天音との関係について迷いを抱き、天音の望むとおりこの日も話すつもりはなかった。というよりも天音との関係をここで終わりにするつもりこそなかったがどう向き合えばいいかわからずにいた。
もしかしたらこのまま何もなければ自然と離れて行ったのかもしれないし、もしかしたらそのうちに【付き合っていた】こともなかったことのようになっていつもの日常に戻れたかもしれない。
だが、天音との変化は玲菜の予想のしない方向からやってきた。
「話、とはなんだろうか」
昼休み。教室にやってきた天音に誘われるまま部室を訪れていた。
いつものソファの前に二人で佇み、何かを決意したような表情をする天音に玲菜は問いかける。
「…………………私、玲菜先輩のこと、大好きでした」
「ん……っ!?」
息の詰まるような緊張な面持ちの中、天音から意図の見えない告白を受け玲菜は狼狽する。
今この場で好きと伝える意味。それはすでにお互いに知っているはずの気持ちで、今更改めてこんなことを口にする必要などない。
(いや……それよりも)
「初めて見た時から憧れてたし、一緒に部活したりとか、出かけたりとかして玲菜先輩の色々なところを知って、思ったような人じゃないってわかっても全然嫌いになんかならなかったし、色々な玲菜先輩が知れて嬉しいって思った」
思い出話をするように懐かしげに、しかしどこか寂しげに天音は玲菜のことを語る。
「……好きになったのは……あの時です。玲菜先輩に演劇をしたかったって見抜かれた時。あの時、初めて人に弱みを見せられたんです。ずっと気を張ってて、強いふりをしてた。初めてあんな風に人に甘えられて、すごく嬉しかった」
「…………」
玲菜は口を挟まない。挟めない。天音は何かを伝えようとしている。そこに軽々しく口を挟んではいけない。
「……玲菜先輩が私のことをそういう風に好きじゃないなんて知ってたし、結月に負けてるのもわかってた。でも……好きだった。だから……無理やりにでも私のことを見てほしかった。けど、そんなのは駄目ですよね。そんな風に玲菜先輩のことを無理やり手に入れたって何にもならない」
基本的には表情に感情は込められていない。淡々と語っているように見える。だが、
「……そんなのはわかっていたことなんですけどね」
時折、天音の演技の裏に本音が見える。
「あ、でも、たとえ嘘だったとしても玲菜先輩と付き合えたのは嬉しかったですよ。多分、それって誰にもできないことだったんだろうし」
「…………」
天音の意図が見えずに玲菜は押し黙る。天音はこの話をどこに向かわせようとしているのだろうか。
「……この前はすみませんでした。玲菜先輩が私のことを考えて、私に優しくしてくれたんですよね。なのに私あんなこと言っちゃって」
「いや、それは……」
自分の選択が間違っていたという自覚がある玲菜は自分のせいという天音を止めようとするが
「私ですよ。悪いのは。だって私があんなことさえ言わなければ、初めから玲菜さんは私と付き合うなんてしなかったでしょう。優しくなんてする必要なかったでしょう」
「かもしれないが、だが」
きっかけは天音の言うとおりだったかもしれない。しかし、天音に優しくしたのは
「…っ………」
自分の中で、同情ではないということはわかっている。しかし、それ以上は自分の中でもはっきりとせずに言葉に詰まると。
「いいんです。もう」
「っ………」
爽やかな笑みにひるんでしまう。
「今度こそ終わりです。私、どうかしてました。玲菜先輩の秘密を盾に玲菜先輩を好きにしようだなんて」
「天音……」
言葉を捕らえていけば天音の言うことがもっともで自分が口を挟めるようなことではないのはあきらかだった。だが、何か言いたいことがはずなのに何も言えない自分を悔しく思っていると。
「本当に……ごめ……ありがとうございました。少しの間だったけど私、たのしかったです。もう、玲菜先輩を困らせたりなんかしないから安心してください。……やっぱりそれだけはちゃんと言っておきたかった。……それじゃあ」
明るく言って天音は玲菜に背中を向けた。
少なくても玲菜にはそう思えた。
しかしその背中はあまりに頼りなく儚げで
(ぁ………)
無性に玲菜を寂しく、そして不安にさせるものだった。