「ねぇ……」

 とろけるような甘い声。

「彩音ちゃん……」

 あたしを見つめる潤んだ瞳と、熱に浮かされたような表情。

 その人からは小さな体躯から想像できない艶を感じこそすれど、心は状況に反して冷めたまま。

 そう、状況だけを見ればこれはなんというか【おいしい】状況にも見えるかもしれない。

 あたしたちの他に誰もいない部屋の中で二人、ベッドの上。

 あたしは壁を背にしてフリルブラウスのボタンを開けた少女……っていうのは年齢的に厳しいかもしれないけど少女と呼ぶしかない人に一見、熱情のこもった表情で迫られている。

 これが美咲やゆめだったらこの後の展開は口にするまでもないことなんだけど。

 目の前の相手は、なんというか何を考えているのかわからない人で。この状況にどう対処すべきかわからない。

 一歩間違えれば物理的に身の危険を感じることすらある相手。

 その人、ゆめのお姉さんであるひかりさんに迫られ

「実は……私、ずっと彩音ちゃんが好きだったの」

 唐突な告白を受けながら私は

(ぜっったい嘘だよ、この人)

 って思いながらひかりさんが部屋にやってきた時のことを思い出していた。

 

 

 いきなりのことだった。せっかくの休み一人のベッドの上でごろごろしていると、いきなり部屋のドアが開けられてひかりさんが入ってきた。

 ちなみに家には当然鍵がかかってる。ゆめには合鍵を渡してあって、後から聞いた話じゃゆめに借りてきたなんて言ったけど……多分嘘だろう。黙って持ってきてると思う。

 まぁ、それは置いといてひかりさんはあたしが驚いている間にベッドに上がってきた。

「あの、ゆめならいませんけど」

「うん、いいの。今日は彩音ちゃんに用があってきたから」

 ゆめと同じような顔のつくりをして、けどゆめが決してしないような人好きする笑みを浮かべるひかりさん。

(……いやな予感しかしないなぁ)

 その笑みにあたしはそう思わざるを得ない。

 一応言っておくとあたしはひかりさんのことを苦手とは思えど嫌いなわけじゃない。この人に悪気があるわけじゃないのはわかる。ただゆめのことが好きで、大切なだけ。

 少し……いや、異常なほどに。

 だからゆめが絡んだこの人があたしに何をするつもりなのか不安でもある。

「えー、となんでしょうか」

 落ち着かないのはふわふわとしたベッドにいるからじゃないんだろうな。

「あのね、彩音ちゃんは私のことどう思ってる?」

「へ?」

 これはまた唐突かつ想定外の質問だなぁ。

「え、と……な、なんでそんなこと聞くんでしょうか」

「だって私彩音ちゃんの前じゃ少し恥ずかしいところ見せちゃってる気がするから。もしかしたら嫌われちゃってるのかなって」

 とても年相応には見えない少女のような表情でひかりさんはしおらしく言う。

 ゆめと似た顔でこんな切なそうな顔をしているのはそそるはそそるけど、今はそれどころではない。

「嫌い……ではないですよ。ひかりさんがゆめのこと大切に想ってるっていうのはわかりますし」

「ほんと!?」

 目を輝かせながらひかりさんはずいっと迫ってくる。

(ち、近い……)

 距離を取ろうと思ってもすでに壁際にいてこれ以上は下がれない。

「ど、どうしてそんな……」

「だって……」

 なぜか頬を赤らめもじもじとした様子を見せるひかりさん。

「嬉しいから……」

 心の底から安堵したような顔をするひかりさんは表面上は恋する乙女のようにも見えて……

(やば……ちょっとどきどき)

 なんて美咲やゆめにはとても言えないことを思ったりなんかもして

「え? あの、ひかり、さん……?」

「ねぇ……」

 とろけるような甘い声

「彩音ちゃん………」

 あたしを見つめる潤んだ瞳と、熱に浮かされたような表情。

「実は……私、ずっと彩音ちゃんが好きだったの」

(ぜっったい、嘘だよこの人)

 表面だけを見れば本気にも思える状況だけど、ゆめに対する妄執を見せつけられてきたあたしにはそれを確信できる。

「……あの……冗談、ですよね?」

 嘘だと確信できるとはいえ、それを言うのも問題がありそうなので中途半端な返し。

「………彩音ちゃんは嘘だって思うの?」

「え、いや……その……だって、ひかりさんが好きなのはゆめ、ですよね」

「そう……初めはそうだったの。けど、彩音ちゃんと話すうちにどんどん彩音ちゃんのこと気になっちゃって……」

 体温すら感じられそうな近距離で、好きな子とほとんど同じ顔で面映ゆげにこんなことを言われればどきどきはする。緊張もする。

 けど、やっぱり本気には思えず困ったようにして言葉を返せずにいると

「ねぇ、彩音ちゃん」

「はい………っ」

 ひかりさんの小さな手があたしの手を取って

「これでも、本気じゃないって思うの?」

 胸に押し付けた。

(あ、ちょっとある)

 ゆめは完全にぺったんだけどひかりさんはこぶりながらも確かな弾力と包み込む感触。そしてそこは

 ドクンドクンと早鐘を打っていた。

「……………」

 さしものあたしもそこで少し考える。やっぱりこの告白が本気とは思えないけど、鼓動の調整までできるとは思えないし……

(まぁ、なんにせよ)

 あたしの答えは決まってる。

 あたしはひかりさんの胸から手を引くとひかりさんをまっすぐに見つめて

「たとえ、ひかりさんの気持ちが本当だったとしてもやっぱり無理です。あたしが好きなのはゆめですから」

 本気でそれを伝えた。

 そう、無理。あたしにはゆめと美咲以上の相手なんて絶対にありえない。

「……ふーん。そっかぁ……」

「っ………」

 あたしの答えを聞くとひかりさんは急に人が変わったかのようにそう言って、どこか妖艶に笑った。なんていうか大人の笑みだ。

「ゆめちゃんがありながら、浮気でもしようものならどうしようかと思ったけれど……」

 大人の、顔。さっきとはまた全然別の意味での。

「……とりあえずは合格ね」

「は、はい?」

「ふふ、それじゃあ。またね」

 大人の顔をしたままひかりさんはベッドから降りるとそのまま部屋を去っていく。

(な、なんだったんだ……?)

 あたしは何がなんだったのかまるで分らず狐につつまれたような気分でひかりさんのことを思わずにはいられなかった。

ゆめとひかり2

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