何を作るべきかを悩み、無難におかゆを選んだ。

 なずなちゃんには同じものというわけにもいかず一緒に軽くおかずなんかも用意して。

「それじゃあ、食べたらちゃんと薬飲んで寝てくださいね」

 おかゆをはじめスポーツドリンクや水、薬を部屋に持っていき声をかける。

「ありがと、彩音」

 素直にお礼をいい、食べ始めるのを見るとなずなちゃんと一緒に部屋を出ていく。

 心配なのはそうだけど、この家には今なずなちゃんしかいなく休みの日には家事が溜まっている。

 普段なら千尋さんと一緒にそれをこなすらしいけど、今はそうも言ってられなくあたしとなずなちゃんの二人で掃除や洗濯などを一通り片付けていく。

 それらが終わると、お昼も近くなって近くのスーパーに赴く。

 お昼の分だけじゃなく、明日の分までも考慮しながらの買い物で大荷物になりここだけでも美咲やゆめがいた方がよかったかななんて思いながら買い物を済ませると、間髪入れずにお昼の準備。

「……………」

 お昼を千尋さんに届けてあたしたちを食べ終えるとようやく一息となる。

 そんな中で、

「? 先生、どうしたの?」

 リビングのソファで食後のお茶を取りながらなずなちゃんを見てみる。

「……先生?」

 小さな体に愛くるしい顔の造形。

 簡単に抱けちゃいそうな肩幅、細い太もも。子供らしい体躯はかわいらしさしかない。

 でも子供らしく遊ぶこともなく、こうして家を守っている。

「……っ。先生?」

 あたしは胸の中に渦巻く衝動に従いなずなちゃんに手を伸ばすと頭を軽く撫でた。

 サラサラな髪が指にかかり感触が心地よい。

「ど、どうしたの?」

「ん、なずなちゃんは偉いなって思って」

「?」

「だって、いつもこんなに頑張ってるし。あたしがなずなちゃんくらいの時は一人じゃ何にもできなかったよ」

「っ……」

 褒められたことが照れくさいのか頬を朱に染めて身を震わせる。そんなところも可愛らしい。

「……お母さんだっていつも頑張ってるもん。それにお母さんのこと大好きだから私も頑張るの」

 自分の功を誇ることもなく、千尋さんのためと言えるなずなちゃん。

 ここでいい子だというだけで済ますのは多分しちゃいけないんだろうな。なずなちゃんが本当に千尋さんが大好きで、力になりたいと思っている。

 そこにもっと遊びたいとか思わないの? とかお手伝い偉いねとか、そんな安っぽい言葉はふさわしくない。

 だからと言って何もしないのも違う気はするんだよね。

(まぁ、何をすればいいのかわからないけど)

 ゆめとか美咲相手なら、抱きしめたりキスしたり好きなもの作ってあげたりとかいくらでもあるんだけどなずなちゃんには……って

「……先生」

 あたしが悩んでいるとなずなちゃんは自分の持っていた湯飲みをテーブルに置くとあたしに体を寄せて

「わ、っと」

 そのまま胸に飛び込んできた。

「来てくれて、ありがとう。一人じゃどうすればいいのかわからなかった」

「………ん」

 胸に顔をうずめるなずなちゃんをあたしは優しく抱きとめる。

(そだよね。不安だったよね)

 家に来た時にも急に抱き着いてきたし。あれだけ慕っているお母さんがあんなに弱ってるところ見せられたら怖くだってなる。

「女の子を悲しませるのはあたしの趣味じゃないからね。いつだって助けるよ。まして可愛い教え子のためだもん」

「先生……ヒーローみたい」

「あはは、そこはヒロインでいいかな」

 言いたいことはわかるけど。

「でも、困ってる事があったらいつだって助けにくるよ」

 あたしにうずまるなずなちゃんの細い腰と薄い背中を抱いてしっかりと抱きとめる。

 少女らしい甘い香りがすこしだけくらくらとしながらも安心させるように片方の手を頭へと回して優しく撫でる。

「……先生、大好き」

「あはは、うん。あたしもなずなちゃんだいすきだよ」

 そうしてあたしは気を張っていたなずなちゃんがいつの間にか寝入ってしまうまでこうして小さな頑張り屋さんを抱きしめるのだった。

 

