望。
はじめてみたときは何も思わなかった。ただ、気弱そうなやつがクラスにいるな程度だった。
初めてまともに話したときは人がいい間抜けだけど、お礼のときには可愛い笑顔ができると思って友達になった。
馬が合うとはいうけど、望とはそういう関係だったのだろう。すぐに親友ではないけど、仲のいい友達になっていった。
望は沙羅に助けてもらったとかよくお礼を言われていたが、実は助けられたのは沙羅のほうで、それがきっかけとなったんだろう。
いつの間にか、好きになっていた
気づいたのは最近でも、その予兆はあった。
顔がまともに見れなくて、望の前にいるといつもドキドキと鼓動が高鳴って、それを恥ずかしさと勘違いしていたのか、もしかしたら、その恥ずかしさを好きと思うようになったのか順番はわからないが、少なくても今は……はっきりと好きと、言えてしまう。
言えてしまうのだ。
「望……」
望の部屋から戻ってきた沙羅は制服のままベッドに倒れこむと、好きと自覚してしまった相手のことを苦しげに呼んだ。
顔にも声と同じ表情が浮かんでいる。
「………っのぞみ」
思い浮かんでしまう。考えようとしなくとも、望の姿が、声が、望のすべてがしっかりと頭の中に浮かんできてしまう。
「…………うそでしょ……」
好きだという自覚は、ある。
帰り道、望のことを好きな人と例えた瞬間、心の中で靄がかかっていた部分が晴れたような気がした。
いや、心が無意識に隠そうとしていた箱の鍵を見つけてしまった。
その箱に入っていた気持ちを沙羅は、否定しようとする。
好きという気持ちの入っていた箱。
そこには確かに鍵がかかっていた。
しかし、開けてしまったらもう一度鍵をかけることなんてできない。それどころか、その箱にはどうやってそんなに入っていたんだろうって思うくらいに好きという気持ちが詰まっていて、蓋をしめることもできない。スポンジに水がしみこむように心のいたるところにしみこんでいった。
「おかしい、じゃない……」
しかし、沙羅は心がまるで侵食されていくような気分になって、いや、思い込んでいた。
好きという気持ち。それは誰もが持っている気持ち。きらきらとした気持ち。
それは世界を変えてくれる想い。
普通ならば、その変わった世界は輝いて、ときめいて、きらめいて、その人を想うだけ嬉しくも、楽しくもなれ、大げさに言えば生きていたいって思える。
そんな世界をくれるとても素敵な気持ち。
「…………おかしい、わよ」
しかし、すべての好きが世界を明るくしてくれるわけじゃない。
すべての恋が世界を照らしてくれるわけじゃない。
好きが、恋が、苦しみを与えてくることもあるのだ。
それは通常の恋でもありえることだ。しかし、それらは普通好きと想った時点で、恋が始まった時点で訪れることじゃない。
だが、中にはそれが始まったときに苦しまなければならない恋もある。
まして、
「だ、って……望は、女の子、なのよ……」
それが同性であるのなら。
恋の始まりが苦悶の始まりになることもある。
「おはよう。沙羅」
「っ!!」
まだほとんどの生徒が登校してこないような、静か過ぎる校舎の朝。
教室に一番乗りをしたと思っていた沙羅は会いたくない相手からの挨拶に動揺する。
ぽやっとしたやわらかい笑顔、さらさらのショートカット、清楚な白のセーラー服とチェックのスカートに身を包み、教室に入ってきた沙羅によってくる。
「お、おはよう、……望」
(なんで、望が……)
昨日ほとんど眠ることが出来ず朝になってしまったこともあり、望と顔を合わせぬようにこんな時間に来たというのに。
「きょ、今日は、早い、じゃない」
「あ、うん。なんか早起きしちゃって」
「そ、う」
言葉少なく沙羅は望と顔を合わせぬまま自分の机へと向かっていく。
(っ……)
望に見られていないことをいいことに沙羅はときめく胸とは裏腹の表情をする。
ときめいてしまう心臓、熱くなる体。
好きだということを思い知らされてしまう。昨日思ったことが真実だと心が訴えてくる。訴えてきてしまう。
(……やな、言い方)
昨日から、心でわざわざ否定的に言いなおしてしまう。好きということは自覚しても、認められていない。いや、認めていることを認めたくないようにしていた。
「はぁ……」
勝手に出てしまうため息と同時に鞄を机に置くと、望が追いついてきて沙羅の正面にまわった。
「あ、ねぇ、沙羅」
「何?」
会話などしたくない。いや、したいとは思う。しかし、昨日から落ち着くことを許さない心が好きな人である望を拒絶しようとする。
「昨日のCDだけど、中身入ってなかったでしょ」
「あ、えと……」
「中身入れとくの忘れちゃってて」
「別に、いいわよ、プレーヤーには入ってるし」
会話は出来る。
「でも、借りっぱなしはよくないし」
しかし、顔は見れない。もう必要な教科書やノートは出してしまったのにごそごそと鞄で何かを漁るふりをする。
「いいってば」
「そういうわけにも……」
本当は今すぐにも望の前から立ち去ってしまいたいのに、望の前で急におかしな行動を取る事は怖かった。
まだ気持ちの整理も出来ていないのに、それははっきりと思えていた。
気づかれたくない。
好きと自覚して、何も気持ちがまとまらなかったのにそれだけは思った。
こんなのは、普通じゃないことで。こんな気持ちを知られたら、嫌われてしまう。
なによりも先に思ってしまったこと。
こんなおかしな気持ち、異常な想い。気づかれてしまったら絶対に嫌われる。
だから沙羅のとる行動は。
「わかった。じゃあ、放課後取りに行くから」
何でもないふりを装うことだった。
「それじゃあね」
「え、もう帰っちゃうの?」
「今日は予定が入ってるの。CDに取りに来ただけ。じゃ、また明日ね」
「うん、バイバイ」
パタン、とドアを閉めると、沙羅は早歩きになって寮を出て行く。
「はぁ、はあ……はぁ」
そして、寮を出たところで荒い息を吐く。
加速していく鼓動が体中に熱を伝え、火照ってしまうのを実感する。
「っ!」
そんな自分を自覚する沙羅はまたはや歩きで、少しでも望から遠ざかろうとする。
(っ〜〜〜)
望の部屋、望の声、望の体。
すべてが駄目だった。すべてが沙羅を狂わせようとしていた。
望と一緒にいたい。もっと望の声が聞きたい。心の宝箱からそう訴えてくるのに、それと同じかそれ以上に一緒にいられないという声が自分の中に響いていた。
もっと一緒にいたい。
望と一緒になんかいられない。
反発しあう二つの大きすぎる気持ち。沙羅の小さな体には支えきれないほどの心が猛り狂う。
「っ! 望………」
おさまりきらない心が熱い涙となって流れていく。
いつのまにか校内を走っていた沙羅は瞳を潤ませ、唇を噛んで、拳を握る。
目を伏せ、ほとんど前も見ずに沙羅は湧き上がってくる体の熱を少しでも発散させるように、望から少しでも早く離れるために、校門へと向かってかけていった。
「っはあ、…あ、……はぁ、……はぁ」
(わからない、わからない、わからないわからないわからない!!)
一緒にいたいのにいたくなくて、声が聞きたいけど聞きたくなくて、触れたいけど触れたくなくて……
相反する二つの気持ちが沙羅を追い詰めていく。