「………………」

 最近ゆめがおかしい。

 私は私の部屋、もとい彩音と私の部屋に遊びに来ているゆめを見つめてそんなことを思う。

 まぁ、おかしいのは知り合ったときからだけれど、なんというかその方向性が変わったような気がする。

 と、思いはしてるけれど、私はゆめのこの異変をどんなものかわかっているような気がする。

 私はベッドからゆめを見る。

 テーブルにいるゆめは同じくテーブルにいる彩音を見ている。

 彩音はそんな私たちには気づいてないで、さっきから漫画に集中してばかり。

 ゆめが彩音を見ているのは凝視しているわけじゃなく、時折、ちらっと、あくまで彩音に気づかれないように彩音を気にしている。

(……ふぅ)

 いつかはこんな時が来るような気はしてたわね。

 心でため息をついた私は胸の内のどこかでは予想していたことが起こった気がして複雑な気分になっていた。

(なつかしいな。私が今のゆめみたいだったのはいつごろだったかしら?)

 はっきりとは覚えていないけど、小学校の高学年くらいだったと思うな。

 あの頃はいろいろ悩んだりしたけど、今のゆめもやっぱりそうなのかしらね。ちらちらと盗み見してるってことはそうなんでしょうけど。

 悩むのは苦しいながらも、どこか楽しくもあるのだけれど、問題なのは対象が彩音ってことよね。

(彩音ってこういうことに関しては最低だもの)

 彩音ってば、ほんと鈍くてバカで、無邪気にべたべたしてきて、ほんと当時は辛かったというか、むかついたというか。

(けど、今思うともったいないこともしたわよね)

 こっちはそういう自覚をしちゃったせいで必要以上に彩音を避けちゃったもの。幼稚園の頃からずっとお泊りの時には一緒に寝てたけど、それを断ったのは私。

 好きって自覚をしちゃった小学生の私は一緒に寝るのなんて恥ずかしすぎて、耐えられなかった。もちろん、それをしなくてもいつかは一緒に寝ないようになってただろうけど自分からはもったいなかった。

 他にも色々あった。

 色々悩んで、色々苦しんで、彩音はバカだからこっちの気持ちなんて知らずに、ずーっと無自覚にべたべたしてきて。

(……まぁ、そんな回想はともかく。ゆめはどうするのかしらね?)

 変わらずにちらちらと彩音を盗み見るゆめをみてそう思わずにはいられない。

 私は結局【親友】であることを選んで、そういう気持ちを彩音に向けるのが引越しの時になった。

 結果的に一緒に暮らせるようになったんだからあの時の選択は最良だったかはともかく間違いではなかったけど、ゆめは……

(ったく、彩音も気づきなさいよ)

 ゆめの【好き】が変わったことに。あんたを見る目が変わってるでしょ? 何につけても態度が変わってるでしょ? それが何でかわからないの? 

「ちょっと、トイレ行ってくんね」

 おそらく彩音だけが微妙に変わっている部屋の雰囲気に気づくことなく彩音は立つと部屋から出て行ってしまった。

 ゆめがそれを視線で追っているのを確認すると、今度は自分の穏やかならざる心中に意識を向ける。

(まぁ、応援はしない、わよね)

 とりあえず、ゆめには悪いけどそれは間違いない。

(……まぁ、邪魔もしないけど)

 私は彩音のことは世界で一番好きだし、彩音より好きな相手ができることはないって断言はする。

 けれど、同時にゆめのことも世界で一番好きのも本心。もう比べることのない気持ちになっているのは……事実、よね。

 ゆめの気持ちが彩音に向いたという現実を寂しく思ってしまっている自分がいるのは意外だけれど、それも私の本心なの。

「ゆーめ」

 私は唐突にゆめを呼ぶと手招きをした。

「何?」

 ゆめは彩音もいないこともあってか素直にこちらへ向かってきた。

 これからなにをされるのかも知らずに。

 私は無防備に近づいてきたゆめへと手を伸ばし、

 ムニ。

 ほっぺを摘んで引っ張った。

「……あにするの?」

「ちょっとからかってるだけ」

「……いたひ」

「そりゃ、ほっぺを引っ張られれば痛いでしょ」

 ムニ。

 私が複雑な心情をゆめにぶつけていたけれど、ゆめは何を思ってか対抗するように私のほっぺをつねってきた。

「いたひわよ」

「……そっちが、先にしてきた」

「人にされたからってやり返してたらいつまでも憎しみの連鎖は止まらないわよ」

 私の煙をまくようなからかいにもゆめは黙って引っ張る力を強めるだけ。

「………………」

 さて、何を考えているのかしらね。

「……………」

 数秒だったか、十秒くらいだったか二人で相手をいじめあってた私たちだったけど、

「…………あんたら、何してんの?」

 部屋に戻ってきた彩音の一言でむなしい戦いは終焉を告げた。

(……………まぁ、静観してあげるわよ)

 私はひりひりとするほっぺをさすりながら、それがせめてもの応援と抵抗ねと思い、鈍感な彩音を心で責めるのだった。

 

 

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