あたしは、琴子が好きなんだろう。

「………琴子」

 中庭で校舎の合間から見える空を見上げ、あたしはやっと自覚した相手の名を呼ぶ。

 自分の気持ちに気づいてから一週間がたった。

 あたしは琴子が好きだ。いつからかわからないし、多分それはどうでもいい。

 琴子が好きで、でも今はあたしの手の中に琴子がいない。去年まで、あたしだけのものだった琴子が今は、いない。

 そのことだけがあたしにとっては重くのしかかっていた。

 その間琴子とはほとんど毎日話をした。ただし、ほとんど琴子からであたしから話しかけたことなど、一度や二度程度だろう。それも、廊下で互いに向かい合ったときや、トイレで偶然会ったときなどで、琴子を尋ねたことはない。

 あの二人と一緒にいるところを見るのが嫌だから。いつも一緒にいるわけではないだろう。確かにあの二人とは仲がいいのかもしれないが、だからと言ってまだそこまでの仲とは、去年までのあたしと琴子の関係までは言っていないって確信はしてる。

(……それでも、やだ)

 もしかしたら、一緒にいるかもと思うだけで嫌。あの二人と一緒に笑っているかもしれないのが嫌。また、あたしよりもあの二人を優先されるんじゃないかって考える自分すら嫌。

 そんな嫌が積み重なってあたしは、【この場所】から動けないでいた。

 理性は言う。

 あの二人はただの友達でしかないと。琴子にとっていたほうがいい存在なのだと。琴子を助けてくれる相手なのだと。

 理性はそういうのだ。

 けれど、今あたしを襲っているのは恋の炎。

 理性なんかじゃ抑えれない。理性や、常識、そんなものとは関係なく燃え上がってしまう心を焦がす、炎。

 その炎に焼かれるあたしの心は今はただ悲鳴をあげている。【この場所】に居続ける限りそれが変わることがないとわかっていても、恋をどうすればいいのかわからないあたしはそれに耐えるしかないのだった。

 心の奥底では、すでに決まった答えに手をのばせていないだけだということにも気づきながら。

 

 

(多分今は引き返せる場所にいるんだろうな)

 まったく耳に入らない授業を聞きながら、私は窓の外を見てはそんなことを思う。

 あたしは琴子が好きで、大好きで。でも、琴子の親友。

 あたしは琴子の一番近い場所にいる。

 このまま琴子の親友として琴子と一緒にいることもできるだろうし、それは一番簡単でしかも、リスクの少ない道。あたしがこれまで歩いてきた道。

 でも、あたしは今別の道を歩もうとしている。

 それは、琴子を親友とは思わない道。【好きな人】って思う道。……琴子との別れがあり得る道。

 恋をするっていうのはリスクを背負うこと。これまでの関係を捨てて、新しい段階に進む。それが叶うこともあれば、かなわないこともある。仲の良かったこれまでにすら戻れないことだってある。

 ううん、むしろ恋にはそのほうが多いのかもしれない。

 多分、誰もがこんなことを悩んで、進むか戻るかを決めてきた。

 そして、うまくいかなかった場合は後悔するんだと思う。告白なんかしなければよかった、友だちのままでもよかったって。

 でも、それは前に進まなくても同じなのかもしれない。告白をしないで、友だちのまま過ごして、空虚な気持ちに気づく。きっと、告白しておけばよかったって思うことになる。

 はっきり言ってあたしは今そんな状況。

 前に進んでも後ろに進んでも後悔をしちゃうかもしれない。でも、どっちかを選ばなけきゃいけない。

 どっちが【痛い】かっていえば、それは告白が失敗したときに決まってる。

 きっと今まで想像もしたことのない痛み。胸が張り裂けるとか、足場がなくなるとか、よくそんな表現をされるけどなんとなく今ならその痛みの意味が分かる気がする。

「あ………」

 想像の痛みに顔をしかめていたあたしは窓の外にその悩みの原因となっている琴子の姿を見かけた。自分のことばかりで気づけていなかったけど、ここから見える校庭で体育をしているのは琴子のクラスらしい。

(…………)

 琴子の体育着姿。去年は同じクラスだったんだから見飽きているのに、今はそれに目を奪われる。

 白に薄い青のラインが入った上に、紺色のショートパンツ。テニスをしていて、琴子はコートの右へ左へと駆け回っていた。

 ここからではそんなに詳しく見えるはずもないのに、あたしは琴子の姿を間近で見ているようにその姿を思い浮かべられる。

 弾む息に、少し大きめの胸が揺れ、疲れてくると体育着が少し乱れてきてたまにおへそが見える。

 それでも真面目な琴子は手を抜くことなく、一生懸命に走り回る。

 その姿がありありと浮かぶ。

 だけど、あたしはそんな琴子よりも目を奪われる相手がいた。

「………ふん」

 【由香ちゃん】と【理沙ちゃん】だ。

(ほんと、いつも一緒にいるな)

 二人も今テニスをしているけど、同じコートでダブルスを組んでいる。遠目に見ても息のあったプレイをしているのがわかる。

 通じ合ってる。まさに以心伝心というやつだ。

(悪いやつらじゃないってことくらいわかってるよ)

 むしろ二人ともいい人なんだって思う。あの人見知りばっかりで、慣れない相手とはまともに話すことすらできない琴子と友達になってくれてるのだから。

 それは絶対に琴子にとってはいいことなんだから。

(でも、嫌いだ)

 琴子を盗る、から。

 大好きな琴子をあたしから取ろうとするから。二人は二人で仲がいいし、そこに琴子が入れない壁があるような気もするし、琴子があたしのことをのほうを好きだっていうのもわかってる。

 何回だって思ってきたけど、琴子は絶対にあの二人よりもあたしのほうが好きだ。

 でも、それが何!?

 それは、友だちとして好きなだけ。あたしが今欲しいのはそんな好きじゃない。

(あたしは……)

 焦ったような、悔しいそうなそんな嫌な気持ちが心に渦巻く。むかむかとさせるそれはこの数日ずっとあたしの中にあって、それを吐き出すすべを知らないあたしはぎゅっと唇を噛むことくらいしかできない。

(ことこぉ……)

 今度は情けなく好きな人を求める声を心で出す。

 こんな気持ちにさせているのは、琴子だけど、この気持ちをどうにかしてくれるのも琴子しかいないから。

 だからあたしはもう一回琴子を見つめて

(……引き返すなんて、無理)

 前に進む勇気はまだないかもしれない。

 でも、好きってわかっちゃったらそれに目を背けて生きていくなんてやっぱりできるわけがなかった。

 

 

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