あ、あたしは……
桜はまだだけど、ぽかぽかな春の太陽がこの学校を巣立つ卒業生たちを祝福するように照らしてくる。
周りを見れば、友だちや先生との最後の別れを惜しんでいたり、校門や、校舎の前で写真を取り合ったり、今いる校門と校舎の間が駐車場になっていて先生方の車があるのがなんともおかしく感じる気がするけど、みんな三年間これが当たり前だったからそれはそんなに気にならない様子。
そんな中あたしが気になっているのは、当然宮月さんと……もう一つ。
「うっ、ひっく、ぅあ、グズ……ひぐ……」
「ほらほら、ゆめ、そんな泣かないの」
普段は親友のあたしたちといるときですら、ほとんど笑いもしないで感情をあんまり表に出すことのないゆめが見る影もないほどに目を真っ赤にして、顔をくしゃくしゃにしながら泣きじゃくっていた。涙のピークは式の終盤から教室に戻ったあたりで今、周りにはほとんど泣いてる子はいないけどゆめはそのころからずっと泣きっぱなし。これにはあたしや美咲だけじゃなくてクラスのほとんどが驚いてた。
宮月さんのことは気になっていたけど、ゆめがこんな状態だと美咲がいるとはいえあたしも離れにくくて宮月さんのことは場所は確認しててもずっとゆめに付きっ切りになっちゃってた。
「彩音、いいの?」
一緒にゆめのことを慰めていた美咲がゆめの背中をさすりながらあたしにも心配そうに話しかけてくる。
「う、うん……よくは、ないけど……」
したいことはあっても泣いてる親友のことを放って置ける人間じゃない。
「ゆめのことは私にまかせて、いってきたほうがいいんじゃないの? このままだと後悔するわよ?」
「う、うん……わかって、る、けど……」
ゆめのこともそうだけどやっぱり怖いって言う気持ちもぬぐえなくて……
「はぁ、ゆめや私のことを気にするんならなおさらいってきなさいよ。後でうじうじ悩まれたって私たちにはどうしようもないのよ?」
「ぅ、グス、わた、ふぁ…んぐ、しのこと、ヒック、いい、から、うぐぅ、いって、きていい……」
「ゆめ……」
ずっと泣いてばっかりでいたくせに、あたしのこときにしてくれるんだね。
「ゆめもこういってるんだから、いってきなって。ダメでも私が二人まとめて慰めてあげるから」
「べ、別に言われなくたってちゃんとするつもりだったよ。じゃ、じゃあいく、から」
「はいはい、頑張りなさい」
「ぅっく…ふぁ、ふぁいと……」
やっぱあたしは親友には恵まれてるかもね。
そう思いながらまだ人で溢れかえる駐車場の中、目的の人をめがけて一直線に歩いていった。
宮月さんは幸いというかなんというか友だちとはいなくて先生たちに挨拶周りをしていた。
誰かと話してたらそれだけで切り出しづらいけど、友だちといられるよりはまだ話かけやすいもん。
で、でも割り込んじゃいけないから今の先生が話終ったらにしよ。
(って)
そう心に決めた瞬間宮月さんはお辞儀をして先生との話を終らせたみたい。
ま、まってよまだ心の準備が……で、でももしかしたらもう帰っちゃうのかもしれないし……
「あ、水梨ちゃん」
「あ………」
あたふたと慌てているところに向こうから先制パンチをもらっちゃった。
「水梨ちゃん、卒業おめでとー」
「う、うん。宮月さんも。あの、答辞、かっこよかったよ」
実は半分以上見てなかったけど。
っていうか、卒業したのは宮月さんもでしょう。
「ほんとー? うれしー、ありがとー」
うわわ、い、言わなきゃ。す、好きだって。せっかく二人が送りだしてくれたんだし、なにより告白するって決めたのはあたし自身なんだから!
「あ、あの!」
「なぁに?」
おっとりと首をかしげて答える宮月さん。
(はぁー、ぽよぽよでふやふやで可愛いー)
って、だから意味不明なことを思ってないで!
