本日は、弊社をご利用いただきありがとうございます。

 本日、皆様とご一緒させていただく私、三条 瑞樹と申します。

 短い間ではありますが、皆様の旅に少しでも助けになりたく微力を尽くしたいのでどうぞ一日よろしくお願いします。

 

 

 パチパチパチパチ。

 出立場所から発進したばかりのバスの入り口付近で、瑞樹は手馴れた挨拶をすると拍手を受ける。

「……ふぅ」

 瑞樹は今日の乗客、修学旅行生の女の子たちに気づかれぬように安堵の息を吐く。

(今日は、七・三、かな?)

 長く、というほどこの仕事についてから経験をつんだわけではない。というよりも、まだ三年目だがそれでも最近では拍手の質というものを敏感に感じることができるようになった。

 今日は本気の拍手が七、儀礼が三だった。

 

 ね、あのガイドさん、素敵じゃない?

 だね。なーんか、格好いいっていうか。

 あの、スカーフ可愛くない?

 うんうん。可愛いっていうか、なんか素敵。

 お近づきになりたいかも。

 

(……なんでかな)

 こういう職とは乗客の話に耳を傾けるのはある意味、職業病とも言えるのかもしれない。いちいち気にすることじゃないと先輩や同僚に言われているが、耳に入ってくるものを気にするなというのも難しい話だ。

 今日は私立の女子高のガイドなのだが、こういうときには決まってこんな反応がある。なぜか受けてしまうのだ。

 女子高生というものに。

「すみませーん、質問いいですかー?」

 修学旅行で気分がハイになるのはわかるのだが、それを向けるところが違う気がする。それはこれから向かう街や名所に、もしくは友人たちに向けるべきとは思うのだが。

(……気持ちはわかるけど)

「はい。答えられることでしたら」

 瑞樹は明るい笑顔で、その声に答える。

「恋人はいますかー?」

「うーん。残念ですけど、いないんですよねー。あ、でもいるといえばいるかもしれません。これから紹介できると思いますよ」

「えー、残念―」

「皆さんにも気に入っていただけるといいんですけど」

「あ、じゃあ……」

(……?)

 何度も似たような質問を受けているので答え方が自分でもつまらなくなってしまっているなと思いながらもその質問をしてきた少女の近くにあまりこういうときには見かけない雰囲気を持つ少女を見かけた。

 このふわふわとした雰囲気の中、その中に溶け込むどころか一人異質な雰囲気を持っている少女。

 窓際で流れていく景色をぼーっと眺めているその少女をなんとなく目で追いながら、慣れてしまった女子高生たちの質問攻めをいなしていくのだった。

 

 

 こうした修学旅行は当然だが、ルートを決めるのはお客様である学校の以降が強い。いわゆるお勧めを紹介したり、意見を求められたりもするがそれをするのはガイドである瑞樹の仕事ではない。

 瑞樹はもちろん、この町が好き、というよりも愛しているからこそ町の魅力を紹介する今の仕事に就いた。この桜色の制服も、それにちょっと赤を強めにしたスカーフも気に入っているが、いくところが決められてしまうというのが唯一の不満だった。

(……たまにはあたしも行きたいところがあるのにな)

 定番の社寺仏閣や観光地が悪いというわけではない。もちろんそれらも見てもらいたい場所だ。ただ、それ以外にもいいところがあるということも知ってもらいたいという志はある。だが、それを無理に修学旅行生などに押し付けるのは公私混同であるという程度は理解しているつもりだった。

 瑞樹は生徒たちから解放された車内でそんなことを思っていた。

 今はこの国でも有数、この町に旅行にくれば誰もが訪れるような神社に来ている。生徒たちはそれほど長くもない自由時間で、瑞樹たちも離れるわけにはいかず車内で今後の予定などを確認していた。

「あれ……?」

 ふと、駐車場に目を向けてみると見慣れたというか見飽きたというほどみたセーラー服の少女がこのバスのドアの前をうろうろとしていた。

 似たようなバスはいくらでもあるし、セーラー服もスタンダードな型でどこにでもあるものだから最初は別の学校の子が迷っているのかもとも思ったが瑞樹はその顔に見覚えがあった。

