「二度と私に話しかけないで」
天音に別れを告げられてから一週間が経っていた。
この日、初めて玲菜は天音の言葉を実行できていた。
すなわち、話しかけるなという要求を。
別れを告げられた日こそはおとなしく天音に従い部屋を去ったが、翌日には天音に話しかけていた。
だが、玲菜は天音の怒りの理由をきちんと察し切れておらず、別れの理由を問いただそうとしてもそれは天音の怒りを増幅させるだけで天音は何も答えてはくれなかった。
それでも、玲菜は天音に向かっていったが天音の決意は玲菜の思うよりも強固で天音が玲菜に応えることはなくそのまま一週間たった。
事ここにいたり、ようやく玲菜は天音が何に対して不満を持ち、怒りを感じているかを考えるようになれた。
「…………私は何をやっているのだろうな」
天音と会話のなかった放課後。まっすぐ家へと帰ってきた玲菜は、机の前でポツリとつぶやく。
思い浮かべるのは、別れを告げられた恋人の事。
自分などのために彼女を一人にはできないと思った。自分などのために天音という未来のあるつぼみをつぶしてはいけないとそう思った。
だから、彼女に応えようとした。
彼女の望みに答えることが彼女を支えることだと考えたから。
「……だが、間違いだったんだろうな」
何を間違えたのかまでは理解できていない。しかし、天音に対し取り返しのつかないことをしたのだと気づく。
「……ふぅ」
対人経験のなさを恨んだところでどうしようもないとはわかっていてもそのことを考えずにはいられない。
自分が普通だったら天音を怒らせることなく天音の力になれたのだろうか?
「………無意味な仮定だな」
普通ではないことは今更変えようがない。なら、今の自分でどうにかする以外にはないのだ。
「………しかし……」
どうにかしなければとは思っている。ただ、その方法がわからない。
方法がわからないからと立ち止まるつもりはない。
(……ない、が)
ふと、思う。
何故彼女のことをきにしているのだろうかと。
【脅迫】をされたからだろうか。
「……いや」
それは違う。きっかけはそうだったかもしれないが、今玲菜が天音から離れたところで天音が玲菜の秘密をばらすとは考えられない。というよりも天音は初めからそんなことをしなかったはずだ。
一人の人間として天音のことを尊敬も、応援もしている。
それが理由だろうか?
それは確かにそうかもしれないが……自分を納得させられる理由ではない。
(なら……他に何がある?)
友人とも思っている。結月に必要な人間とも。
天音の力になりたいと思う理由はいくつか浮かんでくる。だが、決定的にこれだという理由にはならないような気がする。
(……釈然としないな)
すべての物事や事象に理由をつける必要はないだろう。それも理解しているつもりだが
「………む、ぅ」
天音と離れ立ち止ってしまった玲菜はその場所で答えの出ない問いに自分を惑わせていった。