「…………んふふ」
お風呂上りのあたしは薄いピンクのシーツのベッドに、シーツと同じピンクのパジャマをきて寝そべりながら、不気味というか、しまりないというか、とにかくにやにやと笑っていた。
どんな風に笑っているかよりも一人で笑ってて気持ちわるいとか言われたら困るけど、いくらあたしでも意味もなく笑い出したりなんてしない。
その原因は手に握り締められてる携帯電話。
さっき中を見たはずだけど、またパカっと開いてメールの受信フォルダを開く。
送信者 宮月 澪
本文は短く一行だけで【うん、楽しみにしてるね♪】とだけ。
まだメールにそんなになれてないのか、淡白なのが多いけどあたしには宝石なんかよりもずっと輝いて見える。
「楽しみにしてるね、だって……ふふふ」
今日何度目かのにやけ笑いをして、気づけばまた携帯を開いていた。
有名なハンバーガーチェーン。あたしたちはその一角に陣を取ってポテトとコーヒーを片手におしゃべりに花を咲かせていた。
「へぇ、授業もそんなんなんだ。さすがといえばさすが」
学校の帰りなので制服のままだけど、三人いるうち、ゆめだけは制服は制服でもあたし、と美咲の標準的なセーラー服とは違う制服を着ていた。
白を基調にして、比較的からだのラインを出す形の制服。袖と襟元には赤のラインが入っていて、青いタイをつける。そして、なにより腰にある大きなリボンが特徴的。
可愛いけど、新しく買うとかお母さんにいったら怒られそう。あたしが今の高校に受かったときなんて「これで制服代は浮いたわね」とか言われたし。
「……授業は別にいい。でも……学校はつまんない」
「はじまってまだほとんどたってないのに、いきなりそんなこと言わないの。まだ三年間もあるのよ?」
美咲は長い足を自慢するみたいに足を組みながらゆめを諭すようにいう。見た目にそのなんともいえないポーズがあいまってなんか高校一年にして【女教師】って感じに見える。
言ってることもそれっぽいし。
「……別に、やめたりはしたいわけじゃない。……自分で決めた、から」
ゆめはもそもそとポテトを食べながら美咲に答える。ポテトは三人で一つで頼んでるけど、見た目に反してゆめはよく食べるからあたしと美咲はほとんど手を出さない。
「ゆめって昔は一人でいるのが当たり前みたいな顔してたのにね。変われば変わるもんだわ」
「……昔はそれが当たり前だったから。今は二人といる楽しさを知ってるからもう戻れない。……人は知ったことを都合よく忘れられるほど便利じゃない」
いつものゆめよりも少しだけ饒舌かも。メールはしても高校の授業が始まってからこうやって直接話すのは初めてだからそれが原因かな?
「でも、彩音、私たちだって偉そうにいえないんじゃないの?」
「そだね。やっぱ、ゆめがいないっていうのにはまだ全然なれないね。ま、寂しいのはお互い様ってこと」
「……二人がそういってくれると嬉しい。……私だけが寂しがってるって思ってた」
はっきりとここで寂しいって言えるのがゆめだよねー。普通なら思ってても友達に素直に寂しいってなんかいえないっての。
「……んなわけないでしょうが」
そんなゆめの前だとあたしも一歩だけ素直になれる気がする。
「そう。彩音なんてたまにいないのに【ゆめ】って言ったりするのよ」
「ちょ、ちょっとー! それ言わないでよ」
「……ふふ」
『あ』
あたしと美咲のやり取りにゆめが軽く笑ってあたしたちは驚きの声を上げる。ゆめは言葉では楽しいとか嬉しいとかいうくせにあんまり笑うってことはないからそれを見るとちょっと得した気分になる。
ちなみにあたしはこのゆめの笑いを氷姫の微笑と名づけた。呼ぶのはあたしだけ。
こんな感じで近況やら雑談をしていたけど、ある程度時間が過ぎたところで今日相談したいと思っていたことを話題に上げる。
「あのさ、ところでちょっといい……?」
「なに?」
あたしがちょっとしおらしく真剣な顔と声になると二人もその変化を敏感に感じ取ってくれてすぐに意識をあたしに向けてくれる。
「二人にお願いがあるんだけど……」
「なによ、改まって」
「来週の日曜空けといてくんない?」
「それは、かまわない、けど……」
「……言われなくてもどうせ暇。彩音か美咲に誘われなければ、予定なんてない。他の子なんかと、遊ばない」
「いや、ゆめ。友だちいない自慢はいらないから。それに遊ばないじゃなくて、遊べないないの〜?」
「…………彩音と美咲がいればいいもん」
ムスっとなってまーた素面じゃいえないような恥ずいことをいうゆめ。今回は反応しづらいのでスルー。
ちなみにゆめは寂しがり屋のくせに、メールでも電話でも、遊びの誘いにしても自分からはほとんどしてこない。理由はよくわかんないけど自分からいうのを負けとでも思っているようなご様子。遊びたいときはメールとか話してるときにそれとなく匂わせてくるのが子供っぽくて可愛い。
