「……………」

 静か、ね。

 一人の部室で私はそう思う。

 普段なら凛や花陽と一緒に来ることが多いけど、今日は花陽が買い物を頼まれてるとかで先に帰って凛はそれに付いていってしまった。

 凛は「真姫ちゃんも一緒にどうかにゃー」なんて誘ってきたけど

(デートの邪魔をするほど天邪鬼じゃないわよ)

 まぁあの二人は付き合ってるとかじゃないんだろうけど。

(むしろそれすらも越えちゃってるって感じかしら)

 そんなわけで一人部室に来たのだけど

「……………」

 こうして一人することもなく文庫本を広げてる。

 けれど、なぜか内容はあんまり頭に入ってこなくていつもは手狭な部室で一人の時間を持て余している。

「早く誰か来なさいよ……」

 なんて言葉が勝手に口をついて

(な、何言ってるのよ!)

 これじゃまるで私が寂しがってるみたいじゃない! そんなわけないんだから! ただ、こうして一人でいてもつまらないし、早く誰か来て練習とかした方がまだ時間を有効に使えるって思っただけで、別に深い意味なんてないのよ!

 なんて誰にしてるかわからない言い訳を心でつぶやいて、パタンと本を閉じた。

(……よく前の私は平気だったわね)

 斜に構えて強がって、クラスメイトはもちろん、凛や花陽とすらまともに話してなかったあの頃の私。

 寂しいっていうことすら気づけていなかった私。

(……穂乃果に出会う前の私)

 バン!

「ごめん、遅れちゃった!」

 突然部室のドアが開いて一人の人物が入ってくる。明るい色の髪に大きなリボン。私がここにいる元凶を作った相手。

「って、あれ? 真姫ちゃんだけ?」

 穂乃果は部室を見回すと拍子抜けしたように言った。

「何よ? 私だけじゃ不満だっていうの?」

(って、何よこの言い方は)

 ちょうど頭に思い浮かべてた相手がいきなり現れて動揺してたのか、自分でもよくわからないけど、これじゃまるで私の方こそ穂乃果のことを迷惑がってるみたいじゃない。

 あぁ……穂乃果にそんな風に思われたらどうしよう。

「ううん、真姫ちゃんがいてくれて嬉しい」

 ムッとするどころか穂乃果にしかできないような反応を見せる。

「っ」

 その不意でまっすぐな言葉に思わず顔が赤く

(なってないわよ!)

 これは穂乃果がいきなり現れたからびっくりしただけ。穂乃果に嬉しいって言われたことなんて全然関係ないんだから。

「うーん、でもみんなどうしたんだろうね」

 穂乃果は私の隣に座ると両手で頬杖を付きながらドアを見つめながらそう言った。

「そうだ、凛と花陽なら今日は来ないわよ」

「そうなの? うーん、ことりちゃんと海未ちゃんも来れないって言ってたし、じゃあ来るとしたらあと三年生だけかぁ」

「そういうことになるわね」

「あれ? でも、三年生って確か今日は集会があるとか言ってたような……」

 言われてみればそうだったと私も思い出す。自分の学年ならいざ知らず他の学年の予定まで気にしてないから確かなことは言えないけど。

「じゃあ、今日は真姫ちゃんと二人きりなんだね。うーん練習どうしよっか」

「二人なら別に無理してしなくてもいいんじゃない。私と穂乃果じゃ基礎レッスンくらいしかできないし」

「うーん。そうだね。たまには休みも必要かもしれないし。今日はやめにしよっか」

「そうね」

 こんなことがわかってたら今日は初めからこなかったな、なんて思いながら私は荷物をまとめ始めると

「あ、そうだ真姫ちゃん」

 穂乃果が能天気な声を上げた。

「なによ」

「音楽室行かない?」

「はぁ? いきなり何言うのよ」

「んー、時間もあるし、せっかく真姫ちゃんと二人きりなんだからこのまま帰っちゃうのはもったいないなぁって思って。久しぶりにピアノ聞かせてよ」

「なんで私がわざわざ穂乃果に聞かせなきゃいけないのよ」

 あぁ、まただ。本当は私のピアノを聞きたいって言ってもらえて嬉しいのについこんな言い方を。

 ただ、穂乃果がこの程度のことでめげることはあるはずもなく

「真姫ちゃん、おねがぁい」

 と、猫なで声をしてきた。

「し、仕方ないわね」

 そう答えたのは、別に穂乃果にお願いされたからじゃない。ちょ、丁度私もピアノでも弾いていこうかなって思ってただけで……

「真姫ちゃん?」

 また自分でどこにしてるかわからない言い訳をして、そんな自分に呆れていると穂乃果が顔を覗き込んできて

「な、何でもないわよ! ほら、早く行くわよ」

 それが妙に照れくさくて私は早足に部室を出て行った。

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