それからもゆめはひかりさんに一切甘さを見せることなく気づけば、そろそろ夕方になっていた。 「あ、ねぇねぇ、ゆめちゃん、ゆめちゃん」 さすがに不用意に抱きついてきたりはしなくなったけど、それでもひかりさんは懲りずにゆめに屈託のない笑顔を向けては 「…………なに」 距離をとるためベッドの隅にいる最愛の妹にうっとうしそうな声を出される。 「今日お風呂一緒に入ろうね」 「…………やだ。だいたい……」 「え〜。なんでー?」 「……ひかりとお風呂なんて嫌だから」 っていうか、ゆめも断るにしてももう少し優しい言い方はできないのかな。 「え〜。また〜、昔は一緒に入ってたじゃない」 まぁ、ひかりさんがこんなだから遠まわしな言い方をしても好意的に取られちゃうだけなんだろうけど。 「……そんなのは小さい時だけ。それに、ひかりが無理やり一緒に入ってきてた」 「そんなことないよぉ。お姉ちゃん一緒に入ろう、って誘って来てくれてたじゃない。体だって洗いっこしてたし。今日もいっぱいしてあげるよ〜?」 「……絶対、やだ。ひかりは乱暴」 「大丈夫だよ? 優しくするし、ゆめちゃんのつま先から頭のてっぺんまで、ぜーんぶ綺麗にしてあげるから」 でもまぁ、ゆめの気持ちはわからないでもないよね。全然話通じないし、いいたくなる気持ちはわかるよ? でもさぁ 「……彩音ならいいけど、ひかりとお風呂なんてやだ」 ここであたしを引き合いに出すのはやめて欲しいよね。 「むぅ〜。彩音ちゃん!」 ほら。 一応けん制のため、ゆめとひかりさんの中間に位置取りをするあたしにひかりさんが迫ってくる。 「はぁ……なん、でしょうか?」 「ゆめちゃんのこと取るなんてひどい。ゆめちゃんは私のなんだよ」 「いえ、とったつもりはない、です、けど……」 ゆめと似た顔がころころと表情を変えるさまは見てて楽しくはあるんだけど、それが自分に向けられると結構しんどいよ。この人なにしてくるかわからないところあるし。 「まぁ、その姉妹だと、逆に色々気にしちゃったりするんじゃない、ですか? ほら、ゆめって結構ちっちゃいの気にしてますし」 でも、ゆめに味方する発言しないとゆめがあとで怒るし。 「私は気にしないよ〜。というよりも、ゆめちゃんの細い脚も、くびれた腰も、可愛いおへそも、ちっちゃなおっぱいもぜーんぶ大好きだし」 いえ……だから、あなたがどうとかじゃなくて…… 「それにゆめちゃんってば恥ずかしがっちゃって体くねらせたりしてくれて、それがまたたまらないし……うふふ、思い出すだけで鼻血が出ちゃいそう……」 ひかりさんは自分の体を抱きしめては想像に身悶える。 ……やばい、やばいよ。この人。 「よし! ゆめちゃん、今からお風呂はいろっ!」 「……だから、やだって言ってる」 「というか、あたしんちなんですが……」 「ん? ゆめちゃんの裸が見られるんだったら気にしないよ?」 「……………」 だから、この人やばいって。本音出すぎだし。 「……お風呂は彩音と一緒に入る」 かたくなに拒否しながら、あたしの名前を出すゆめ。そこには疲労の色が窺える。こんなやりとりはなれてるんだろうけど、ゆめも疲れるらしい。 「ん〜……もうゆめちゃんてば照れ屋さんなんだから〜」 そして、すべてをこれですませるひかりさんはすごいと思う。ポジティブといっていいのかはわかんないけど。 「あ、じゃあね。お風呂は我慢するから寝るときは一緒に寝ようね」 「……やだ」 「あ、大丈夫だよ。ちゃんとお姉ちゃんがぎゅってしてあげるし、お風呂上りのゆめちゃんの髪の毛の匂いかいであげるし、怖くておトイレ行けないときは一緒にいってあげるから〜」 ……なんかこの人の場合、トイレの中まで一緒に行くって意味に聞こえるんだよね。さすがにそんなことないだろうけど。 「……そもそも、今日は彩音と一緒に寝る」 「へっ!?」 って、調子の外れた声を出したのはあたしのほう。そんな話初耳だって、そもそも泊まるのは全然かまわないけど、いいとはまだ言ってないし。 「……彩音と一緒じゃないと寝れないから、だめ」 「え〜、とゆめ……?」 それはひかりさんにあきらめさせるための方便なのかな? その言い方だとまるで毎日一緒に寝てるような感じに聞こえるんだけど。 「そんなのだめ!」 ほら、ひかりさんはなんかヒートアップしてる感じだし。 「ゆめちゃんはこんなに可愛いんだよ!? 世界で一番可愛いんだよ!? そんなゆめちゃんと一緒に寝たりなんかしたら彩音ちゃんが邪な気持ちを抑えられるわけないもん!」 (えー………) それ、本人を前に言いますか。まぁ、微妙に、本当に微妙に反論できないところもあるのがあれだけど。 「……そんなのは、知ってる」 「って、こら」 「……でも、彩音ならいい。