「ふ、二人きりで話したいことが、あ、あるんだけど……いい、かな?」
ムードとかそんなに気にするタイプじゃないけど、こんな人目につくような場所じゃさすがにやだ。みんな自分のことで精一杯になってるからあたしたちのことなんて気にとめないかもしれないけど。
「うん、いいよぉ。でも、困ったね。どこで二人になろうか?」
「あ、えと……」
しまったー! そんなこと全然考えてなかった。この周りじゃ人はいっぱいだし、ここ校舎をはさんだ反対側の校庭は父兄の駐車場になってる。かといって美咲とゆめがいるから学校からは離れたくないし。
「そーだ。こっちきて」
「ッ!?」
あたしが困ったように髪をなでてると宮月さんが急に空いているほうの手を取って歩き出した。
あたしは突然のことをどぎまぎしながら、でも手を取ってもらえることに嬉しさを感じて宮月さんについていった。
行く先はなんと校舎の中。教室に連れてこられた。
確か、三年生がいなくなったら教室には鍵がかけられて入れないようになってた気がするけどどうやら今はまだ空いてるみたい。
「やっぱり、寂しくなっちゃってるね」
「うん……」
教室はもう本当に何もなくて机とイスだけで人のいる暖かみがまるでない。あまりにも空虚すぎてどこか不気味なくらい。
「で、なぁに、お話って?」
宮月さんが両手を後ろに回して体をちょっと傾けて覗き込んでくる。宮月さんは人と話ときちゃんと目をみて話してくるんだけど、なんでかこうやって首をかしげたり、体を傾けたりすることが多い。
(はう〜)
そんなことされるたびにあたしはいちいちとろけちゃうわけで……
「え、えっとあの……」
ほんわかで笑顔の宮月さんとは対照的にあたしはとにかく慌てて、焦って、もうわけわかんない!
好きだっていうのは決めてるはずだけど、あたふたしちゃう。シュミレートだって半年以上前からしてるはずなのにまるで役に立たない。
大丈夫だよね? 女の子同士で変とか思われないよね?
「あたし、さ……」
「うん」
「み、宮月さんの、こと……」
「うん」
だ、大丈夫、だよね?
「す、…あの、えっと……す、す、」
「す?」
「す〜……………」
あー!! だめ! いえない!! 変とか思われないとしても、好きじゃないとか言われたら……? とか思うだけで足がすくんじゃう!
だめだめ。言わなきゃ、たまにあたしのことなんてどうでもいいんじゃとか思わせる美咲はともかく、普段鉄面皮で何を考えてるかわかんないあのゆめが泣きじゃくりながら送り出してくれたんだから。
それになによりもう卒業しちゃったんだよ!? 会えなくなっちゃうかも知れないんだよ!?
(…………卒業、か)
あたしは不意に教室を見回した。
がらんとした、一年間の役目を終えた教室。一年間みんなが笑いあったり、遊んだり、勉強したり、喧嘩したり、あたしが宮月さんを見つめてニヤニヤしたりなんてした痕跡は微塵もなくなってとにかく寂しさだけが充満してる。
(そうだ、卒業……するんだ……)
もうみんなと笑ったり泣いたりできなくなるんだ。
別々の道をいっちゃうんだ……
「……水梨ちゃん?」
受験が終ってからずっと宮月さんのことばっかり考えて【卒業】っていうことに頭が回ってなかったけど……
【卒業】しちゃうんだ……
「っ…く……うぅ、あ」
気がついたら涙が出てきていた。式や教室での最後のお別れじゃ湧いてこなかった【卒業】っていう実感が出てきて、自然と泣き出しちゃってた。
「ひく……あぅ…、はぅ…ひぐ」
泣い、てる場合なんかじゃないのに、宮月さんのこと困らせちゃうのに……とまんないよぉ……
「はぐ…ぅく…ッ??!!」
急にふんわりとした感触に包まれた。
「……うん。寂しいよね。いいんだよ、泣いても」
宮月さんが抱いてくれてる。しなやかな腕が首と頭に廻されてやわやわな胸に埋めさせられた。
「ぅ、んぁ…ふぁ…」
抱かれて恥ずかしいけどすごく嬉しいのに、涙は止まらない。
だめ! 卒業しちゃうんだよ? もうみんなとまた明日なんて言えなくなるんだよ? 宮月さんに会えなくなっちゃうんだよ?
ここで告白できなきゃ、中学校最後の思い出が後悔で終っちゃう。伝えられなきゃ、いつしかこの気持ちも雲散してなくなっちゃうかもしれない。そんなのはぜったい、ぜったい、ぜーーーーーったいにやだ!!
言う! たとえ好きじゃないって言われても、迷惑だって思われても、嫌いになられてたとしても。あたしの恋を何にもしなかった後悔で終らせたりしない!
あたしは宮月さんの手をゆっくりと外して一歩距離をとった。
すぅっと、勢いをつけるように大きく息を吸って
「あたし……あたし、宮月さんのことが……好き!!」
その二文字にあたしの想いの全部を込めた。