ひかりさんとのことがあってから数日後。
今日はゆめが遊びに来てて、二人でベッドにごろごろとしてる。
「そういやさー、ゆめ」
「……んー?」
ベッドに横になったままゆめに声をかけると、ネコのように体を丸めてたゆめが眠たげに答える。
「最近ひかりさんどう?」
「……? 別に。帰ってきてるけど、最近はおとなしい」
「そう、なんだ?」
ゆめの答えはちょっと意外だった。
ひかりさんのことだから、この前のことを面白おかしくゆめに伝えて、「ちょっと誘惑したら彩音ちゃんに襲われそうになっちゃった。やっぱり彩音ちゃんよりわたしのほうがいいよ」みたいなことでも言うかと思ったのに。
「……なんであいつの話をする」
しかもこの反応を見る限りひかりさんはゆめに話してないのかな?
「あー、いやちょっと、ね。話す機会があって」
ひかりさんが話してないんだとしたらあたしも話すべきじゃないのかなと言葉を濁す。
「……………」
ゆめはそれが気に食わないのかむくりと体を起こすとあたしを見下ろすようにした。
ゆめ的には睨んでるつもりか知らないけど、こういう時のゆめの顔って可愛いなって思う。じとっとした目つきのはずなのに、なんというか子供がいじけて見つめてるような感じでいいんだよね。
「……なんで私の知らないところであいつと話してる。何の話をした」
「あー、いや、大したことじゃないんだけど、ね」
「……話せ」
「ほんと大したことじゃないって」
むしろあたしだってなんだったのかよくわからないし。とはいえ、素直に話すのはやっぱりなんか違うような気がして、どうしようかと思案してからふとゆめに手を伸ばした。
「……っ!」
ぺったんな場所に。
「っ……なに、をする」
「やー、ゆめってやっぱりないなぁって思って。ひかりさんはちょっとあったんだけどさ」
冷静になると藪蛇にきまってるんだけどあたし的にはいいごまかし方だと思ったんだよ?
「………なんで、ひかりの胸なんか触っている。どういうことだ」
ただもちろんというか、当然と言うべきかゆめはそれが気になったらしく今度は迫力のある目と声であたしを睨みつけた。
「………浮気」
「いや、浮気ではない。なんていうかその……流れで?」
うわ。我ながらクズな言い訳だな。
「……………」
ほら、ゆめが軽蔑するような目で見てんじゃん。
まぁ、こういうゆめもというかゆめはいつだって可愛いんだけど、あたしはゆめを嫉妬させちゃったこと以上にこの時はひかりさんのことこそが気になっていた。
ある休日の夕時。
「……ふぅむ」
あたしは机に頬杖をついて唸っている。
「…………」
その姿を見つめるのはあたしの恋人二人。各々部屋でくつろぎながらあたしの様子をうかがっている。
「……美咲、彩音が変」
今日はお泊りの予定でつい十分ほど前にやってきたゆめはあたしを見ては怪訝そうに美咲に問う。
「こいつが変なのは別にいつものことでしょう」
「……そうだけど」
(……失礼な)
二人の会話は耳に入ってるけど突っ込む余裕もなく頭の中をぐるぐるとさせる。
「昼間出かけて帰ってきたと思ったらこんな感じよ」
「……どこにでかけてた?」
「さぁ? いきなり出かけてくるって言っただけよ」
頭の中はその出かけてたことでいっぱいなんだけど、二人の会話は耳に入っている。
(……まずい流れかも)
美咲はあたしの様子が変なのを気にはしてるみたいだけど、それでもあたしが話してくれるのを待っているのか急かしたりはしない。
ただ、ゆめの場合はもともと妙に嫉妬深いのと心当たりがあるのか、懐疑的だ。
「……彩音。ひかりと会ってた?」
しかもその心当たりは的中してる。
「ひかりって、ゆめのお姉さん? どうして彩音がゆめのお姉さんと会うのよ」
「……最近ひかりと浮気してる」
「……してないって」
かの人のことを考えていたからなるべく会話には混ざらないようにしてたけど、これを見過ごすわけにはいかない。
あたしが二人を愛してるっていう矜持にかけてね。うんかっこいいセリフだ。
「へぇ……それはどういうことかしら? 私たちっていう嫁がいながらさらに他の人に手を出すなんてね」
「だから違うっつーの」
「……最近、ひかりが彩音のことよく聞いてくる。それにひかりも今日でかけてた」
