それは秋晴れの綺麗なある土曜日。
週末に晴れるのは久しぶりで三人でデートをしようと準備をしていたあたしはリビングに集まってそろそろ出ようかとしているところで思わぬ電話を受けた。
(……?)
今時電話をしてくる相手っていうのは多くはないのだけど、その多くはない中でも予想外の相手で。
「千尋さん? どうしたんですか?」
表示されてた名前を呼ぶと
「先生―……」
弱々しい別の声が返ってきた。
「なずなちゃん? どうしたの?」
電話をかけてきたのはケータイの持ち主とは違う相手でなおさらどうしたのかと問うと。
「……お母さんが、病気……なの」
「え?」
「顔が真っ赤で熱もすごくて苦しそうなの。あとね、それで」
電話の向こうから聞こえてくるなずなちゃんの声は悲痛を感じさせ、慌てふためいているのが伝わってくる。
あたしは無理には遮らず、一生懸命に伝えてくるなずなちゃんに耳を傾けてなんとなく概要を掴む。
朝起きたら千尋さんの調子が悪く、ベッドから起き上がってこなかったらしい。熱を測ってみたら39度近くもあり、病院にもいけていないとか。
本人は疲れているで寝れば治ると言っているらしいけど、なずなちゃんは心配になってあたしに電話をしてきたということみたい。
一通り聞き終えて電話を切ると、あたしは恋人二人を見る。
「……デートはまた今度」
「手伝いが必要なら私達も一緒にいく?」
あたしの大好きな二人は、残念がりはしても不満を見せることなく自然と言ってくれた。
「ありがと。でも、今日はあたし一人でいくよ。なずなちゃんもいきなり知らない人が来たら落ち着かないだろうし」
「そう。なら私達はせっかくだしゆめとデートはしましょうか」
「……うん。でも、何かあったら遠慮なく呼べ」
「あはは、ありがと」
我ながらいい関係だよね。気を使いすぎず、でも何かあった時には頼っていい。
いい彼女を持ったものだと感心しながらあたしはなずなちゃん家に向かって行くのだった。
◆
「先生!」
とドアを開けた瞬間に小さな衝撃が訪れる。
あたしはそれを受け止めその同年代としても華奢な体を抱きしめてあげた。
「来たよ、なずなちゃん。もう大丈夫」
実際にはあたしはお医者さんじゃないし何も大丈夫、ではないのかもしれないけれどそれでもなずなちゃんを安心させてあげたくて、屈んで視線を合わせて笑いかけた。
「……うん。先生、ありがとう」
なずなちゃんとて、それなりの年だからまさか千尋さんが本当に危ない状況かどうかなんてわかるだろう。
だからといって、唯一今一緒に住んでいる大好きなお母さんが高熱を出していれば安心などできるわけはない。万が一、どうにかなってしまうことだって頭によぎらせるだろうし、不安でいっぱいだったはず。
「一緒にお母さんのこと看病しようね」
「……うん」
しっかりと手を握ってあげながらあたしは家に入っていくとさっそく千尋さんの寝室に向かうことにした。
(そういえば入るの初めてだよね)
家庭教師の身分で家主の寝室に入るほうが普通じゃないから当たり前かもだけど。
とりあえず冷静に状況を把握したいこともあってなずなちゃんには外してもらって軽くノックをする。
「……ん、こほ。はいりなさい」
「失礼します」
あたしが来るのは知っていたのか招きに応じて部屋に入っていった。
寝室は落ち着いた雰囲気の部屋。大きな本棚に小さなダイニングテーブル、一対の椅子。クローゼットに化粧台、それと
(おっきいベッドだな)
明らかに一人用ではないベッド。
「ほんとに、来たのね」
そこに横になる家主は見るからに調子が悪いことはなかった。
真っ赤な顔とかすれた声。近くで見ればその熱情を秘めたようにも見える顔は色香を感じさせるけどさすがにそんなこと気にしている場合じゃない。
「可愛い女の子が困ってるのはほっとけないですから」
「……私が心配って言うよりは好感の持てる理由ね」
「もちろん、千尋さんだって心配ですよ。大切な雇い主ですし」
「……ん。気を使わなくていいわ。ん…こほ……んん…」
「と、すみません。調子悪いのに変なこと言っちゃって」
この人は話しやすくてつい変なテンポの会話になっちゃうけど今は体調を崩してるんだし自重しないとね。
「…っ。まぁ、その方が彩音らしいわ」
「とりあえず来る途中で風邪薬とかスポーツドリンクとか買ってきましたけど、何か食べた方がいいですかね。食欲はあります?」
「あんまりないけど、少しもらうわ」
「そうですか。なら、なずなちゃんと軽くなにか作りますね」
「……えぇ」
ここで長居するのも望まれてはいないだろうとあたしは千尋さんに背を向けて去ろうとし、
「……来てくれたのは感謝するわ」
背中にかけられた声に今日一日この母娘のために頑張ろうと決意するのだった。