最近、気に食わない噂を聞くことがある。
それは初めてということでもなくて、事実無根なことであるとは知っている。
ただ私としてはそんな噂が流れること自体不愉快でもある。
(……まったく、何で彩音みたいなのが)
私は彩音のことが好きで、彩音のことを誰よりも良く知っているからこそ彩音の駄目な部分も知っている。だから、そんな風に思うのかもしれない。
(……まぁ、もしかしなくても嫉妬してるからでしょうけど)
噂が真実でないと知ってはいても、気に食わないものは気に食わない。
彩音は私のもの。
その相手が他の誰かといればそこに不愉快な感情が混じってくるのは仕方のないことだ。
ただ一人許した相手を除けばそれが同級生だろうと下級生だろうと、先生だろうとまるで関係ない。
私の彩音と一緒にいる。それだけで私はその相手に嫉妬して、彩音にはその分責任を取らせてしまうのだ。
まして、その噂を目の前で目撃したりなどすれば。
それはある放課後、教室に戻ると彩音のカバンはすでになく先に帰ったのかと、少し不機嫌になりながら自転車置き場へ向かおうとしていた。
その道中、彩音の姿を目撃する。
そこは本来なら彩音がいる場所でないところ、一年生用の自転車置き場。
当然一人でなく、下級生の女の子と一緒だ。
(……確か)
最近聞いた噂の相手は下級生だ。
もちろん私はその噂自体にそれほど興味はなかったから相手が今いっしょにいる相手なのかまでは知らないが、可能性のある人物ではある。
(……また、からかってやろうかしら)
私はそんな風に軽く考えていた。
少し理由を作ってやれば、彩音を思うままにすることなんて造作もない。
などと不穏当なことを考えながら私は二人に近づいていく。
(にしても、彩音って下級生に人気があるのかしらね)
前聞いた噂も下級生だった。
もっとも、関係を公にしているわけではないが同級生であれば私と彩音が一緒に住んでいることは知っているし、そういう雰囲気くらいはわかるだろう。
だから下級生となるのがある意味自然なのかもしれない。
彩音のどこがいいんだとは思うけど。
機微には疎いし、朝も起きられない、人に言われないと勉強もしないし、好き嫌いも多いし、だらしないところもたくさんある。
まぁ、それを知っているのはそれほどいないだろうし、そもそも私だけが知っていればいい。
と、私は自己満足の優越感に浸りながら二人に近づいていき、
「……ら、付き合って下さい」
思わず足を止めた。
一瞬、驚きはしたもののすぐに我にかえる。
だが、
「うん、いいよ」
(は!?)
彩音のその言葉に頭の中が真っ白に、いや真っ赤になる。
(っ、待ちなさいよ)
そして、一瞬で冷静に戻す。
建物の陰に隠れて私は自分を諌める。
(ここで早とちりしたところで、どうせくだらないオチが待ってるだけよ)
どうせ大したことじゃなくて、全然私が想像したようなこととは違くて後でこっちが恥ずかしい思いをする羽目になるに決まっている。
それに彩音のことは百パーセント信じているんだから私は何食わぬ顔で出て行ってもいいし、ここから立ち去って後から彩音にこれはなんのことだったのかと聞けばいい。
頭ではそう考えているのに、体はその通りに動いてはくれない。
「あ、あの、じゃあ今度の土曜日、大丈夫ですか」
「うん。平気平気」
(何よ。まるでデートの約束みたいな……)
自然と奥歯を噛みしめる。
これは絶対に私の勘違いで、早とちりで、噂は噂でしかない。だから、私は嫉妬はともかくとして、こんな不安になる必要なんてあるわけないのに。
「っ!」
どうにか理性を働かせようとしている私の頭を焦がすことが起きる。
「ありがとうございます! 彩音先輩」
あろうことに名も知らぬ噂の君は彩音に抱き着いていた。
(っ……ふざけてるんじゃないわよ)
いくらなんでも調子乗りすぎじゃないの!?
「わ、っと。びっくりした」
「あ、す、すみません。嬉しくてつい」
「あはは、ま、落ち着こうね」
「は、はい」
彩音も彩音よ! なんで抱き着かせておいて満更でもなさそうな顔してるのよ!
わかってはいる。
噂は噂。
もし、万が一に噂が真実だとしても彩音が好きなのは私なのは当然で、当たり前で、心配するようなことはない。
そんなことはわかっている。
(わかってる、けど!)
ザっ
怒りで燃え盛ろうとする私の耳に背後から足音が聞こえてきた。
そこでやっと私は覗き見をしていることに気づき、その煮えるような気持ちから逃げるようにその場を後にした。