微に疎いゆめではあるが、このわずかなやり取りだけで二人にただならぬ関係があり、それがこじれているということは察せられる。

(……できることはないけど)

 自分に出来るのは唯一邪魔にならないように見守ることだけと自覚し一歩下がったところでなりゆきを眺める。

「せめて、電話くらいは取ってくれないかな」

「……別に、そんなの私の勝手でしょ」

「着信拒否はしないってことは、連絡してもいいってことことだろ?」

「そういう自惚れは相変わらずね。わざわざ設定するのが面倒だっただけだから」

「莉沙のそういうところ可愛いけどさ、出てくれるかもってコールを待つのは結構悲しいんだよね」

「じゃあ電話するのやめたら?」

(……喧嘩、してる)

 それは見ていて愉快なものではない。

 それと莉沙が普段ゆめ達と話すのとは人が変わったようになっていて、おそらくこちらが素であることを理解し同時に、二人が親密な関係「だった」ことを想起させた。

「あぁ、というかそんなことは今はいいんだ。こうして会えたんだから。これから時間ある? 話、したいんだけど」

「…………」

 先ほどの毒づきながらも、どこか軽い雰囲気があった巴が空気を一変させ真剣な目でそれを告げる。

 対して、莉沙は困ったような表情でそれを受け止めながら

「……悪いけど私はないから」

「ここで断ったって、また何度でも来るよ。どうせ話しなきゃいけないのは莉沙もわかってるんじゃないの? なら、今頷いた方が無駄がないっておもうけど」

「っ。だから、そうやって私のことを勝手に決めようとするところが……っ」

 まだ話が続きそうであるが莉沙は、心の中の想いが上手く喉を通ってくれないのか、しばらく口を開いたまま言葉に詰まり、

「…………っ!?」

 いきなりゆめの腕を取った。

「悪いけど、今日はこの子と約束してるから」

「……え?」

 と、急に話に巻き込まれるもののゆめは「……はい」と頷いてしまった。二人がどんな関係かはわからないが、少なくても何があったのかわからない今では頼ってくれる莉沙に味方をする。

「君、隣に住んでる子だよね。この前は莉沙とはほとんど話したことはないって言ってたけど、その後に仲良くなったのかな?」

 穏やかながらも以前の嘘を非難するような言い方に身が竦んでしまう。

「そんなのどうだっていいでしょ。とにかく約束があるんだから帰ってよ」

「………わかったよ。今日はお互いに冷静じゃないし、帰ることにする。また来るけどね」

「……………」

 莉沙は答えず、ゆめもまた口に出せることはなく巴を見るしかないが

「……?」

 自分に対し意味深な視線が送られたような気がして首をかしげる。

 気のせいではないのもののそんなに長い時間ではなく巴は素直に二人の横を通り過ぎる。

 ゆめも莉沙も振り返ることはないが、

「……ごめんね、ゆめちゃん」

「……気にしてない」

「うん、ありがと。それとご飯はまた今度でいいかな」

「……うん」

「……ごめんね」

「……………」

 何度も謝る莉沙に踏み込むべきかどうかを迷ったものの結局は彩音や美咲以外の心に踏み込む勇気はなく、思いつめた顔の莉沙を見ることしかできなかった。

 

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