「〜〜〜〜♪」
好きな時間。
すべらかな鍵盤に指を躍らせ音の波に声を乗せる。
体中に音楽が響いて、まるでピアノを通じて自分が一つの楽器みたいになったような感覚。
こうしているだけで私の心は満ちていく。
けど、それだけじゃなくて。
「………ふぅ」
曲の演奏を終えた私の耳に
パチパチパチ。
大げさな拍手。
「おー、すごいよ真姫ちゃん。よかった、感動しちゃったよー」
穂乃果の興奮した声。
別に穂乃果を喜ばせるために弾いたわけじゃないけど、こうして目の前で感想を言ってもらえれば嬉しい。少なくても一人で、自分のためだけにピアノを弾くよりも断然に。
「ふふん。これくらい大したことじゃないわよ。まぁ、この真姫ちゃんにかかれば穂乃果一人感動させるのくらいわけないってことね」
「うん。ほんとによかった。真姫ちゃんってば天才」
「う、あ、ありがと」
茶化して欲しかったわけじゃないけど、素直に受け取られるのはそれはそれで恥ずかしい。
「ね、真姫ちゃん。今の曲だけどさ」
演奏してたこともあって少し距離を離してた穂乃果は私の座っているイスに手をついてグイっと顔を寄せてきた。
(……って、ち、近いわよ)
「な、何よ」
「初めて私に聞かせてくれた曲だよね。もしかして覚えててくれて演奏してくれたの?」
「ぐ、偶然よ。っていうか聞かせたんじゃなくて、あれは穂乃果が盗み聞きしたんじゃない」
「あれ? そうだっけ」
「そうよ」
あの時はほんとにびっくりしたんだから。いつもみたいにピアノを弾いてたらいきなり拍手が聞こえてきて見てみれば知らない先輩の顔があって。しかも、いきなり可愛いとか、アイドルにやってみない? とか、普通じゃないわよあんなの。
(……けど、あれがなかったら今の私はないのよね)
「でも、あのことがあったから今のμ‘sがあるんだよね」
「っ!!?」
「? どうしたの真姫ちゃん」
「な、なんでもないわよ」
穂乃果と同じようなこと考えてて嬉しかったなんて言え…
(別に嬉しくないわよ!)
あぁ、もう! 何考えてるのよ私は!
「そう思うとなんか運命みたいだよね」
私が動揺してるなんて気づかないで穂乃果は感慨深げに続けた。
「あの日屋上にいたのだって偶然だし、ちょうどその時に真姫ちゃんがピアノを弾いてくれてて、真姫ちゃんに出会えた。μ’sの初めての曲を作ってもらえたのも、あの日真姫ちゃんに会えたからだよ。きっと真姫ちゃんがいてくれなかったらμ’sは今みたいになれなかったって思うし、廃校だって決まっちゃったかもしれない」
「……穂乃果なら、きっと私がいなくたって何とかしたわよ」
自分でそれを認めるのはあんまり面白くないけど、本気でそう思うわ。
穂乃果は何かに躓いたってめげたりなんかしない。そこで立ち止ったりなんかしない。親の言いなりになって結局音楽をあきらめた私なんかと違って。その太陽みたいな眩しさと力強さで周りを巻き込んで、引っ張って、もしかしたら今のμ’s以上のμ’sを作ることだってできたかもしれない。
って、それはないわね。なんとかはしたとは思うけど今のμ’sより上のμ’sなんてありえない。
「ううん。真姫ちゃんがいてくれたからだよ。真姫ちゃんだったからだよ。真姫ちゃんのおかげでμ’sはここまでこれたの」
また心の中だけでやり取りしてると、穂乃果は聞いていて恥ずかしくなるような、でも……心に直接入ってくるような声を出した。
「ねぇ、真姫ちゃん」
「な、何よ」
「ありがとう」
本当に太陽みたいな眩しい笑顔。
「……な、何よ急にありがとうなんて」
思わず見惚れた私はワンテンポ遅れて穂乃果に反応した。
「うん。だってやっぱり真姫ちゃんのおかげだから。μ’sの曲を作ってくれてありがとう。μ’sに入ってくれてありがとう。真姫ちゃんは穂乃果の、ううんこの音ノ木坂の恩人だよ」
「……っ」
あぁぁ、もう! 何なのよ穂乃果は! なんでこんなことが真顔で言えるのよ!
