白い壁に囲まれた小さな部屋。その東の端にあるベッドにこの部屋のヌシが夕刻にも関わらず、すでにパジャマ姿で横になっている。
対面にある窓からは強い西日が差し込んできて、部屋の中は赤く染め上げられているけど、ベッドに寝てる美少女ちゃんはそれ以上に顔を赤くして荒い息を漏らしていた。
「……はぁ、……ふぅ。けほ」
「ゆめ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないからこんなに辛そうなんでしょうが」
お見舞いに来てるあたしと美咲はベッド脇にイスを持ってきてベッドに眠るゆめを見つめる。
「……寒くて、熱い。熱くて、寒い」
ゆめは赤い顔で意味不明ながら、理解も出来る答えを返す。
「何か食べたほうがいいんじゃない? ゆめのお母さんが作ってくれた雑炊があるけど」
「……食欲、ない」
「無理しても、少しは食べたほうがいいと思うわよ」
「……わかってる」
「まぁ、いいわ。二人でこうしてても、しょうがないし、少し早いけど私はお風呂入らせてもらうわね」
実は今日ゆめの両親はいない。親戚の法事らしいけど、ゆめがこんなだからお母さんのほうが残るといったらしいけど
「なんかね〜、ゆめちゃん、彩音ちゃんと美咲ちゃんに看病してもらうからいいっていうのよ〜。ちょっと悲しいけど、二人なら私も安心だし。ご飯は作ってあるからお願いしてもらってもいいかしら〜?」
と、ゆめに呼び出されたあたしたちはゆめのお母さんにこう説明されて次の日が休みということもあって了解したあたしたちはこうしてゆめの看病をしているってわけ。
ちなみに、着替えとかはゆめのじゃ基本的にサイズが小さすぎるから一回とりに戻ったりもしてる。
「はーい。ま、ゆめはあたしが見てるからごゆっくり」
「ゆめ。何かあったら遠慮しないで彩音をこきつかうのよ。それじゃ、あんまり長くならないようにはするわ」
パタンと、静かにドアの向こうに消えた美咲を見送ると部屋に沈黙が訪れる。
話す話題ならいくらでもあるけど、なんだかんだで調子悪そうにしてるゆめに無理に話すようなことじゃないし、かといって自分の好きなことをしてるわけにもいかない。
結局、ふぅふぅ言うゆめを見ながらたまにおでこのタオルを交換してあげるくらいしかやることがない。
しかし、辛そうだねー。いくらゆめでも病気のときはちゃんと辛そうにするんだなっと。普段は楽しいことも悲しいこともほとんど無表情なくせに。
遠くから、美咲のシャワーの音がわずかに聞こえる。
なるべく早くするみたいなこといってたけど、美咲って昔からお風呂長いからな。少なくても二十分くらいはかかるんじゃないかなやっぱ。
「……はふ、はぁ……けほけほ」
「…………」
ヒマ。
足を組んで、自分の手で頬杖作ってたまに咳したりするゆめを見つめる。それだけ。やることがない。
ちょーっと、この何もできないゆめにいたずらでもしたくなるけど、さすがにただ眠ってるのならともかく病気で苦しんでちゃそういうわけにもいかない。
「……彩音。……食べる」
さっきから、苦しそうな喘ぎをもらしていただけのゆめがポツリを呟いた。
もちろん、それが何を意味するかはわかりきってけど、ヒマだったあたしはちょっといたずらを思いつく。
……彩音。……食べる。
(あたしを食べる。ねぇ……)
人間って雑食だからおいしくないっていうけどゆめが食べたいっていうなら食べさせてあげましょうか。
「はーい。どうぞ」
あたしはちゃらけた感じにゆめの唇に人差し指を当てた。
正常な状態ならバカにされるか、呆れられるかだけだっただろうけど、熱のせいで判断力の低下していたゆめは
「……はむ。……ぴちゅ…あむ…くちゃ」
ためらわず、口に含んだ挙句、それを舌で弄んだり噛んだり舐めたり。
「ん……んん……」
うわー、なにこれ。熱を持ってるゆめの中はあったかくてぬめっとした触感の舌で嘗め回されるのはなんだか今までにない感触で面白い。噛まれるのも痛すぎないほどの刺激が妙な快感をもたらす。
ちゅぱ、くちゅ…はあ……ちゅる。
ゆめがあたしの指から執拗に味を取ろうとしている妖しげな音が静寂とした部屋に響く。
「……ん、ちゅうぅ。はむ……ちゅっぱ」
舐めても、噛んでも味がしないのをおかしく思ったのか、今度は赤ちゃんみたいに指を吸ってくる。
食欲ないって言ってた割には吸う力は結構強い。
ゆめの舌が何度も指の腹を擦って、指の頭に血が溜まっていく感覚はなんだか不思議。
「…………ちゅ、っぱ」
判断力の低下した頭でもさすがに変だと思ったのかゆめはようやくあたしの指を解放した。
……うわー。
と、なんともいえない気持ちでゆめの唾液に濡れた人差し指を見つめる。
「……まずい。にんじん、嫌い」
「って、誰がにんじんだ!」
あんたは人の指をにんじんだと思って食べてたんかい。しかも、嫌いならあんなに吸い付いてくるな。
「…………ペロ」
あたしは思わず、ゆめに舐められた指を舐めてみる。
……どこがにんじんだっつの。あんなざらざらもごつごつもしてないって。別においしくもなければまずくもないけど。
色々突っ込みたいことは多かったけど、そういえば「ご飯」を食べるって言ってたはずなのであたしは机の上においてある半ば冷めた雑炊を取りにいってゆめの元に届けた。
「ほら、ゆめ起きなって。寝ながらじゃ食べられないでしょ」
「…………?」
あたしがお盆を抱えながらゆめを揺さぶるとゆめは寝ぼけたような顔であたしを見る。
「………………………ご飯?」
「そ。さっき食べたいって言ったでしょ。ほら、ベッドの上でもいいからとりあえず起きなって」
「……うん」
そういって起きたゆめの膝辺りにお盆を乗せてあげるけどゆめは中々食べようとしない。
「どったの? ほら、食べなって」
「……さっき、へんなの食べた、気がする」
「え、あ、き、気のせいだって。いいから食べなよ」
「…………食べさせて」
「はぁ? 一人で出来るでしょうが」
「……こぼすと、大変」
ゆめは膝の上にあるお盆を抑えながら、潤んだ瞳と、熱にうなされた顔で訴えかけてくる。
ま、いっか。確かにベッドでこぼしたら大変だし、かといってベッドから動かすのも可哀想だし。
あたしは、スプーンを持ってご飯をすくうとゆめのちっちゃな口の前に持っていく。
「はい、あーん」
「…………パク。……あむあむ。……おいしい。」
「そりゃ、おめでとう。はい。どーぞ」
「……あむ」
スプーンで一口分をすくってはゆめに差し出す。なんだか、小鳥にえさでもあげているような気分だ。
さっきまで食欲ないとか言っていたわりにはゆめはあっさりと雑炊を平らげるのだった。