 プシュー。

「どうかしました?」

 ドアを開けてその少女、挨拶のときから一人異質な空気を持っていた少女に声をかけた。

「……バスにいても、いいですか?」

「それはかまわないけど、まだ結構時間ありますよ」

「いいんです……」

 短めの髪をヘアバンドで留めた姿が印象的な少女はそういうとバスに入って、自分の座っていた席についた。

 そして、すぐにうつむいてしまう。

(……………)

 修学旅行といえば、普通は楽しみなものだが。百人以上の人間がいれば、その全員がそれを楽しみにするとは限らない。むしろ、面倒に感じたり、学校の人間と数日間一緒に過ごさなければならないのを苦痛に感じる人も中にはいる。

 しかし、その少女はどこか普通と違うような感じがした。

 そして、気づいてしまえばそれを放っておけないのが瑞樹だった。

「ねぇ、隣、いい?」

 瑞樹は仕事のときとは異なり、少しくだけた調子で少女に話しかける。

「え……?」

 当然少女は戸惑いを見せるが、瑞樹は了承をもらう前にすでに少女の隣に腰をおろしてしまった。

「あ、あの……?」

「名前なんていうのかな?」

「片平、紫苑、です」

「そ、片平さん。君、どうしたの?」

「どう、って……」

「おせっかいかなとは思うんだけど、みんなまだ見て回ってるのにこんなところにいれば気にもなるよ?」

「……こんな、ところ見ても仕方ない、ですから」

 「こんなところ」その言い方に瑞樹は心をちくりと刺されたような気分になった。

「神社は嫌い?」

「別に、そういうわけ、じゃ」

「っていうより、朝からおかしかったよね」

「……………」

 紫苑はどう対処すればいいかわからないという態度をするが、瑞樹は特にそれにひるむことはない。

いつもしているわけではないが、こんな風に話しかけたりするのは新人の頃からやっていたことだ。

「ごめんね、悪いかなって思ったけどなんか気になって。どうかしたの?」

「……これって仕事ですか?」

 うとましく思っているのか、紫苑は突き放すようにいった。

 さきほどの態度は無視できた瑞樹だったがこれにはさすがに少しだけ動揺を見せた。

「うーん、どっちかっていうと趣味かな?」

 だが、あえておどけてみせる。

「趣味?」

「そう。まぁ、仕事っていえば仕事だけど、この町のこと知ってもらって好きになってもらいたいっていうのはやっぱり趣味かな」

「…………好き」

「ん? 何?」

 紫苑が俯きながら嘲笑するように何かをいったというのはわかったが、小声だったため正確に聞き取れなかった。

「なんでもありません」

「そう? ま、とにかくそういうわけだから片平さんにもこの町のこと色々知ってもらって好きになってもらいたいの」

 営業スマイルとはまったく質の違う、心からの笑顔を紫苑に向ける。

「好き、なんですね。こんな町が」

 しかし、帰ってきたのは辛辣な言葉だった。

(こんな、町)

 さっきのこんなところと冷ややかなイメージを持っているというのでもっているというのはなんとなく察知していたがこれは決定的だ。

「好きよ。大好き。だから、片平さんにもそう思ってもらいたいの」

 この目の前にいる少女はこの町に悪いイメージを持っている。それでも、瑞樹はだからこそ放って置けなくなった。

「こんな町、好きになれるわけないじゃないですか!

「っ!

 これまで会話のできる最低限の声量でしかなかった紫苑は急に取り乱したように叫んだ。

 それに瑞樹は親友を傷つけられたかのような悲しい気持ちになり、どいてくださいと言う紫苑にしたがってしまう。

 紫苑は瑞樹が隣からいなくなると、唇をかみ締めてバスから出て行き、瑞樹はそれを寂しさを抱えながら見つめるのだった。

 

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