「んっ……!!??」

 もう何度も感じている衝撃に、望は目を見開いた。

 肩を優しく抱かれながら、もう一人の親友と思っていた相手からの口付けに固まってしまった。

(き、す………?) 

 実際は数秒も経っていなかっただろう。

 望はキスをされているということに気づくと

「……ん、っは!!」

 自分でも信じられないくらいの力で玲を突き放していた。

「っ……」

 玲は、その衝撃によろけはしたものの床に倒れるようなことはなくすぐに体勢を直す。

「……っ……ひっく」

 さっきまで沙羅のことで泣きそうになりながらも流れていなかった涙が一瞬であふれていく。

「ひぐ……ひっく……ひど、い、よ……」

 当然の感想を抱きながら、泣き出す望を玲はどこか達観した様子で見つめ、

「どうして、泣くの?」

「ふ、ぇ……?」

「あいつには散々されたでしょ?」

 実際にそれを見たことは二回しかない。だが、ここしばらくの間の望の様子から玲が勝手に確信していたことだ。

「え……?」

 泣きながらも、望は何故いきなり玲がこんなことを、こんな冷たくてひどいことを言うのかわからなく、涙を流しながら呆然とした表情になった。

「こんな程度じゃないでしょ? あいつとしたのは」

「れ、い……?」

 今までとまったく違った玲の空気に望は金縛りにあったように硬直して、ゆっくりと近づいてくる玲を見つめる。

「どこまでされたの?」

 目の前に立たれた。

「……ぁ、ぅ」

 怖いような気がしているのに、何もいえない。

「キスだけじゃないわよね」

 かがんできて、顔の高さをあわせられる。

「っ……ぅ」

 声にならない声を上げても、望は動けない。

「こんなこと、された?」

 腕を伸ばしてくる。

「れ、い……」

 動かなきゃきっとだめなのに、今の玲は怖いのに……

(い、や……)

 胸へと伸びてくる玲の手。それにはっきりとした恐怖を感じて

「望………」

 その恐怖が形となった玲の手が望の胸に触れようとしたところで

「やぁああ!!」

 望は玲を力いっぱいにはじいていた。

「っ……」

 さっき突き飛ばされたときと同様、いきなりのはずなのに玲はちょっとふらつくだけで、まるで最初からこうなることを予想していたかのような様子だった。

「なんで、なんでこんなことするの? ひどい、ひどいよ……玲」

「っ……」

 望が誰にだってほとんど見せることのないはっきりとした拒絶に相手を謗る言葉。

 言われて当然のことをしたのは玲もわかっている。

 ひどいことだからこそ、したのだから。

「ひぐ……ひっく……」

 普段、笑顔を絶やすことのない望が大粒の涙を流す姿。

 こうなるとわかっていた玲ですら罪悪感を禁じえない望の涙。

「望……」

 それに耐えられなくなったわけではない、最初からこうするつもりで玲は優しく望の声をかけ、手を伸ばすが

「やっ……」

 望がおびえたように逃げ場のないベッドで少しでも玲から遠ざかろうとした。

 玲は思わず手を引いて、その汚れてしまった手を見つめ、ぎゅっと拳を作った。

「なんで、あいつにはそうしなかったの?」

「ひっぐ……ひ」

「嫌なんでしょ。こういうの、怖いんでしょ」

「ぅぁ……」

「でも、あんたは……あいつには、言わなかった」

「ぅぇ……ひっ……く」

「言いたくなかったんでしょ。私には……言えたのに」

「ひぐ……っく、えぐ…」

 聞こえていないのか、聞こえていても反応する余裕がないのか。

 わかっていて無視しているのか。

 いずれにしても同じことだろう。

「望は、あいつが好きなのよ」

「ふ、ぇ……」

 両手を目にあてて、子供のように泣く望の動きがピタっと止まった。

 聞こえていなかったとしても、無視していたのだとしても関係ない。

 本気の言葉は声が届くのなら響くのだ。心に直接。

「望は、あいつが好きなの。大好きなの」

「ふ、ぁ…、れ、い?」

「望が他に誰にも思う好きとは、私のことを好きっていうのとは、全然違う。望は、あいつのことが本気で好きなの」

「え? ……え? ほん、き?」

「そう。本気。あいつの代わりなんていない、あいつが望の一番なの。望は、あいつと一緒にいたいのよ。何されたって、何言われたって、あいつと離れたくないんでしょ。あいつと一緒にいたいんでしょ」

「……………」

 いつのまにか玲を見つめていた望に、熱さを感じる瞳で見つめ返し玲は言葉にできようもない想いを声にする。

「あいつのことが、好きだからよ」

 この話を始めてから結局一度も沙羅と呼べないまま玲はまくしたてた。絶対に教えてやるもんかと心に秘めていた決意を吐き出していた。

「だから、あんたはあいつを傷つけたの」

 玲のほうが真っ赤になり、望はぼけっとした、まるで何も考えてないような表情になりながらも本能的に玲の言葉の意味を探っていた。

「その意味がわからないなら……あんたたちは……終わりよ」

 望が何の答えも出せないまま、玲はそういい残して望に背を向ける。

 そして、瞳の奥に熱さを感じたまま、すべてを吐き出すことはできなかったというわずかな後悔と傷つけてしまった妹から逃げるように部屋を出て行った。

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