「今日、泊めて」 お昼すぎ、ゆめが連絡もなしにやってきたかと思えば部屋に上がるまでもなく玄関先でそういってきた。 ちなみにゆめがこういうのはめずらしい。 ゆめってば、自分が一番誕生日早いからって特にあたしと美咲が一緒に住むようになってからは上から目線になることが多くて、泊まりたいときは泊まってあげるとか生意気な言い方をする。 つまり、こんな言い方をするっていうのは何かしらあたしたちと一緒にいたいだけじゃなくて泊まりたい理由があるっていうこと。 まして、こんな連絡もなしに来るんだからそれは急な理由なんだろうね。 「で、何で泊まりに来たのゆめ」 部屋にゆめをつれて戻ると、美咲がもっともな質問をする。 「……あれが帰ってきてるから、家にいたく、ない」 さっそくベッドに座るゆめが口にしたのは、あたしも美咲もどこかで予想してたことだった。 『……………』 あたしと美咲は思わず顔を見合わせて、困った顔をした。 それから、無表情ながら疲れた雰囲気を漂わせるゆめを見つめる。 「……彩音。私ちょっと買い物行ってくるから」 ゆめになんと声をかければいいのか戸惑っていたあたしに美咲は先手をうつかのようにそういってさっさと準備を済ませてしまう。 「あ、ちょ、美咲」 美咲をずるいと思うがゆめのことを考えれば、あたしがここからいなくなるわけには行かず、美咲に同調することはできない。 「それじゃ、頑張ってね」 「あー、はいはい。いってらっしゃい」 そそくさと逃げるように家を出て行く美咲をうらやましく思いながらあたしは残されたゆめに近付いてベッドに上がる。 「ねー、ゆめ。気持ちはわかるんだけどさ、ひさしぶりなんだろうし帰ってあげたほうがいいんじゃないの?」 「……やだ」 「っていうかさ、あの人相手じゃここに来たって無駄なような気もするんだけど。この前だってさ……」 「ゆっめちゃーーん!」 ……ほら。 玄関から聞こえてくる威勢のいい声。その瞬間、珍しくゆめが明らかに不機嫌な顔になる。 声の主は、あたしが出て行くまでもなく階段を軽快な音を立てて上ってくると一直線にあたしの部屋のドアを開けた。 「ゆめちゃーん」 そこから入ってきたのは、外見はゆめとよく似た女の子。まぁ、女の子というよりは女性という表現のほうが正しいかもしれない。 ショートカットに全体的に細い体、胸もゆめよりはちょっと大きいかなというレベル。顔立ちもゆめにそっくりだけど、決定的に違うのはこの纏う雰囲気。普段からぼーっとしてて物静かなゆめとは違い常に自分を前に出すような自信をのぞかせる。おかげで並べばほとんど変わらないはずも身長もゆめよりずいぶん大きく感じる。 「やっぱりここにいたー」 「…………ひかり」 ひかり。 それがこの女性の名前。正確に言うなら、星野ひかり。 ゆめのお姉さんだ。 今は大学にいってて遠くで一人ぐらしをしている。 まぁ、今は実家に帰ってきてるってことなんだろうけど……ゆめはこの人が帰ってくるたびあたしの家に避難をしてくる。 そ、避難をね。 「もう〜、せっかく帰って来たのにゆめちゃんってば、いないんだもん。寂しくて死んじゃうところだったよ」 「…………」 「じゃ、さっそく」 ゆめが身構えるような体勢を取る。 「ゆっめちゃーん」 と、ひかりさんはあたしを無視して、ゆめに向かっていこうと ぎゅ! と、何故かあたしに柔らかな衝撃が来る。 「はぁぁん。ゆめちゃん……はぁ……って、あれ?」 耳元に生暖かな吐息。と、暖かな感触とゆめに抱きつかれたときと同じ胸の感触。 ゆめに向かって一直線に抱きつこうとしてたひかりさんは、ゆめがあたしの後ろに隠れたせいで、あたしに抱きついてきたらしい。 それと胸をまさぐられる感覚。 「んん〜? おっぱいがある……ゆめちゃんじゃない!」 「って、それが判断基準ですか……」 色々突っ込みたいことはあったけどとりあえず、初めてひかりさんに口にしたのはそんな言葉だった。 