「………はぁ」
病は悪化していた。
ゆめは毎夜、寝る時間になるとベッドの上で様々な感情のこもった吐息を漏らす。
「……んぅ……」
頭に浮かぶのはこの世でもっとも愛しい相手。
「……彩音」
寝ようとして目を閉じるとまぶたの裏に彩音が浮かんできて、眠れなくなるとどころか心と体が火照ってしまい日によっては何時間もベッドで悶々としてしまう日々が続いていた。
「……ばか」
その日のことを振り返ったり、今までの彩音を思い起こしてはこんな憎まれ口も飛び出てくる。
(……彩音は……私のこと、好き……)
それは一切疑ってはいない。
だが、今問題なのはその【好きの質】だった。
ゆめは戸惑いながらも、彩音に恋人としての好きを自覚してこうして悩み苦しんでいるわけだが、彩音が自分をどう好きなのかがわからない。
(……キスは、した)
今は昔、彩音とはじめての大きな喧嘩をしてしまったときの仲直りで。その時ももちろん恥ずかしかったが、それを今思い返すと……
「…………ん、みゃ」
閉じた瞳の裏にうつるその思い出にゆめは顔を赤くして寝返りを打った。
それを思い出すのは初めてではないどころか、数え切れないほどで一日に何回もしたことだってある。
だが、なれることはなく思い出すたびに恥ずかしさがよみがえってきていた。
思い出して、身悶えてしまうのはそれだけではない。バレンタインのときに彩音に押し倒されたことを思い返しては、瞳をきつく閉じ。彩音にネコミミとチョーカーを付けさせたことでは、口元をほころばせ、ハロウィンのことでは、微妙にその表情を嫉妬に変化させ、風邪引いて彩音と美咲が看病してくれたことを、そして、彩音の家で一緒にお風呂にはいってされたことを、胸を触られた感触を思い出しては………………
「っ〜〜〜〜」
そのあまりの羞恥に体を熱くして、その熱に耐え切れずに布団を頭からかぶって悶える。
「………………彩音のバカ」
そして、そういわざるを得ない。
何に対してか自分でもよくわかってはいないのだが、とにかくそう不満を漏らしでもしなければ耐え切れなかった。
(……彩音、なんであんなこと、するの?)
特によく思い出しては身悶えるのは一緒にお風呂に入ったとき。体を洗ってもらったときのこと。
まだ今の好きでなかった当時は、自分でも少し気にしてる胸を揉まれたということがとにかく恥ずかしかっただけだが、振り返ると、された時よりも思い出してる今のほうが何倍も恥ずかしく感じた。
今なら絶対に、できない。というよりも、一緒にお風呂に入るということすら恥ずかしすぎる。
(……私はこんなに、恥ずかしい、のに)
「……バカ」
どうして彩音はあんなことしてきたのかわからない。
(……彩音はなんとも思ってくれてない……?)
少なくても今のゆめの基準ではあんなことをされるのにはそう考えてしまう。
(……それとも…)
ゆめは都合いいながらも、勝手な想像、いや妄想と表していいようなことを頭によぎらせ……………
「………………っ!!!?」
あまりの羞恥に、それを振り払うかのようにぶんぶんと首をふった。
(……そんなことされたら、恥ずかしくて死んじゃう)
「……けど……」
ちいさく、何かを続けるための言葉をつぶやくが、その続きが言葉になることはなかった。
代わりに、
「…………熱い」
と、つぶやきゆめはおさまらない胸の高鳴りを感じるのだった。
「……けほ」
彩音のことを考えるといつも頭は甘い熱にうなされ、体は独特としか言いようがない火照りが迸ってまるで風邪を引いたようにもなる。
「……ぺふ、けほ」
だが、今ゆめを襲っている熱はまぎれもなく、単なる風邪だった。
ゆめは別段体が弱いわけではないが、最近は彩音のせいでまともに眠れもせず、食事も喉を通らない有様だった。
そのせいか、体力がおちこうして寝込んでしまっている。
「……………ひま」
ベッドの上で退屈そうに天井を見ていたゆめは素直な気持ちを吐露する。
こうして寝込むとき、中学まではある意味楽しみでもあった。彩音と美咲に学校で会えないのはもちろん悲しかったが、必ず二人は学校が終わるとお見舞いに来てくれ、二人に大切に思ってもらえているということが嬉しくてたまらなかった。
しかし、今は学校が違いゆめが体調を崩しているのなど彩音達は知りようがなく、こちらから知らせでもしなければたずねてくれる可能性は低い。
「…………眠い」
することもないゆめはいつのまにか訪れていた眠気に誘われるように目を閉じる。
夜寝ようと思っても眠れないのに、この前彩音がきてたのに眠ってしまっていたときもそうだがなぜかこういうときにはうとうととしてしまって、
(……………彩音の、バカ)
心の口癖になってしまった言葉を毒づいてゆめは夢の世界へと旅立つのだった。
そのバカな相手がやってくるとも知らずに。