喧嘩の発端のなった小雪との「デート」だけど。
「はー、よかったですねぇ」
予定通りに来ていた。今はちょうど見終えて映画館を出たところ。
「そうだね。正直そこまで期待してたわけじゃないけど本当によかった」
「ですよね。アニメのオリジナルでやってたから、どうなるかわからなくてわくわくもしたし最後なんて感動してちょっと泣いちゃいました」
「確かに、ちょっと不意打たれたね」
「っていうか、楓恋先輩も泣いてましたよね。先輩の泣き顔が見れるなんてちょっとラッキーだったかも」
「人の泣き顔見て喜ぶなんていい趣味とは言えないけど」
「えー、だって楓恋先輩っていつもクールぶっててすましてるじゃないですか」
「……ん?」
クールぶってすましてる? そんな風に思われてたの?
「でも、泣いてくれたってことはそれだけ楽しんだってことですよね。嬉しいです」
小雪の私への評が若干気にはなりましたものの、いつもに増して口数の多い小雪の目は輝いていてわざわざ掘り下げるのは無粋と黙る。
小雪が喜んでくれるのは基本的には良いことなのだから。同じ時間を、それも楽しい時間を友人と共有するというのは喜ばしいこと。
基本的にというのが申し訳ないところ。
この後の予定は決めていなかったけど、この流れなら。
「あー、もっといろいろ話したいなぁ。どこか寄っていきません?」
こういう話になる。
「悪いけど、この後は予定があるんだ」
最初から決めていたことならともかくこれ以上小雪といることは許されない。
「えー、そうなんですか。うぅ…残念」
しゅんとあからさまに落ち込む姿には心を痛めるが仕方がない。
映画は「二人」で見たわけじゃなくて、優先しなければいけない相手がいるから。
「でも予定があるんじゃしょうがないですね。また学校で話しましょう」
「うん、それじゃあ」
心苦しいが別れの挨拶をして、別々に歩き出し
「かーれん」
少し歩いた所で一緒に映画を見ていたもう一人が声をかけてきた。
「外じゃあまり話かけないでって何度も」
「だって、早く話したいし」
「ふぅ、映画の時話しかけてこなかったのはよかったのに」
「それは約束してあげたし。ちゃんと『デート』だって認めてあげたじゃん。ま、あたしは心が広いからねー」
デートでもなければ、それ以前に本来は認めてもらう必要もないけど、まぁいいか。
ユニは私の告白を受けて、自分が一番であり小雪よりも好きだと明言されたことに安堵し気分を良くしたのか、映画は認めたし、最中も感想のようなひとり言はあれど話しかけてはこなかった。
「けど、ポップコーンとる時に三回も手を触ってたの何? そもそもなんでペアのやつだったの」
「小雪が奢るって聞かないから。手があったのは偶然。たまたまタイミングがあっただけ。スクリーンを見てたから気付かなかった」
「ふーん。それに映画の特典をあの子に渡して気にられようとしてたのは?」
「それは事前に約束してただけ」
面倒な彼女、というよりも私を好きって自覚もないくせにメンヘラ彼女のようだ。
仲直りしてからまだ数日だが、些細な事でも嫉妬して浮気を疑ってくるようなことを言われる。
(もともとは恋を知りたいからと契約をしたはずなのに)
おかしな関係になったもの。
「ユニ」
立ち止まって、鈍感な悪魔を呼ぶ。
「何よ」
「心配しなくても私の一番はユニだよ」
可愛らしい嫉妬心をなだめるように、ユニの無自覚に欲しい言葉をかけた。
「っ……」
動揺するというほどではないけど、こんな一言で頬を染める初心なサキュバス。
「ふ、ふん。当たり前でしょ」
「ふふ」
「何がおかしいのよ」
「ユニは可愛いやつだって思っただけ」
「は、はぁ!?」
私の一言にコロコロと表情を変え、過剰な反応をする。
これで恋に気付いていないんだから、面白い奴だ。
っと、これも恋の定番のやつだ。
恋を知らず、できず。だから恋を教えてと契約をしたのに。
いつの間にかユニこそが恋を体現している。
そういう意味じゃ「恋を教える」という契約自体は果たされているのかもしれない。
ユニが気付いていないだけ。
(気付かせることだってしようと思えばできるかもしれないけど……)
「何?」
私の邪な視線にも、特に何か感じることはないようで首をかしげる姿は小動物の様だ。
「なんでも。とりあえず早く帰って存分のに映画の話でもしようか」
そう言って私は歩き出す。
不意にそうした私をユニが「待ちなさいよ」と追いかけ、追いつくのに合わせて
「それと」
ユニの方を向いて人差し指を唇に当てて、なぞる。
「ユニのご飯もね」
「っ……う、うん」
当たり前だったサキュバスの食事にすら照れるユニはいじらしい。
恋に気付かせたらもう見れなくなってしまうかもしれない。このことだけじゃなく、恋に翻弄されるユニの可愛らしい姿が。
だから、
(ユニが自分で恋に気づくその時を楽しみにしようか)
そして、その時が来たら。
きっと、私も。