「ふぅん、それは確かに怪しいわね」
美咲もゆめも本気で疑っているわけじゃないだろうけど面白くないのは確かなのか、これまでは遠巻きに見ていただけだったけど二人で迫ってくる。
「で、どういうことなのかしら?」
「……ひかりと会ってた?」
机に座るあたしを囲むようにして見下ろす二人。ちょっと威圧感がある。
「まぁ……会ってたけど」
ここで嘘をついても得はなさそうだしそのこと自体は正直に言う。
ただ
「何を話したかってのは言えない。一応口止めされてるし」
二人に迫られる前に先にそれを言っておいた。
そう昼間連絡が来て、呼び出されたのは本当。けど、口止めされたのもさることながら話したあたしとしてもあいかわらずひかりさんの意図は読めないまま。
ゆめの思い出話をされたり、あたしとゆめについて聞かれたり、それほど二人に話しちゃまずいことを話したって印象はないけど、ひかりさんには内緒って言われてる。
いくらひかりさんよりも二人のことが大切と言ってもそういう約束を反故にするほど不誠実じゃなくて、
「……話せ」
このお姫様には困っちゃうわけだが。
「……んー、まぁ、内緒。というかさ、ゆめって実際ひかりさんのことどう思ってるの?」
ひかりさんの思惑もさることながら今はこれも気になる。
ひかりさんの執着はこれまで散々見せつけられてるけどゆめがひかりさんをどう思ってるのかはいまいちわからない。
(……本気で嫌ってるようにも見えるけど)
「まぁ、それは少し気になるわよね」
美咲もあたしほどじゃないけどひかりさんとゆめの関係を見せつけられているせいか、それともあたしが話をそらそうとしてるのに乗ってくれたのか同調してくれた。
「………うっとうしい」
「にべもないねぇ」
「けど、昔からそうだったわけじゃないでしょう。話しに聞くところ小さいころは仲良かったらしいじゃない」
お姉ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってたこともあるらしいからねぇ。
「なんか嫌いになったきっかけでもあるの?」
触れていいことかわからないけど、聞いておきたいことでもある。特にひかりさんの様子が気になる今となっては。
「……別に、大したことじゃない」
「へぇ、やっぱりあるのね」
「……むぅ」
話すつもりはなかったのかゆめは……気まずそうな表情になり……ぷくっと頬を膨らませた。
なんとなく察する。決定的なことがあったわけじゃないんだろうって。多分、きっかけは些細なものだったんだろう。
そして、それは正しかったらしい。
ゆめがバツ悪そうに話してくれた内容をまとめるとこんな感じ。
小さいころからひかりさんは今と変わらずゆめを溺愛していて。なんていうか、ほんとにずっと一緒だったらしい。
もともと引っ込み思案だったゆめはそのせいもあって友達を作る機会があってもお姉ちゃんを優先してばっかりで友達を作らなかったらしい。
それだけが原因じゃないんだろうけど、ゆめはゆめで多分友だちがいなくても優しいお姉ちゃんがいてくれるからいいって感じで小学校のころはずっと【大好きなお姉ちゃん】といつも一緒だった。
そしてひかりさんがいなくなった時にはゆめちゃんは気づけば一人になっていたっていう話。
それをひかりさんのせいにするのは正直逆恨みのようなものだろうけど、ひかりさんとは気まずくなっちゃって、自分が友だちを作れなかったのが悪いのはわかってるのに素直に謝ることもできなくて徐々に距離が離れて行ったらしい。
それを知ってか知らずかの過激な愛情表現に問題はあったんだろうけど……
まぁ、感想を言えば
「……ゆめが悪いよね。それってさ」
「悪いっていう言い方はともかく、原因はゆめかもしれないわね」
あたしも美咲も同じような結論に達してゆめも自覚はあるのか少し泣きそうな顔をしている。
『ゆめ』
自然とあたしと美咲の声が重なって二人で小さなゆめの体を抱きしめる。
「あたしたちはゆめの味方。話してくれてありがと。ちょっと色々頑張ってみるよ」
「……?」
「彩音?」
二人は何のことだかわからず首をかしげている。でもあたしはその中である決意をしていた。
(妹離れと、姉離れが必要だろうな)