はっきり言ってあたしは今琴子と一緒にいたいとは思えない。

 どうしようもなく好きなんだから、ずっと一緒にいたいと思うのが自然なのかもしれないけど、逆に好きだから一緒にいたくないって思う。

 好きだって気づいた今何を話せばいいのかわからないし、一緒にいることで変なことをしたり、言ったりしたらどうしようって不安にもなる。

 でも、だからと言って琴子から一緒に帰ろうと誘われればそれを断るなんてできっこなかった。

「……………」

「……………」

 あたしは琴子と一緒に帰路を歩く。学校を出て、交通量の多い交差点の歩道橋を渡って、見晴のいい土手を歩く。

「……………」

 その間、会話は少ない。

 誘ってきたのは琴子。好きになってからずっと晴れることのない気持ちのまま、憂鬱な表情を浮かべ校舎を出ようとしていたところをちょうど琴子に見つかり、一緒に帰ろうと誘われてしまった。

 歩き出した当初こそ、琴子は普段通りにあたしに声をかけてきたけど、とても楽しくおしゃべりなんて気分じゃなかったあたしはそれに適当に相槌を打つ程度になっていて、徐々に琴子の口数も少なくなっていった。

(……何してるんだか)

 気まずい雰囲気を作り、琴子を困らせている。それをわかってるくせに、こちらからは何も言わない。去年だったら、当たり前に二人でいられた時だったらこんな時絶対にあたしが何かを言っていたし、そもそも会話が止まるなんてことはなかった。

「………はぁ」

 琴子を見れず川辺に視線を送りながらあたしは無意識にため息をついた。

「あの、美月、ちゃん……」

 そんなあたしに琴子は微妙にあった距離を詰めてぎゅっと制服を握ってきた。

「っ、なに?」

 足を止めて体は琴子に向けるけれど、視線はどうしてもはっきりとは琴子を見ることができない。

 それが一層琴子の心を刺激するというのに。

「どうか、したの? 元気、ないよ」

 それはもちろん、このわずかな下校時間のことだけでなくこの琴子を好きになってからの一週間のことを指すのがわかって、思わず琴子を見てしまう。

「っ………」

 大きな瞳で上目使いをして、心配そうにあたしを見つめる琴子。それを見てしまったことに後悔する。

 琴子が純粋に心配してきてくれたというのにあたしは、そんな琴子に手を伸ばしたくなった。

 あまりに可愛い琴子に、【欲しい】という気持ちを一気に高めてしまう自分に嫌気がさす。

「なんでも、ない」

 わけがない。こんな説得力のないことを言ってしまうこと自体にあきれる。

「でも」

「なんでもないから!」

 いくら琴子に言えるわけもない悩みを抱えているからって心配してくれる琴子を邪険にする。

 あまりに情けなくて、涙が出そうだ。

「…………美月、ちゃん」

 気まずさに目をそらすだけで、琴子を振り切って歩き出すことのできなあたしに琴子は思いもかけないことをしてきた。

「っ!!??」

 琴子があたしの頭を撫でてきた。

 去年まで、琴子が元気のなかったときにあたしがそうしてあげた時のように。小さい、でも柔らかくて暖かな手があたしの頭を撫でている。

 ゆっくり、なによりも優しく。

「な、なに……」

 これまでのあたしの態度からすれば払いのけてもよさそうなのに、それができない。琴子のぬくもりが嬉しくて、そんな気持ち生まれてすら来なかった。

「………………」

 なにも言えず、できず、ただ琴子の感触に酔いしれてしまう。

「………………」

 多分、時間にしたら十秒程度だったんだと思う。でも、それがあたしには永遠にも感じられた。

「……なんで、こんなこと、するの」

 琴子の手が離れるとあたしは、不機嫌そうにそう言ってしまう。

「美月ちゃん、元気なかったから」

「……だからってこんなことして、どうすんのよ」

「え、っと。私は美月ちゃんにこうしてもらえると、元気出るから。だから、美月ちゃんもって」

「……そ」

 あたしは短く答えて、琴子に背を向けた。

「うん、ありがと。元気、出た」

 背中から伝えるその言葉に嘘はない。

 というよりも、かなり本音だった。

 嬉しかった。単純に琴子に頭を撫でてもらったことではなく、琴子が昔のことを意識してそうしてくれたから。

 あたしとの想い出を大切にしてもらってる気がしたから。

 嬉しかった。あたしが抱えてる悩みが何か前に進んだわけじゃなくても、琴子も気持ちを感じられるのは問答無用で嬉しかった。

「いこ」

 だから、少しだけいつもみたいに戻ってそういうことができて、先に歩き出したあたしに早足で追いついてきた琴子といつもみたいなおしゃべりができた。

 久しぶりに親友としての時間。

 それがよかったのかわるかったのか。

 このままぐるぐると悩み続けるかと思えていたあたしを動かすことが起きる。

「あ、ねぇ。美月ちゃん」

 もうそろそろ土手を抜けようかというところで、琴子は思い出したかのようにそう言ってきた。いや、本当はタイミングを探していたのかもしれない。琴子にとってもそれは多分、大きなことだったから。

「なに?」

「今度の土曜日空いてる?」

「土曜? うん、大丈夫だけど」

 ここまでで琴子が何を言いたいのか簡単に察することができる。遊びに誘おうとしているんだろう。

(めずらしいな)

 去年も琴子とは休日もよく会っていたけど、琴子から誘ってくることはそれほど多くはなかった。

 こうして話していても、まだまだあたしからは誘えるほどに気持ちは強くない。でも、さっきのなでなでのおかげで琴子からならと、あたしは単純に考えてしまっていた。

「お買いものいかない?」

「ん…いいよ」

 この時は本当に単純になれていた。頭をなでてもらったのはもちろん、久しぶりに琴子とはなせたのは嬉しかったし、買い物も【デート】に変換できるくらいだった。

 だからこそ、琴子の次の言葉が許せなかった。

「よかった。由香ちゃんと理沙ちゃんが今度は美月ちゃんも一緒にって言ってたから」

(………………は?)

 一気に頭が焼切れる。

 それだけいろんなことを想像してまえた。

 今度は? 

 その中でも一番あたしをいらだたせた、いや最悪な気分にさせてくれたのはその言葉だった。

 今度。

 つまりは前があるということ。そんなことは知らない。聞いたことがない! 琴子があたし以外と、あの二人と休みに一緒に遊んだりしてるなんて! しかも

(なに、美月ちゃん【も】って)

 まるであたしのほうが、お邪魔みたいな、後から入ってくる存在のような言い方。

 琴子の一番はあたしなのに!

「…………………いかない」

「え?」

「あの二人が、一緒なら………いかない」

「み、美月、ちゃん……?」

 琴子が明らかに混乱してるのがわかる。混乱してながらも、悲しんでいるのがわかる。でも、そんなことよりも……自分の嫌な気持ちを発散するので精いっぱいだった。

「……別にあたしがいなくたっていいんでしょ」

 所詮あたしは、【も】なんだから。

「え? え?」

 いらいらする。むかむかする。

 さっき浮かれていた分余計に、あの二人が憎たらしくなる。

「…………………先、帰るから」

 そんな最悪な気分になりながら、あたしはただただ混乱する琴子を残して小走りに去って行った。

 

 

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