「た、ただいま〜」

 あたしはなるべく小声で玄関のドアを開けると忍び足で、洗面所に向かってとりあえず手洗いとうがい。

 子供の頃からこういうことはしっかりするのが癖になってるのはいいことなんだろうけど、あたしはそれをいつもより念入りにしていた。

 も、もちろんゆめと……その、色々したのが嫌だったからなんてあるわけない。

「けど、ね……」

 これから美咲に会うと思うと気が引けて、少しでもその時間を遅らしたくもなる。

(ま、ぁ、美咲は超能力者なわけじゃないんだし……ばれない、よね?)

 でも……黙ってていいこと、かな。そりゃ積極的に言うことなわけないけど……ほ、ほら今美咲だって風邪引いてるのに余計な気苦労かけても、さ……っていうか、その理屈だと風邪引いて寝込んでたゆめにあんな……

「っ!!

 あたしはゆめの部屋で会ったことを思い出して顔を赤くした。

 なんか思い返すととんでもないことしちゃったような気がする。合意の上なのは間違いないだろうけど……強引にあたしがしちゃったような気もするし……う〜〜。

 考えながらもあたしは階段をトントンと上がっていっていつの間にかに自分の部屋のドアの前に立っていた。

(自然に、自然に、っと……)

「ただいまー」

 あたしはいつもと同じ調子で部屋の中に入っていった。

「おかえり」

 美咲は、風邪ということもあってあたしのベッドで寝ていたけどあたしを見ると体を起こした。

「ど、どう? 具合は」

(……うわ、やば。顔、見れない)

「まぁ、よくはないわよ」

 あたしは美咲を見れないせいで美咲があたしをどこか探るような目をしているのに気づかない。

「…………彩音、こっち来て」

「へ? な、何?」

 よくわからないままあたしは言われたとおりに美咲の前立たされた。

「外、寒かったでしょ?」

「あ、う、うん、まぁ、ね」

 目の前に来ても、美咲を見れないあたし。

「そう。じゃ……」

「え? あ!?

 急に体が引っ張られてあたしはそのままベッドに引き込まれた。ドンっていう衝撃が体を襲ったけど、その衝撃はベッドに当たったものじゃなくて、美咲に受け止められたもの。

「暖めてあげるから一緒に寝て」

 美咲はそのままぎゅっとあたしを抱きしめた。

「え、えーと……うん」

 ゆめと全然ちがう美咲の感触を感じながらあたしは戸惑いながらもうなづいちゃってた。それこそ、美咲の疑念を確信に変えるものだったのに。

「…………」

 一人用のあたしのベッドで二人並んで横になる。

 ずっと美咲がいたベッドはすでにぬくぬくと心地よい熱に満たされてて、体の冷えていたあたしには確かにありがたいものだった。

 ただ、あくまでありがたいのはあたしの体であって、あたしの心は対称的に乱れに乱れていた。

(っ〜〜。何でこんなに落ち着かないのよ)

 確かに後ろめたく思ってもおかしくないけどさ……。

 つか、美咲は何で黙ったままなの。ベッドに入ってからあたしのことすら見てくれないで。

「……彩音」

 と思ったら話しかけてくるし。

「な、何?」

「ゆめとどこまでした?」

「…………………………………………」

 凍りつく。美咲の熱でほぐれてきた体が心の芯まで凍りつく。

「な、何? なん、の、はな、し?」

 凍ったところに乾いた声。

そうも、なる、よ。

「……かまかけただけなのにそんだけ動揺するってことは……キスじゃすまなかったみたいね」

「あ、えと……その、美咲、あの、えと」

「何よ、何が言いたいわけ?」

 ようやくあたしのほうを向いた美咲の目は猛禽が獲物を狙うように鋭い。と、いうわけでもなく、熱で染まった顔にいくつかの感情混ぜ合わせた瞳をしていた。

「こっちが風邪で苦しんでたっていうのにまさか彩音に浮気されるなんて思わなかった」

「う、浮気、だなんて……」

「浮気よ」

「って、ていうか、何でゆめと何かあっただなんて思うわけ」

「ゆめが彩音を見る目で変わってて、ゆめのお見舞いにいった彩音が妙におどおどして私と顔を合わせてもくれない。しかも、こうして簡単に一緒に寝たりなんてしてくれるっていうのは後ろめたいことがあるからでしょ…こほ」

「あ……えと……」

 美咲の的確な指摘にあたしは黙るしかなかった。謝らなきゃいけないような気はしたけど、謝るのは【浮気】を認めるような気がして、あたしは口を半開きにしたまま何もいえなかった。

 確かに、広義的に言えば浮気になるのかもしれない、けど……でもあたしはゆめのことも美咲のことも本気で好き、だし……美咲や、ゆめだって……そうで、しょ?

「ね、彩音」

「っ!?

 どうしたらいいのかわからないあたしの頬に手を添えてきた。ゆっくりと頬をくすぐると顎を上向かせてくる。

「キス、しなさいよ」

(み、さき……)

 赤みを増した頬に、潤んだ瞳。

 これは、風邪引いてる、から、なの?

「……して」

 美咲はあたしにはわからない感情を込めた瞳を閉じた。

 あたしが何によって動かされたのか自分でもよくわからない。ただあたしは美咲の肩を抱いて、言われるままに

「……ちゅ」

 唇を重ねていた。

「ぅむ…あん」

 舌先を固くして美咲の口蓋をくすぐる。

「…ひゃむ、んぷ…あ、やね」

 美咲もあたしの中に舌をつきいれ、激しく舐ってきた。

『チュプ、…んうむ…くちゃ…ちゅく』

 コンチェルトが部屋の中に響く。

 演奏は長いものじゃなかった。

「ふ、は……」

 名残を現わすかのように二人の間には混ざった唾液が糸を引いて重力に従い落ちていく。

「……彩音」

「うん……」

 キスを終えたにしては張り詰めた二人の空気。

「ふ」

 それは美咲の柔らかな笑顔で終わりを告げた。

「いいわよ。ゆめ相手なら……許さないけど許してあげる」

「あ……」

 いうシチュエーションは全然違うけど、ゆめにも同じことを言われたことを思い出した。

「にしても、少し悔しいわね」

「?」

「私だって、ゆめのこと世界で一番好きなのよ。なのに彩音に穢されちゃうなんて、かわいそうなゆめ」

「な、なによ、その言い方は。大体別にあたしから誘ったわけじゃ……」

「ふ、冗談よ。……冗談じゃないけど。まぁそれはおいおい詳しく聞かせてもらうとして、今日は一緒に寝てくれるわよね?」

「……風邪、うつさないでよ」

「大丈夫よ、暖めあえば」

 結局この日は手を握り合って寝た。

 美咲とゆめ。ゆめと美咲。

 大好きな二人にこんなにも想われるっていうのはやっぱり幸せなのかなって思いつつも、もしかしてあたしはすごい罪作りなのかなって思わずにはいられない。

 だけど、やっぱり二人があたしを想ってくれるのと同じくらいにあたしも二人のこと大好きなんだっていうのは間違いないのだった。

 

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