こじんまりとした一人部屋。部屋の中にあるものは年相応のものがそろっているが内装はどこか簡素で定型の部屋という感じを受ける。
その部屋の中で二人の少女が話をしている。
一人は小柄な体をした少女。この部屋の主なのかベッドに座って少し距離の離れたところで床に座る少女と向き合っていた。
もう一人はボリュームのある長髪に銀の羽のようなバレッタをつけた少女で親友であるはずの相手の前でどこか居心地の悪そうにしていた。
二人の表情は対照的だった。
ベッドにいる少女は基本的に楽しそうな表情をしていたが、もう一人の少女は終始暗い表情で俯き加減でベッドの少女を時折ちらと見つめる程度だった。
ベッドの少女はそれを知ってか知らずか、明るく言葉を発するのをとめなかった。
そして、時間が経つにつれもう一人の少女の表情が変化していく。最初はどこか感情を隠していた顔が、徐々に悔しそうとも悲しそうとも、どこか怒っているように見えるようにもなり………
さらに数分後、
それは起こった。
「あ……え……え?」
望は呆けたように唇に手を当てた。
たった今、ただの親友だと思っていた相手に奪われた唇を。
「……次、舌入れる、から」
沙羅は俯き、望の顔を見れないままに先ほど同意なしにキスをしたということよりも過激なことを口にする。
「あ、あの……??」
望はまだ最初のことすら整理できず、何を言われたのかきちんと理解できなかった。
「……私のこと、嫌いなら、逃げて……」
卑怯な言い方に沙羅は奥歯をかみ締めるが、もはや気持ちを抑えることなんて出来ず、肩を優しくつかむとゆっくりと顔を近づけていき……
「ぁ、んっ……」
望の唇に唇を重ね
「っ!!!??」
宣言どおりに重ねた唇から舌をねじりこませていった。
(い、やぁ………)
はっきりと恐怖を感じた望は本能的に沙羅を引き離そうとさらに押し当てた手に力を込めようとするが……
私のこと、嫌いなら、逃げて
(っ!!?)
その言葉が心に絡み付いて沙羅の体を押し返すことができない。
「ちゅ…ぷ、じゅ……くちゃ」
肌から直接伝わる聞いたことのない艶かしい音に望は頬を染め上げ、瞳に涙をためていく。
「ふ……は、ぁ……」
沙羅も初めてなこともあり、それほど長い時間ではなかったが望には永遠にも感じられた無慈悲な口付けが終わりを告げる。
「っ、は、あ…はぁ」
「望……可愛いよ」
「っ……」
止まっていた息を整えようとする望だったが、沙羅の蕩けるような声に再び緊張を体に走らせた。
「ぁ、や……」
「ねぇ、わかる? 好きって、こういうことなの。私の好きはこういう好きなのよ」
「あ、の……わた、し……」
何か、何か言わなければとは思っているのだが言葉が出てこない。沙羅から発せられる異質な雰囲気に飲み込まれ、意味のなさない言葉を紡ぐことしかできなかった。
「ひゃっ!?」
「……望……」
沙羅は想い人も自分もまともな状態じゃないことはわかってはいる。しかし、沙羅はすでに踏みとどまれる場所にはいなかった。
ベッドに座ったままの望の制服に手を入れ、肌に直接触れる。
「今度、は、胸、触る……嫌なら……私が、嫌い、なら……断って、いいよ」
こういう言い方をしてしまう。こう言えば、望が断れないと知っているから。
「ぁ……さ、ら……」
望は潤ませた瞳で沙羅を…今恐怖を与えてくる親友をすがるような声で呼んだ。
「……やめない、から……望が私を嫌いっていうまで……胸、触っても、脱がせても……どこまでも、する、から……」
「……さ、らぁ」
今にも泣き出してしまいそうな望の声、表情。それが意味するのはもちろん……
その中、
(っ!!??)
二人の間に光の雫が落ちる。
沙羅の涙だ。
涙をためていた望ではなく、行為としては望みをかなえている沙羅のほうが先に涙を流していた。
「望……のぞみぃ……」
望の声が何を意味するかを理解してしまった沙羅の心は打ち砕かれていた。
「ひく……のぞ、み…ひぐ……のぞみぃ……」
一度崩壊した心は取り繕う間もなく、沙羅の目からはとめどなく涙が溢れていってしまう。
(さ、ら……沙羅……?)
数秒ほど望に触れたまま沙羅は涙を流し、望はそんな親友をただ呆然と見つめていた。
「っ!」
しかし、一瞬でそんなことすら考えられなくなる。
「きゃ!?」
ボフン。
望は涙に濡れた瞳の沙羅にベッドに押し倒されていた。
「望……」
覆いかぶさった沙羅は制服を上へとずりあげていく。
「っ……さら……ま、って…、ね、ぇ……お、かしい、よ……こんなのぉ……」
「おかしくなんかない!」
(っ!!?)
「私、望が好きだもの! 誰よりも好きなの! 世界で一番好き! 私は……望が……」
望が拒絶しようとしていることがわからないわけではない。いや、わかってしまうからこそ沙羅は涙を頬に伝わせながら望に猛る想いをぶちまける。
半ば自暴自棄になってしまっていた沙羅に自らを律することなどできはしなかった。例え望が拒絶しようともとめられなかった。一人では止めようがなかった。
しかし、
コンコン、
「望―? いるー?」
『っ!!?』
ノックと共にドアが開かれ二人の時が止まる。
「!?」
それは入ってきた人物も一緒だったが
「…………っ!!」
沙羅は見られたと同時に今までと別種の涙を流して部屋を飛び出していってしまった。
「………………」
(………………)
「………………」
(………………)
望の部屋を去ってから沙羅は自室にこもっていた。
すでに世界は闇に包まれているが、部屋に明かりはついていなく沙羅はその暗闇の中死人のような様子でベッドに寄りかかっていた。
(……知られた)
「知られちゃ、った……」
時折、ぼそっと自分にしか届かない声を発する。
知られた、知られてしまった。秘めていた想いを望に。隠しているつもりだったのに、伝えるつもりなんて……
(っ……そんな、ことより……)
心に浮かんだ考えを打ち消し、沙羅は思考を別に移した。
「嫌われちゃった、わよね……」
決まっている。あんなことして許してくれるはずがない。
「っっく……ひぐ……のぞ、み……」
もう親友どころか友達にすら戻れない。
「ひぐ……ひく、ヒク、ひぐっ……」
涙が枯れることなく流れ続け、沙羅はその涙と一緒に望と培ってきた思い出までが流れていくような気がしてさらに涙を流し続けた。
(……死にたい)
さらには何故邪魔が入ったのだとある意味凶行をとめてくれたと言っていい相手にすら憎悪を抱く自分がいることに沙羅は耐えられなかった。
(どうせ、嫌われるなら……)
何気なく掴んでいた腕を痛いほどに握り締める。
すべての想いを望にぶつけてしまいたかった。もう取り返しがつかないのなら醜い自分の欲望をかなえてしまいたかった。
「のぞみ……のぞみ……のぞ、み………のぞみぃ……」
この世の誰よりも悲痛と思える声で愛しい相手を呼びながら沙羅は果てることのない涙を流し続けた。
(…………………望)
その絶望の中沙羅は望との出会いを思い起こしていた。