みた映画は犬とその飼い主が主人公の感動もの。もともと動物は好きだし、ガラにもなく感動物って好きだから、宮月さんと一緒に遊びにいけるだけじゃなくて映画自体も楽しみにはしてたんだけど……

 内容はほとんど覚えていない。

 なぜかっていうと……

「ところで、彩音ってほとんど寝てなかった?」

 映画のあとちょっと遅めのお昼をとりに映画館の側にあったファミレスで、映画の感想とかを話していると唐突に美咲が言ってきた。

「ぅえ!? そ、そんなことないけど」

 寝てた。寝てました。遠足前の子供みたいに昨日の夜全然寝付けなくて、明け方にちょっと眠ったくらい。

 それでも、集合のときとか、電車の中とかは簡単に寝れる状況じゃなかったし、なにより宮月さんがいたからその緊張っていうか、とにかく宮月さんのこと意識してたおかげで眠気なんておくびにも出さなかったけど、席に座って動かなくなったらうつらうつらしてきて、挙句に始まったら暗くなったせいでもう意識は飛んじゃってた。

「……あそこもよかった」

「うん、わたしも好きだな〜」

 だから、さっきからまったく話に入っていけてないの!

 ゆめと宮月さんがさっきから映画の内容について話してるみたいだけど、断片的な記憶しかないから何を言ってるかさえほとんどわかんない。

 にしても、ゆめが宮月さんと話せてるっていうのがちょっと意外、いつかは『何はなせばいいかわからない』とか言ってたくせに。今は映画の感想っていうのがあるから話題はあるんだけど。

 なんだか、子供の成長でも見てるような暖かい気分になる。それに一緒に宮月さんと楽しく話せてるっていうのがうらやましいとも思う。

 一応、集合のときとか、ここに来るまではあたしだって話せはしたけど……なんかあたりさわりのないことばっかりで、欲求不満っていうか……

「……そういえば、彩音」

「ん、なに?」

 ちょっとムスっとなってゆめと宮月さんのことを見ていたら、ゆめが何かを思い出したように言ってきた。

「……パフェ。頼んでもいい?」

「え、な、なんで? っていうか、あたしの許可なんか関係なしに食べたきゃ頼めばいいじゃん」

「……前、奢ってくれるっていった」

 そ、そういえば、忘れてたわけじゃないけど、忘れては欲しかった。ゆめ相手にそんなこと望むのが間違いだろうけど。

「今日は映画みたし、カンベンしてくんない?」

「………………………………わかった」

「あからさまに残念な顔しないでよ……」

「……してない。彩音とまた会う用が、できたし」

 してたよ。つまりは、約束を反故にされたってことじゃなくて今食べられないってことを残念がってるってことか。

「ふーん……」

 誰とも話すことなくテーブル一人、左手で頬杖をついていた美咲があたしと、ゆめ、それから宮月さんの順に見て達観したような声を上げる。

「どったの? 美咲?」

「なんでもないわ。ところで私映画館にちょっと落し物したみたい。ちょっとみてくるわ。ゆめ、悪いけど一緒に来てくれる?」

「……わかった」

「え、それなら別にみんなで一緒にいけばいいじゃん。まだ頼んでいないんだし。ねぇ、宮月さん」

「うん、いくよぉ」

「適当に先食べてて良いわよ。じゃ、ゆめ行きましょ」

 ゆめが無言でコクンと頷いて、立ち上がる。そのまま行くのかと思ったけど、何故か美咲があたしの耳元に顔を寄せてきた。

「な、なに?」

「少し二人きりにしてあげるから、私たちとばっかりじゃなく宮月さんとちゃんと話なさいよ。それからさっきのゆめの奢るとかいう話みたいにそこにいる人全員がわからないような話はあんまりしないこと。好きだっていうんならそのくらいは気を廻しなさい。じゃ、がんばりなさい」

 ボソっとあたしにだけ聞こえるようにいって、美咲は背中を向けて歩き出した。

「おもしろくなること、期待してるわよ」

 最後に余計な一言を残して。

 

 

 一人、宮月さんと残されたあたしはとりあえずと、水を飲んで心を落ち着かせようとする。

 うわー、胸がすっごいドキン、ドキンいってる。

 二人きりになれたのは嬉しくても、何を言えばいいんだかわかんないんだって! 映画みたあとなんだから映画の話をするのが普通でも、あたしにはそれができない。

 それどころか、寝てたなんて知られたらまるで宮月さんといるのがつまんないみたいに思われちゃうかもしれないんだってば!

