その日は強い雨と風で傘をさしていても濡れちゃいそうな天気だった。

 大学の帰り、美咲とゆめは本屋によるとかであたしは先に一人で帰路を言っていてその途中。

「危なっかしいなぁ」

 道端でそんなことを呟く。

 あたしの視線の先には一人の小学生の女の子。傘があることもあって、年齢までは詳しくわからないけれど傘の裏からちらりと見えた赤いランドセルが見えた。

 おっと、別に普段から道行く小学生を観察してるとかそんなことじゃないよ。ただこの子はちょっと気になるところがあった。

 それは、体に似つかわしくなく傘を持っているということ。

 小学生の小柄な体格には不釣り合いに大きな傘。ただの雨なら問題なかったんだろうけど、今日はかなり強い風が吹いていて大きな傘は彼女をあおり、時には傘が飛ばされそうになって歩けないほどになっている。

 幸いこの道は裏道になっていて車が通ったりはあんまりしないけど、それでも見てて不安になる。

(まぁ、だからと言って声をかけたりはしづらいけどさ)

 危なかったしいけど、ここでお嬢ちゃん大丈夫? とかさすがにできない。何かあったんならともかく今の状態じゃまだ何も起きてないんだから。

 そんなわけで気にせずこの場を去らないといけないわけなんだけど

 瞬間、一際強い風が強い風が吹いたかと思うと

「あっ……」

 女の子がその風にあおられ、傘が…………

 ビュン! と勢いよくあたしの横をすごい勢いで吹っ飛んでいった。

「……………」

 危なかったなぁと思う間もなく、少女を再び見ると呆然と傘が飛んでいった方を眺めていた。

(………今度は放っておくわけにはいかないよねぇ)

 さっきまでは話しかけるわけにはいかない状況だったけど、今は小さな女の子がこの豪雨の中傘もなく佇んでいる。

 これを見逃すのに人として道に悖るというもの。

 あたしは早足に女の子に近づくと持っていた傘を傾けてあげる。

「大丈夫?」

 そうやって声をかけてあげると、女の子はあたしを見上げながら首をかしげる。

「? お姉ちゃんだぁれ、悪い人?」

「へ?」

 いきなりの辛辣な言葉(まぁむしろしっかりしているかもしれないけど)にちょっとドギマギ。

「えーと、傘飛ばされるの見てたから。困ってるんじゃないかなって。よかったら傘、貸すよ」

「…………………」

 女の子はあたしを見定めるかのように見上げる。

 ちょっとおっとりとした口調。髪は美咲ほどじゃないけど長くて背中まで伸び、濡れた黒髪が少し色っぽく見える。

「………………」

 冷静になると不審者だって言われても仕方ない状況で女の子は変わらずあたしを見つめている。

 綺麗な黒色の瞳。子供っていうのもあるのかもしれないけれどすごく純粋で引き込まれそう。

「……えーと、貸すっていうかあげるよ。お嬢ちゃんみたいなかわいい子が風邪でもひいたら大変だからね」

「……お姉ちゃんが濡れちゃう」

 おや、優しい子だね。

「あたしのことは気にしなくても大丈夫だよ。家すぐ近くだし」

 まぁ、この雨じゃ数分だろうとびしょ濡れになっちゃうんだけど。でも、目の前で小さな女の子が雨に打たれるのを許せるものじゃないよ。

「………………」

 もう傘を押し付けてかっこよくこの場を去ろうとかと思ったけど、女の子は予想外のことをしてきた。

 ぎゅっと傘を差しだしたあたしの手を握ってきた。

「……お姉ちゃんも一緒にいこ」

「へ?」

「そうしたらお姉ちゃんも濡れない」

 それはなんというか理にかなった提案ではある。二人で傘をさしていけば確かに二人とも傘を使える。

 ただ、それはお互いにどんな人間かを知っていればの話。少なくても今初めて話した女子大生と小学生の女の子がするようなものじゃない。

「……行こ」

 なんて断ろうか、やはり傘を置いて逃げようかとも思ったあたしだけど女の子はあたしを手を握ったまま歩き出し家を思われる方向に歩いていく。

(仕方ない、家の前まで送るくらいなら大丈夫でしょ)

 と楽観的に考えて少女と一緒に歩いていく。

「……………」

 雨の音と足音と時折近くを通る車の音。

 何かを話すべきかなとも思うけど、何を言っていいのかはわからない。なにせ下手をすれば犯罪者扱いをされてもおかしくない状況なんだから。

 そんなわけでせいぜいたまに視線を送る程度で女の子の歩幅に合わせて歩くしかない。

(可愛い子だな。ちょっと昔の美咲に似てる。おとなしめな感じだし、性格はゆめよりだけど)

 って例える基準があの二人か。別にそれが問題なわけじゃないけど。

 とりあえずどちらにせよあたしからしたらとにかくかわいい子だなと言える。

 なんて考えながら五分ほど歩いていると

「?」

 あたしの視線に気づいたのか、女の子がこっちを見上げてきて視線が交差する。

 無垢そのものみたいなきらきらとした少女の瞳。

「なぁに?」

「あ、えぇと……お家どの辺なのかなって思ってね」

 恋人二人を思い浮かべてたとかは言えないのでとりあえずそんな風に濁すと、女の子は指を正面を指す。

「あそこ」

 そこには青い三角屋根の一軒家。

「なるほどね」

 二人でそのお家に視線を向ける。それは当然周りに対する注意を散漫にしてしまう行為で……

「っ!?」

 近くに車の音が迫ってきたときにはもう手遅れで――

 タイミング悪く近くにあった水たまりを盛大に跳ねるのに咄嗟に反応して女の子をかばうように抱く

「ふぁ!?」

 バッシャァァ!

 背中に冷たい水を浴びながらもなんとか女の子に直撃するのは避けられたと安心するものの

(あ〜あ。美咲に怒られそう)

 服をびしょ濡れにしてしまったことに嘆く。

「……お姉、ちゃん」

 絶望的な少女の声にあたしは美咲のことは頭から消して笑顔をとりつくろう。

「大丈夫だよ。帰ったらお風呂入るから。気にしないで、ほらもうすぐお家でしょ。いこ」

「……お風呂」

「ん?」

「お風呂、入っていって」

「え?」

 お家でお風呂に入ろうってこと? 

「い、いや、それは……」

 さすがにまずいって。こうしているのだってぎりぎりなのに。

「ほら、お家の人に迷惑でしょ」

 そもそもお母さんなり家の人がいるんだから許可されることはないか。

「……お家、今日だれもいない」

「え?」

「だから、お風呂」

(誰もいない……ねぇ)

 それはそれで問題なような。お風呂入ってる間に帰ってこられたりなんかしたら最悪だし。

 断るのが正解なはずだけど……

「……お姉ちゃん……」

 心配そうな少女の顔。

(……まぁ、家に誰もいないっていうのも心配だしね)

 そうしてあたしは謎の少女とのかかわりを持つことになった。

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