 ◆

 

「ん……ぅ……先生……お母さん」

 身体の疲れだけじゃなくて精神的にも疲労していたみたいであたしの胸の中でしっかりと寝息を立てるなずなちゃん。

 柔らかくて暖かな体を抱くのはあたし気持ちいいし、この安心した寝顔を見てるとこのままにしてあげたいけど、このままじゃ何にもできないしここは心を鬼にしてなずなちゃんをソファに寝かせると毛布をかけてあげて、あたしはすべきことに戻る。

 昼食の片づけをして、美咲とゆめにも現状を連絡。

 それからまだ洗濯物を取り込むには早いし一応千尋さんの様子を見に行くことにする。

「失礼します」

 ノックはしたものの返答は待たずに部屋に入ると応答もない。

(それもそのはずか)

 千尋さんも娘と同じように寝息を立てている。

 体調を崩しているのだからそれはいいことだし、このまま大人しく出ていくべきだろうけどせめて食器くらいは下げようとベッドへと近づいていった。

(汗くらいふいてあげた方がいいかな。身体が冷えるとまずいしね)

 枕元に備えてあったタオルと手に取り、千尋さんの顔に手を伸ばす。

「…………」

 こうしてみるとやっぱり顔整ってるよねぇ。もちろんあたしにとっては美咲とゆめが一番だけど、千尋さんのことは大人の女性として尊敬してるからなんか少しドキドキ。

 火照った頬や汗で湿る髪や肌は艶があり、こういうところはあたしの恋人たちにはない魅力だなって素直に認める。

 ま、そんなこと考えてないでとりあえず汗を。

 額や、頬、首筋なんかにも手を伸ばして汗を拭きとっていく。通常のベッドじゃなくて二人用のベッドだから必然ベッドの中心へと体を乗り出さなきゃいけなくてちょっとやりづらい。

 それでも一通り終えたかなと体を引こうとしていた私は

「……っあぁ、ん」

 千尋さんが目を覚ました気配を察する。

「あ、起こしちゃいましたか? すいません、今……っ」

 どきます、と続けようとしたのに。

「……へ?」

 熱情を含んだような瞳で見つめられて、

「っ……ぁ!」

 そのまま背中へと腕が回り力強くベッドへと引き込まれる。

「ちょ、ちょっと!」

 さらにはなずなちゃんがしたように胸に顔をうずめてくる。それもなずなちゃんがしたのとは全然違う。甘えるっていうよりは、その……なんかこう、恋人にするかのような感情の熱を感じる。

 あたしはもちろん千尋さんの恋人じゃないんだからはねのけるべき。

 好きじゃない人とこんな形になるなんて美咲やゆめにはもちろん、なずなちゃんにだって申し訳ない。

 千尋さん自身や「ママ」にも。

 あたしは強引に千尋さんを引き離そうとするも

「…ん、「アリサっ」……会いたかった」

「っ!」

 その声に固まってしまう。

(知らない、名前)

 でも予測はできる。

 それもこれまで聞いたことのないような情欲すら乗った声で呼ばれなんかしたら。

 ……朦朧としてるのかあたしを「ママ」と間違えているってこと、だよね。

 あたしは言うまでもなく「ママ」ではないんだから誤解を解いた方がいいんだろうけど。

「……っは……あ……ぁ。アリ、サ…っ」

 今苦しんでるこの人を突き放せるほど冷血ではなくてなずなちゃんにそうしたようにあたしの胸で寝かせてあげることにした。

 

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