「決めた。あたし、卒業式に告白する!!

 

 前の黒板には最後の日直の名前さえ消され何も書かれていない。教室は人はともかくがらんとしきってものは何もない。背面黒板にはカラフルな花やクラスメイトの顔らしきものと卒業式まであと何日と、大きいながらもどこか哀愁の漂う文字が書かれている。

 そんなよく晴れた、卒業式を間近に控えた独特の雰囲気の漂う放課後の教室であたしは勢いをつけるために机をバン! と叩きながら、目の前に座っている親友二人に向けて言い放った。

「ふーん」

「……頑張れ」

 一大決心をして気恥ずかしく打ち明けたあたしとは対照的に親友二人の反応は冷静というか、冷たいものだった。

「……なによ、その気の抜けた態度は。親友が思い悩み、苦しんだ末に相談してきてるっていうのに」

 あたしがさらに焚きつけようとしても二人は特に反応をしめさない。

「だってどうせ今回も口だけでしょ?」

 呆れたようにいうのは親友の一人、二見 美咲。見事に背中の半分までは伸びた長い髪、に体、手足もスラっとしてて、中学生のくせにその辺の一般的な女の子より遥かに整った美麗さではあるけど、ツリ目で目つきが悪くて、どことなく人を小馬鹿にしたような印象を受ける。っていうか、今はあたしがバカにされてるだけなのかもしれないけど。

「そ、そんなわけないって」

「その告白するっていうのも何回目? 覚えてる? ゆめ。」

「……確か、今までで九回。夏休みに入る前の終業式と、夏休み中と、夏休みがあけたらと、運動会のときと、文化祭のときと、クリスマスのときと、冬休み中と、年が明けたらと、バレンタインの時。だから、これで丁度十回」

 スラスラとあたしに都合の悪いことを述べていくのは眼鏡をかけ、セミロングの髪の端っこを小さく結わえてるのが特徴の美少女。あたしのもう一人の親友、星野 ゆめ。普段は口数が少ないくせにこんな時には抜群の記憶力をいかんなく発揮してくれる。

 あたしたちくらいしか友だちいないんだからその友達を気遣っての発言はできないの?

 それとも二人の親友に言われるほど、あたしって信用ないわけ?

「こ、今回は本当に、本気だから!」

「それも、ほとんど毎回言ってない?」

「……言ってる。言わなかったのは、運動会のときと、冬休み中に告白するって言ったときだけ」

「で、でもっ。今度は……」

「本当に本気っていうのは、今回は本気っていったときには毎回言っている」

「ぅ…………」

 ゆめ、容赦なし。

 あたしはすっかり意気消沈して机に視線を移した。

「ま、告白するならするでもいいけど、ふられて落ち込んだりしないように」

「……うん。卒業旅行、いけなくなったらやだ。彩音が落ち込んでると楽しくない」

 あ、時にあたしは水梨 彩音。先に言っておくと美咲もゆめも傍目にも映えるけど、自慢じゃないけどあたしはふつー。外見もそうなら、勉強もこの二人にはかなわない。体育だけはこの二人よりはいいけど、それでも4と5の間を行ったり来たりするくらい。ただ、自分ではちょっと自信あるのが長い髪を結わえたポニーテール。子供のころそのポニーにあこがれていらいずっとこの髪型をしてる。だから、走るのも好きだ。いや、むしろ逆かな? 走るのが好きで馬にあこがれて、ポニーテールにしたんだっけ?

で、そんなあたしはこのたび、この中学を卒業して、地元の中堅進学校に進学予定。

そう、卒業しちゃうの!

「で、でもでも、今度はほんとーに、ほんとーに、ほんとーーーーーーーっに! 本気なんだから!! だって、だって。卒業しちゃったらもう宮月さんと会えなくなっちゃうんだもん」

「あ、彩音……」

 美咲がまずいといわんばかりの顔をして、私の背後を見つめる。

「ん、なによ」

「……後ろ」

 今度はゆめが冷静にあたしの背後に目を向ける。

「後ろ?」

 あたしは訝しげながら、後ろを振り返っ……

「私がどうかしたの?」

 そこにいたのは今話題の人物であたしの好きな人、宮月 澪さんだった。美咲とはまた別の美貌というか、美咲が綺麗なら、宮月さんは可愛いの最上って感じ。ま、学校の中でなのかもしれないけど。

 優しい顔つきは見るだけで癒されるし、短めなのにふわふわな髪は触って撫で回したくなるくらい。体なんて……って言わせないでよ〜。別に押し倒して、色々してみたいとか一回か二回くらいしか考えたことないんだから。でも、無理やりしてもあんまり本気で抵抗とかしてこない、かも?

 いつもぽけっとしてるからイメージ的にそんな感じ。

「あ、あの、えっと……」

 今はそんなこと考えてる場合じゃなかったな。

「ん?」

 宮月さんは首をかしげて、あたしの目を覗き込んでくる。

(はう〜、可愛いー) 

 って、あたしはあほか!? 今はそんなことの前に。

「え、あ、んと……」

 でも、宮月さんを目の前にすると緊張でなんにもいえなくなっちゃうんだよ〜。

「この子、たまに変になるから気にしないで。そんなことより、宮月さんは何してたの?」

「卒業式のことでちょっと」

「……答辞?」

「うん、練習はいっぱいしたけど、やっぱり緊張しちゃうよね。本番でうまくできなくても笑わないでね?」

「み、宮月さんなら、大丈夫だよ!