「なんだ〜、彩音ちゃんか〜。もぅ〜、ゆめちゃんとの感動的な再会をじゃましないでよ〜」 「別に邪魔をしたわけじゃないんですけど……とりあえず、胸触るのやめてもらえますか。というより、離れてください」 「あ、ごめんね〜」 と、いって素直にベッドから降りてくれたけど、 「じゃあ、ゆめちゃん改めて」 懲りずに両手を広げてゆめを抱きしめるのに万全な体勢を取る。 「……………」 ただし、ゆめはむしろあたしに抱きついたまま無反応を示す。 「ほらほら、ゆめちゃん、恥ずかしがらなくてもいいんだよ〜?」 「……恥ずかしがってない。ひかりに抱きしめられるのなんて嫌なだけ」 「またまた〜、ゆめちゃんてば照れちゃって〜」 「……照れてない」 「もう〜ゆめちゃんてばいけずなんだから〜。ほらほらお姉ちゃんがぎゅーってしてあげるから〜。なでなでしてあげるし、ちゅっちゅってしてあげるから〜」 「……さっさと、かえれ」 まぁ、この会話を見ればわかると思うんだけど、この二人は全然合わない。 ひかりさんはゆめを溺愛して、悪いことにゆめの気持ちには気づいてないでゆめも自分のことを本気で好きだと思ってるらしい。 一方のゆめは……はっきり言って、ひかりさんのことを嫌ってる。それもかなり本気で。 だから、ひかりさんが帰ってくるたびこうしてあたしのところに逃げては来るんだけど……正直言ってこれはこれで困る。 「もう、しょうがないなぁ〜。じゃあやっぱり私から抱きしめてあげる」 ひかりさんは溺愛する妹に本気で嫌がられてるなんてまったく考えもせず、にこやかな笑顔をしながらまたゆめ(あたし)に近付いてくる。 「……………」 でも、ゆめはあたしにしっかり抱きついたままひかりさんに対して一切の隙を見せない。 「あ、あの、ひかり、さん。ゆめはその……いきなりだから驚いてるんです、よ。だから、いきなり過激なことは、やめてあげたほうがいいんじゃないかな、なんて……」 「えー、大丈夫、大丈夫。ちょっと抱きしめてほっぺすりすりしたりゆめちゃんの成長を確かめるために全身を満遍なく撫で回すくらいだから〜」 「いや、それは……」 それが過激じゃないっていうんなら、何が過激なんだか。 あたしも正直言って、この人は苦手だ。ゆめみたいに嫌ってるわけじゃないけど、話が通じないし、ゆめをちゃんと守ってあげないとあとでゆめが不機嫌になるしでとにかく疲れるの。 美咲はさっさと逃げちゃうし。あとで覚えてろって感じ。 「はい、ゆめちゃんぎゅー!」 「あ……」 なんて、少しだけ思考を別に飛ばしてた隙にひかりさんはあたしとゆめの間に腕をねじ込んできてそのままゆめを奪い去った。 「はぁはぁ……久しぶりのゆめちゃんの感触。ゆめちゃんの匂い……たまんなっ……!」 ゆめに抱きついて、姉が妹に対するスキンシップにしてはやりすぎなことを言い出すひかりさんは急に苦しそうな声を出して、ベッドに崩れ落ちる。 「あぁん! これも久しぶり……」 おなかを押さえながらも、まだ甘い声を出すひかりさんだけど、結構痛そう。 まぁ、そりゃそうだよね。ゆめは手加減なしに思いっきりひじ入れてたし。 「……抱きつかないで」 しかも、苦しむ姉を見るにしては冷たすぎる視線と言葉を送るゆめ。 「……私のこと抱いていいのは彩音と美咲だけ」 「んっ、もう……ゆめちゃんてば……照れなくても、いいのに」 っていうか、あたしはゆめが好きだしゆめの味方をしてあげたいとは思うけど目の前で妹が姉をたたいたりするところとかはさすがに見てて気分よくないよね。ひかりさんがむしろ喜んでそうにすら見えるのがまたあれだし。 「……だから、照れてない」 「あ、ゆめ……」 めずらしくゆめが自分からひかりさんに近付いていったかと思うと、ゆめは ゴスン ベッドから叩き落した。 「あふん……あぁん、ゆめちゃんの愛が痛い……」 それでも、自分がゆめに愛されてると疑ってないひかりさんを見ては今日も疲れそうだなと思うのだった。