 うっうー、どうしよー?

「……はぁ」

 ッ!!??

 え? い、今宮月さんため息ついた?

 ど、どどど、どうして!?

 あ、あたしと二人きりになったから? あたしといるの嫌なの?

 うそ〜……まじ……?

 へこむとかそんなレベルじゃないんだけど……

「水梨ちゃん」

「な、なに!?

 宮月さんは軽くため息をついた後、真面目な顔をしてあたしに話かけてきた。

「三人って、仲いいよね」

「ゆ、ゆめ、と美咲のこと? う、うん。まぁね」

 どうしたんだろう? 急に。

 宮月さんは目に戸惑いの色を宿らせて、不安そうな顔をした。

 えー、なんでそんな顔するの? やっぱりあたし、嫌われちゃったとか?

 あーでも、不安げな宮月さんもかわいー。扇情的ですごくそそられる。

「私って自分じゃそう思わないんだけどね。にぶいって、お友だちに言われること多いの」

「う、うん」

 ま、まぁ、にぶいよね。あたしの告白気づいてくれなかったし。

「それでね、たまにだけど怒らせちゃったりすることもあるんだ。でも、自分じゃ中々気づけなくて、でも、水梨ちゃんに嫌われちゃうのって嫌だからちゃんと聞くね」

 え? い、今あたしに嫌われるのが嫌っていった? 言ったよね? うっわ、嬉しー。え? なになに、宮月さんがあたしのこと最悪でも友だち以上に思ってくれてるってことだよね。

 も、もしかしたら、す、す……好き、とか?

「今日って私、迷惑だったかなぁ?」

「へ?」

 え? な、なんでそんな話になるの?

「そ、そんなことないってば!

 とりあえず力いっぱいに否定。

「そお? でもね、水梨ちゃんも、星野ちゃんも、二見さんもなんだか私と話すとき困ってるみたいで……三人で話すときはすごく自然なのに」

「ゆ、ゆめは元々口数多くないし、さっきは映画のこと楽しそうに話してたじゃない。ゆめがあたしと美咲以外であんなに楽しそうにするなんてめったにないよ」

「そう、なの?」

「うん、それに美咲はカッコつけでいつもすまし顔するだけでなに考えてるかわかんないから美咲のことなんて気にしなくていいって」

 これ、美咲に聞かれたら怒られるな。

「でもね、やっぱり今日も無理やり私がお邪魔しちゃったみたいだし、本当は三人で行くつもりだったんだよね。もし、迷惑だったらちゃんと言って欲しいの。もう高校生になったんだから、しっかりしなきゃだもん」

「ほ、ほんとに全然迷惑なんかじゃないって! ゆめだって楽しそうだったし、美咲は……知らないけど、あたしなんて宮月さんとこんな風にデー、じゃなくて、遊びにいけたらってずっと思ってんだよ!? 昨日なんて、緊張してほとんど寝てなかったんだから」

 と、いうか自分が迷惑かなんて聞くのは、しっかりしなきゃってこととは関係ないどころか逆効果なことだってあると思うんだけど。

 ……やっぱり、宮月さんってちょっと天然。

「本当?」

「もちろん。おかげで映画の間ほとんど寝ちゃってたんだし」

 ん? って、あーっ! なに、余計なこといってんの! あたしのバカ。

「ふふ……クスクス」

 あたしが一人でてんぱってると宮月さんは、楽しそうに笑っていた。

「彩音ちゃん、やっぱり眠ってたんだ。そうなんじゃないかって思ってたんだ」

 あ……やっと笑ってくれた。さっきあたしと二人になってからずっと寂しそうな顔してこっちも心苦しかった。ああいう顔もそそられるけど、やっぱり宮月さんは笑顔がいい。

 あれ? 気のせいか、今【彩音】ちゃんって言わなかった?

「ねぇ、彩音ちゃん。彩音ちゃんって私のことお友だちって思ってくれてる?」

「そ、そりゃもう」

 友だちどころかそれ以上に。

「じゃあ、私のことも名前で呼んでほしいな」

「え?」

「澪、って呼んで?」

 宮月さんが首をかしげておねだりするみたいに上目遣いをしてきた。その姿はもうこのままお持ちかえりぃ〜ってくらいに可愛い。

(え……え、えーっ!!