思ったことは素直にいうのに変なところで弱気なんだから。
それがまた可愛いというかおもしろいところだけど。
「っていうか、そもそも遊びの誘いくらいわざわざ改まってお願いするようなことじゃないんじゃない?」
「……うん。言われれば用があったって空ける」
これもスルー。
「いや、その〜、えっとー」
「はっきりいいなさいよ」
二人には若干というか、結構後ろめたいから口に出しづらいけど言わないわけにはいかない。先方にはもう伝えてあるんだから。
「実はさ……映画、いかない?」
「映画? 今なにやってるかよく知らないけど、別にいいわよ」
「……見たいのはない。でもいく」
「そっか、よかった。ありがと。で、ここからが本題なんだけど……その三人でじゃなくて……宮月さんも一緒なんだけど、いい?」
あたしが少し後ろめたく言い終えると、美咲は「へぇ」と小さくもらし、ゆめはわずかに視線を動かしたけど無表情のままだった。
「誘ったの? いくじなしの彩音にしてはよくやったわね」
「なっ! だ、誰が意気地なしだって!?」
美咲の口からちょっと予想外の言葉で出てきたんで少し声を荒げた。
自慢じゃないけどあたしは結構無鉄砲でどちらかというと勇気というか蛮勇を奮うタイプだっていうのに。
でも、美咲はあんたバカ? とでも言わんばかり呆れた顔してる。
「……彩音。あんた自分で、勇気あるとでも思ってたの? 散々宮月さんのことで私たちに相談してきたくせに。ねぇゆめ?」
「……………」
「……ゆめ?」
あたしたちといるときはあたしたちにしか興味をもたないゆめがめずらしくぼーっとしてあたしと美咲の会話を聞いてなかったみたい。
基本的に感情は口からだして顔には出さないゆめは今も無表情だけどその眼鏡の奥に宿る瞳に蔭りが……ごめんうそ。よくわかんない。でも、いつもとは違うような気がするような……やっぱり気のせいのような。
ま、いっか。今は。言いたいことがあるんなら言ってくるはずだし。
「……なんでもない。彩音は勇気あるかもしれないけど、宮月さんのことだといくじなしになる」
ゆめにまでいくじなしって言われるとは……宮月さんの前でっていわれると否定はできないけど。
「ま、誘ったのはわかったけど、それならわざわざ私たちを誘わないで二人で行けばいいじゃない」
「いや、あの……宮月さんにはあたしたちが三人でいくから、一緒にどう? って言っちゃってるんだ」
「なんでそんな回りくどいことを、そもそも彩音だって二人のほうがいいんじゃないの?」
「いいは、いいんだけど……」
「……だけど?」
「あたしと二人でって誘って断られたら、やだし」
……美咲とゆめが示し合わせるように視線を合わせている。なんか次でてくる言葉が予想できるような。
『意気地なし』
やっぱし。
「だってだって、三人でっていったからおっけーしてくれたんかもしれないしさ……それにあたし、宮月さんと二人だと変なこと言っちゃうかもしれないし、今はまだ二人がいてくれたほうが安心なんだよー」
そりゃ二人っきりでデート(宮月さんはデートだなんて思ってくれないだろうけど)したいとは思うけど、宮月さんと二人きりは嬉しいのはもちろん一番でも、変なこと言って嫌われないかとか、どんなことはなせば宮月さんが楽しいかなとか色々考えすぎちゃって頭が爆発しそうになっちゃう。
「だから、お願い!! あたしを助けると思ってさー」
あたしはテーブルに手を突いて二人に深々と頭をさげる。
すると、美咲は軽くため息をついて
「はいはい、わかったわよ。宮月さんといる彩音を見るのも面白いしいってあげるわ」
といってくれた。
ちょっと気になることは言われたけど、まいっか。否定はできないし。
「ゆめは? いい?」
「……彩音と美咲がいくなら、いく」
「さんきゅー。やー、よかったよかった。お礼にゆめには今度あんみつかパフェでもおごったげる」
「っ! ……あんみつ、パフェ……」
その二つの単語にめずらしくゆめは目を輝かせる。
甘いもん大好きだもんねー。
「ゆめには奢るのに私には何もなしなわけ?」
「美咲ぃ? この前CD貸してあげたじゃん」
「ちなみに私は彩音に三枚いまだに貸しっぱなしだけどね。あと、漫画と小説数冊も」
「…………わかりました。美咲にもおごったげます」
「よろしい。それじゃ、そろそろ帰りましょうか?」
「話すことは話したし、そだね」
あたしたちはテーブルの上にあるゴミや荷物をまとめていたけど、ゆめの動きが鈍い。
「どったのゆめ? まだ何か食べたいの?」
「……もう少し二人といたい。久しぶり、だから」
直接会うのが久しぶりって意味ね。二週間程度だから久しぶりっていうほど久しぶりでもないとは思うんだけどねー。
とはいえ、あたしと美咲もゆめほどじゃなくてもそれと同じような気持ちは持っているのでポテトを追加して雑談を再開するのだった。