「うん、水梨ちゃんありがとう。あ、ごめんね、荷物取りに来ただけだからすぐ行かなきゃ。三人とも、下校時間そろそろなんだから、あんまり遅くまで残ってちゃだめだよ? それじゃあ、また明日ね」

 宮月さんはそういって、セーラー服を翻して教室を後にしていった。

あたしは宮月さんと話せたっていうことだけでにやけた顔になっちゃって宮月さんの名残を惜しむように背中を見つめて、少し急ぎ足の足音にまで耳を立てる。

「話戻すけど、まともに話せなくなるときすらあるのに、告白なんてできるの?」

「できるか? じゃなくてするの! 高校だって違くなっちゃうし、へたしたら二度と会えなくなっちゃうかもしれないんだから!

「……私に会いに来てくれればいい。というか、来て…ほしい」

「それは行ってもいいけどさー、中学のクラスメイトってだけで宮月さんには会いづらいじゃん」

 ちなみに、美咲はあたしとおんなじ高校だけど、ゆめと宮月さんは電車で一時間近くはかかる県内有数の進学校に進むことになってる。

「あ、そうだ。ゆめが宮月さんと仲良くなってくれればいいんじゃん。そうしたら気兼ねなく会えるし。あ、だめだめ、ゆめが好きになったりしたら困る」

「……無理。二人以外となんて何話せばいいかわからない。それに好きになったりなんてしない。……私は二人が一番好き」

「……ま、期待はしてないけどねー」

 ゆめがそんなこと出来る人間じゃないのなんてもうわかりきってる。あたしは「はぁ……」とため息をつく。

 ゆめの恥ずかしい発言はスルー。ゆめは普通の人にはいいずらいようなことでも思ったことははっきり言うからいちいち反応してると実が持たない。

「ま、その話はそれくらいにしてそろそろ帰りましょ。せっかく残り少ない中学生活なのに怒られて嫌な思い出作ってもしょうがないし」

 美咲はそんなあたしを尻目にバックを持って立ち上がった。ゆめも無言で頷いてそれに続く。

「ちょ、ちょっとーあたしの悩みは置き去り〜?」

「だから、頑張れっていったでしょ? この後はゆめの家で旅行の計画作りって話でしょ。いくわよ」

「……美咲はいってない。頑張れっていったのは私。彩音、告白してもいいけど旅行は三人で行きたい。……だから……ふられても死んだりしたらやだ」

「……死なないって」

 あたしは親友に恵まれてないなぁと冗談まじり思いながら仕方なく立ち上がった。

 

 

 光陰矢のごとしとはいったもので、本当にあっという間に時間は過ぎていっていよいよ卒業式当日。

「卒業生、答辞。三年二組、宮月澪さん」

 というか、すでに佳境。

 壁は紅白の横断幕に覆われて、床は大量のイスを設置しても傷つかないように緑のシートに覆われている。壇上の前に卒業生、その後ろに在校生と保護者の典型的な配置。その中、中央に出来ている通路を通って宮月さんが壇上に上がっていく。

 黒のセーラー服に身を包み、こうした式特有の黒のストッキングが目に嬉しい。

「……っく。…ぐす」

 周りじゃそろそろすすり泣く音が聞こえてくるけど、あたしはその人波の中にいながらまったく別のことを考えてた。

 そう! すなわち

(……うわぁ、どうしよう)

 も、もうそろそろ終っちゃうよ……。

 式が終ったらあとは、一端教室に戻って先生の話があるくらいで最後に体育館の前にまた集合して、在校生と先生が作ってくれる花道の中を通って校門の前で解散するだけ。例年、そのまま卒業生がそこでたむろって在校生は邪魔しちゃいけないからって延々と卒業生がいなくなるまで教室でまたされるんだけどそれはもう今年は関係ない。

 問題なのは宮月さんと話しするチャンスはもうほとんどないってこと。

「この思いを胸に抱きながら、私たちはこの学校を巣立っていきます」

 あたまんなかでぐるぐる考えてる間にも宮月さんの答辞はどんどん進んでいって……って! あっー、考え事してたせいで宮月さんのことほとんど見てなかったし、聞いてなかったよー。もしかしたらもう会えなくなっちゃうかもしれないのにー。

 そう、なんだよね。会えなくなっちゃうんだよね……

言わなきゃ、今度こそ、今までずっと怖くていえなかったけど、今日言わなきゃもう気持ちを伝えられることはなくなっちゃう。今まで色んなことを言い訳にしてきた、変な噂が広まっちゃったらやだとか、ふられたクラスでも気まずくなっちゃうとか、もしかしたら女の子同士でこんなの気持ち悪いとか宮月さんに思われたら……この前ゆめには死なないって言ったけど、死んじゃうかもしれない。

格好良く言えることじゃないけど、あたしは宮月さんとクラスメイト以上じゃない、友だちっていえるかさえも微妙。あたしは美咲とゆめといることが多かったし、そうじゃなくても宮月さんのグループとはほとんど接触がない。だから、正直どう思われてるか全然わかんない。でも、宮月さんがどう思っていたとしてもあたしは好き、大好き! 

このままあたしの恋を終らせたくなんてしたくない! 

あたしは卒業証書を持ちながら両手を胸の前に持っていって決意をするように目を瞑った。

だから、あたしは!!

 

中編

ノベル/Trinity top