 いいの!? そんな風に呼んじゃって。だって、なんかもう名前で呼び合ったりなんてしたら友達以上恋人未満って感じじゃん! 

 ……まぁ、あたしはほとんど友だちのこと名前で呼んでるけど。

「だめ?」

 さっきからのお持ち帰りぃ〜の表情を崩さないままさらにねだってくる。

(はわ〜)

 もうとろけちゃいそう……っていうか、本当にもう美咲とかゆめのことほおって置いてお持ち帰りしてもいい?

「そ、そんなことない」

「じゃあ、呼んでみて」

「う、うん。ま、まかせて」

 何がまかせてなのかわかんないけどあたしは一呼吸置いてから宮月さんのことを見つめる。

 花を連想させるようなフローラルなワンピースはそうだし、相変わらずフワフワな髪はワンピースと同じくフローラルな白のリボンで結わえられていつもと違った感じは最高。

 っていうか、恥ずかしいのとか色々なものが混じって三秒以上見てられない。

「み、み、……」

 あたしはまともに見てられなくなって若干窓のほうに視線をそむける。

 宮月さんのほうからそういってって言われたのにいざとなると恥ずかしい。前に美咲とゆめに意気地なしってまたからかわれると思うとなんかむかつく。

「み、みお?」

「うん」

「澪」

「うん、なぁに? 彩音ちゃん」

 わー、いえたいえた。澪、澪だって! 呼んじゃった。名前で、澪って! なんか理由はわかんないけどすごくうれしー。

 それに、彩音ちゃんだって。ちゃん付けなんかで呼んでくれる人なんてほとんどいないから新鮮な感じ。なにより宮月さん……じゃなかった。澪に言われてるって思うと天にでも昇っちゃうような気持ち。

 あぁ、もう今日一緒に映画に来れてよかったー。

 美咲とかゆめのことは苗字だったし、もしかしてあたし宮月……澪に特別に思われてるとか?

「星野ちゃんとか二見さんのこともそう呼んでも大丈夫かなぁ?」

「…………え?」

 一人舞い上がっていたところをいっきに現実に引き戻される。

 何か、澪と話してるとこんな風に持ち上げられては一気に突き落とされるっていうことが多いような……て、天然なだけでわざとじゃないよね?

「だ、大丈夫なんじゃない、かな? 澪はあたしの友だちなんだもん。あたしの友だちならゆめと美咲の友だちだって」

 美咲はいざ知らず、ゆめの場合はどう考えても違うけど。

 内心、あたしだけがファーストネームで特別気分に浸りたいけどこの場面でだめだなんていえるわけないし。それに、一つだけ思うこともあった。

「そうだ、あたしからもお願い、いいかな?」

「ん、なぁに?」

 っほんっと、子供みたいにすぐ首かしげて可愛いったらありゃしない。

 あぁ、今はそんなこと考える必要はなくて。

「できたら、学校でもゆめと話、してあげてくれない? 確か、同じクラスだよね?」

「うん。そうだよぉ」

「澪、ならしってると思うけど、ゆめってどうせ学校で一人でしょ? 別にゆめは学校で一人でもあたしと美咲とメールとかできるし、休みとか会えるからいいとかいうんだけどさ。やっぱ、一人だと色々大変なこともあると思うし、自分から友だちを作ろうなんて思わないだろうから。ゆめって一人なのはなれてるだろうし、嫌いでもないって言ってたけど【孤独】ってだめそうだからさ。あっ、ほんとできたらで、いいから」

 なんだかんだでゆめのことは気になってた。例え平気だとしても、【独り】でいるのってつらいし、ゆめにとってもよくないって思うから。

 まぁ、澪って可愛いし、性格もいいし、ちょっと天然だけどそこのまた魅力でゆめが好きになっちゃわないかってちょーっと心配しちゃうけど親友としてゆめのことを気になる気持ちのほうが強い。

「うん、わかった。わたし、ゆめちゃんとももっとお話したいなって思ってたの」

「ありがと。よろしく」

 あたしは笑顔でお礼をいう。

(あ……)

今、今日初めて澪の前で自然な笑顔になった気がする。

(……なんか、すごくうれし)

あたしはまた一歩澪との関係が進んだような実感を噛み締めて、この機会を作ってくれた美咲とゆめに感謝の念を抱きながら、二人が戻ってくるまで澪との二人きりの時間を楽しむのだった。

 

前編/おまけ/三話

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