ひかりじゃだめ」 ……ひかりさんが目の前にいなきゃ、恥ずかしいけどそれなりに嬉しい台詞ではあるんだけど…… あたしは、今度は何を言ってくるのかと不安になりながらひかりさんのことを見つめる。 「……………」 と、ひかりさんはなにやらわなわなと震えていて…… 「ま、まさか……彩音ちゃん……」 信じがたいものを見るかのようにあたしを見つめ返すと 「ゆめちゃんとエッチしたことあるの!?」 とんでもないことを言ってきた。 「は、ははははぃぃぃ!!!??」 な、ななんでそういう話になんの!? いや、まったくそういう風に聞こえないかって言えばそんなこともないけどでも、いや……つか、えと…… 「どうなの! 彩音ちゃん!」 あたしがどうすればいいのかわからないでいるとひかりさんはずいっとあたしに迫ってきて、ゆめと似たつぶらな瞳がいいし得ない感情を持ってあたしを捕らえる。 「えっと……」 というか、そんなの正直に答えられるわけないでしょうが。この人やばいんだよ。かなりやばい人なの。ゆめ大好きなのは見ればわかるけど、その度合いが半端ないんだってば。 だって、当然のようにあたしんち来てるけど、ここを突き止めたのってゆめのこと尾行してきたんだよ。そんなこと当然のようにしちゃう人なんだよ? そんな人に本当のこと言ったりなんかしたら、どうなるか…… 「……ある」 「って、ちょ!!!」 何を言い出すのこの子は! 自分の姉がどんな人がゆめが一番知ってんでしょうが、そんな人に……いや、それよりも……… 驚きのあまりゆめを見たあと、あたしは恐る恐るひかりさんを見ると 「……………」 ひかりさんは俯いていてまた、プルプルと震えていた。 (うわー、何考えてるんだろ……) 絶対あたしにとっていいことじゃないと思うんだけど…… 「……ぃ」 「え?」 「ずるい!」 「はい?」 「ずるいずるい!! ずるいぃ!!!」 「あ、あの〜……?」 ずるいと来ましたか…… 「私なんてずーっと前から、ゆめちゃんが小学生のころからゆめちゃんと色々したかったんだよ! でも、ゆめちゃんが照れちゃって、いいよって言ってくれないからずっと我慢してたのにぃ」 すんごいこと言ってる気がするんだけど、この人。 「だから、ゆめちゃんが寝た後ベッドに忍び込んでくんくんしたり、ぎゅーってしたり、ゆめちゃんがお風呂一緒に入ってくれなくなってからは、ゆめちゃんのお風呂の音聞いたり、ゆめちゃんのお部屋にしのびこんで下着あさったり、たまにお着替えを覗くくらいで我慢してたのにぃ!」 それ、全然我慢してないっていうか……むしろ犯罪に近いんだけど。っていうか、妹相手だとしても犯罪だと思うんだけど…… 「なのに、彩音ちゃんとしたことあるなんてぇ。ゆめちゃんのばかぁ」 「……………………」 さしものゆめも衝撃的な姉の告解に驚いているのか無表情に姉をベッドの上から見下ろす。 「もういいもん! 帰っちゃうもん!」 「へ!?」 あたしもゆめと同じようにさすがにちょっとだけ引きながらひかりさんを見てたけど、唐突にそんなことを言い出す。 「……二度と来るな」 「今日はゆめちゃんのお部屋で寝ちゃうんだから。ゆめちゃんのお洋服だっていっぱいあさっちゃうし、ゆめちゃんのベッドで、ゆめちゃんの下着やお洋服に囲まれてゆめちゃんのぬくもりに包まれながら寝ちゃうんだから」 だから、こんなこと言ってるからゆめに嫌われるんだと思うんですが…… 「ふーんだ。バイバイ!」 と、ほんとにひかりさんはその場を立つと部屋から出て行ってしまった。 「……………」 あまりに突然で、嵐が通り過ぎた後というか狐に化かされた後というかそんな気分になりかけたところで 「あ、そうだ。彩音ちゃん、彩音ちゃん」 と、ドアがもう一度開かれてひかりさんがあたしを手招きした。 「なん、でしょうか……」 結構な不安もあったけど、行かないわけにも行かずあたしは気が重いまま部屋の出口に向かっていった。 「あのねぇ、彩音ちゃん」 ひかりさんはそんなあたしを上目遣いに見つめてきて、ゆめにそうされるような錯覚に一瞬くらっとする。 「……ゆめちゃんのこと悲しませたら」 それでひかりさんは極上の笑顔になりながら
「殺すから♪」
甘い声で背筋を凍りつかせることを言ってきた。 「じゃあ、またね」 「あ、は、は………」 あまりに本気な声にあたしは苦笑いというか、呆けてまま今度こそ去っていくひかりさんを見つめ、ふらふらとした足取りで部屋に戻っていく。 「……彩音? どうしたの?」 と、ベッドにいたままのゆめが心配そうに寄ってきてくれて 「…………っ!?」 あたしはそんなゆめの背中に手を回す。 「……彩音?」 「ゆめ、幸せにするからね。うん」 自己暗示のようにそういってあたしはしばらくゆめを抱きしめるのだった。