「……なら、あの事をみんなに言います」
天音の【告白】から二週間が経とうとしていた。
その間に玲菜の置かれた環境は大きく変わっていた。
もともと希薄だった人間関係はさらに薄くなり、児童演劇部の部員とも会話をする機会は減っていた。
いや、正確には減らされたいた。
結月とはさすがに話をするが、他の部員とは必要以上のことを話したりはしない。そうするなと命じられているから。
【恋人】である天音に。
「あ、玲菜先輩。待っててくれたんですね」
部活動のない放課後。天音のクラスの下駄場箱の前に立つ玲菜に天音は嬉しそうな顔で言って、玲菜に近づいてきた。
「……君と一緒に帰りたかったからな」
玲菜は逡巡した後、天音が望んでいるであろう言葉を返す。
「嬉しいです。玲菜先輩」
天音はそんな玲菜を見て笑顔を作りながら玲菜へと抱き着いてきた。すぐに腕を組み、じゃあ行きましょうと歩き出す。
「……あぁ」
玲菜は無理に作った笑顔で天音に応え二人で並んで歩き出す。
校門までの距離は百メートルとないが、自覚はない有名人である玲菜が、他人を寄せ付けないということで評判の玲菜が下級生と腕を組んでいる姿は好奇と嫉妬の視線を集めるには十分な事態だった。
「ふふ、見られてますね」
優越感を満ちた声と表情で玲菜にささやく。その顔は甘美な表情にも、うすら寒さを感じさせるような表情でもある。
「でも、先週に比べたら減ったかな? 先週はみんなびっくりしてみてましたもんね」
「……一週間もあればある程度は知れるだろう」
「そうですね。私たちが付き合っている、なんてみんな知っていますよね」
その事実を玲菜に噛みしめさせるように姫乃は喜色を感じさせる声で腕を組んだまま玲菜を見つめた。
「……だろうな」
その姿がどこか恐ろしくも感じ、玲菜は背筋に冷たくなるものを感じながら答える。
「……玲菜先輩」
玲菜が自分に対して、不穏なことを思っているのを察したのだろう。姫乃は低く玲菜を呼ぶ。
「……っ。すまない」
「え? 私怒ってなんかないですよ?」
優しさを感じさせる言葉。それが逆の意味だというのはもうこの二週間で思い知っている。
「玲菜先輩が私のこと好きだって言ってくれてるのに怒るわけないじゃないですか」
「……あぁ」
言葉に端々に異様な感情が乗っていることを知っている。
「……けど、悪いって思ったのなら、すること、ありますよね?」
いや、異様というよりも狂気というべきかもしれない。それを笑顔で要求できるからこそ感じる恐ろしさがあった。
「……あぁ」
玲菜は頷くと天音の体を引き寄せ、抱きしめた。
まだ下校途中の生徒が数多くいる校舎から校門までの道のりの途中で。
「すまなかった天音。君のことを悲しませてしまって」
周りが驚愕の視線を送る中、玲菜は冷静に言わなければならないことを言う。
「……ふふ、だから怒ってなんかないですよ。でも、気を付けてくださいね。玲菜先輩は私の恋人なんですから」
「あぁ、わかっているよ」
気を付けてくださいという言葉。その裏の意味に天音の意志を感じ玲菜はさらに強く姫乃を抱きしめた。
(……なぜ、こんなことになってしまったんだ)
そう、心の底から思いながら。
天音と付き合うきっかけは言うまでもない。
天音に告白をされたから。……脅迫をされたからだ。
自傷行為という誰にも知られたくない秘密。その秘密を盾にされた時玲菜にできた返答は一つだった。
それから天音の様子はあきらかに変化をした。
人前で交際しているという宣言をしたわけではないが、休み時間や昼休み、放課後などは決まって玲菜と過ごす。それも明らかに一線を越えた距離と態度で。
玲菜はそんなことを望んでいるはずはなくとも、秘密を引き換えにされれば従うにほかはなく天音の望むことを言葉にし、望むことを行動する。
放課後に一緒に帰る様に待つのも、天音の要求にこたえることもその一環だ。
当初はそこまでのことを考えてはいなかった。
付き合うと言っても、そこまで露骨なことをしてくるとは思っていなかったし、実際付き合いだしてからの数日は一緒に過ごす時間が多くなった程度でしかなかった。
だが、徐々に天音の様子は変わっていき、今では自分の欲求のために玲菜を脅すことも辞さなくなってしまった。
その変化の理由を気にしながらも、どのみち玲菜には天音に従うこと以外はできず歪な時間を過ごすしかなかった。