あの時はなぜ逃げたのだろう。
もちろん積極的に姿を現すべきではないだろうけど逃げる理由はなかったはず。
ただ、何か嫌だった。あんな現場を目撃したというのを彩音に知られることが。
そして、私は不機嫌になる。
噂は噂だとわかっていて、でもあんな場面を見て、彩音は帰ってきてからまるで放課後のことを話そうとしないから。
あれがなんでもないことなら話してくれてもいいはずなのに。
(……話せないようなことじゃないんでしょ)
心のなかでそう毒づく。
どうせ正体をしれば大したことじゃない。なんだそんなことかと安心し、へたをすれば彩音に隙を与えてしまうだけだ。
(けど……)
「ね、彩音」
寝る前の穏やかな時間。
テーブルに頬杖を突いてた私はベッドに寝そべりながら漫画を読む彩音に声をかけた。
「んー?」
「最近、デート、してなくない?」
デートという言葉をわざわざ使うのは……意識しているから?
「あー、そうだっけー?」
そうよ。
二人きりなのは一か月近くもしてないわよ。それともあんたは他の子とは出かけてるから気づかないとかそういうこと!?
一度不安になった心が余計なことを考えてしまうのが止まらない。
「そうよ。で、次の土曜とかどう? 行きたいところがあるんだけど」
そんな不安な心のまま私は彩音にカマをかける意味でそう言った。
なんて答えるのかと、期待と不安を抱きながら。
「ごめん。その日用があるわ」
「……ふーん」
それ自体は予想通りの答え。問題はその中身。
「……何の用?」
「ちょっと友だちと出かける」
(友だち、ね)
それは別におかしな答えというわけじゃないし、やっぱり私の考えていることは不必要な妄想に過ぎず、友だちというその言葉が真実なのかもしれない。
「そ」
その友だちって誰? 私も一緒に行っていい?
そんな言葉が頭に浮かんだけれど、私は彩音から顔を背けて簡素に答えるだけにした。
理由は、知らない。考えたくもない。
「美咲とは来週にしない。そっちなら空いてるから」
そんな私に彩音は気づくことなく、無神経なことを言ってくる。
「……いい」
私にしては珍しく不満を声に乗せた。
私は自分の感情を必要以上に隠すことが多い。特に今回みたいな感情はそれを利用して彩音を動かしたいときなどは出しても、それ以外ではなるべく隠してきた。
一緒に住んでいる私がそんなことを思うのはゆめに申し訳ないし、その感情を抱くことがどこか彩音を信じていないみたいに思えて隠し続けてきた。
(……のに)
今回だって噂に決まっているのに。真実を知ればなんだそんなことかと思うことに決まっているのに私は、そんな自分を納得させることができず。
「もう、寝るから」
と、寝床につき、その後も彩音を無視してしまった。