だから穂乃果って、その…ええと……もう!
「……私だって、同じよ。私だって穂乃果にありがとうって思ってるわよ」
穂乃果の光はいつの間にか心の奥の秘めた気持ちを照らしていた。
「え? そうなの? どうして?」
「どうしてって…その…今が、楽しいから」
気恥ずかしさに視線を散らしながら私は穂乃果に素直な気持ちを吐き出す。
「私は中学の時から学校じゃほとんど一人だったし、この音ノ木でもきっとそうだって思ってた。だって、周りの子とは違いすぎるもの。私は医者の娘で、将来も決まってて。これからなんにでもなっていける子たちなんかとは初めから合わないって決めつけてた。けど穂乃果と会って、μ’sに入って、花陽や凛と友だちになってクラスの子とだって前よりも全然話すようになった。あの時の私は何意地張ってたんだろうって思えるくらい今が充実してるわ」
「真姫ちゃん……」
あ、穂乃果が何か言いたそう。
でも待って。まだ終わりじゃないんだから。
「それに、花陽には言ったことがあるけど私の音楽はもう終わってるって思ってたから。自分以外の誰かに聞かせる音楽はもう私にはなくて、自分のためだけの音楽をここでこうやって寂しく奏でるだけ。でも、誰かさんが私の歌を好きって言ってくれて、話すのも二回目なのに曲を作ってなんていう無茶を言ってきて……μ’sの曲を作ることになって、今こうしてたくさんの人に聴いてもらってる。自分のためだけじゃない音楽は、誰かに聞いてもらえる音楽は……やっぱり嬉しかった」
一人でピアノを弾くのも嫌いじゃなかったけど、音楽はううん音楽に限らなくて自分のためだけじゃないって大切なこと。
「だから……そのきっかけをくれた穂乃果には感謝してるの。ありがとう、穂乃果」
と、私はひとしきり言いたいことを言った瞬間
「……………」
(な、なに言ってるのよ私は〜〜〜)
少し冷静になった自分がそう考え出す。
「ま、まぁこの真姫ちゃんに感謝されるんだからありがたく思いなさ…」
なんて羞恥心を紛らわせようとしたところで穂乃果が私を一心に見つめてるのに気づいてさらに狼狽える。
少し潤んだ目、きらきらとした明るい表情で穂乃果は
「真姫ちゃん!」
「ヴえぇえ!?」
いきなり抱き着いてきた。
「な、何すんのよ!」
穂乃果の柔らかな体。鼻孔をくすぐる甘い香り。けど、そんなのに浸ってる余裕もなく私は顔を赤くした。
「えへへ、だって嬉しくて。真姫ちゃんがそんな風に思っててくれたなんて知らなかったから。ありがとう真姫ちゃん! 大好き!!」
「なっ」
いきなりの告白。
って、これは別に告白とかそんなんじゃないってわかってるけど。
(……けど……)
胸が高鳴って、ドキドキが止まらなくて……心が昂揚してる。
「ねぇ真姫ちゃん。さっきの曲もう一回弾いて。今度は一緒に歌おうよ」
穂乃果は私が何を思ってるからなんて当然わかるはずもなく嬉々としてそう言ってきた。
それがいかにも穂乃果らしくて私は
「仕方ないわねぇ」
なんておねだりされて嬉しいくせに素直になれないまま答えた。
そして、指を躍らせていく。
『愛してるばんざーい♪』
あぁ……動悸が収まらない。
『ここでよかったー♪』
穂乃果に必要とされて嬉しい自分。大好きと言われて高鳴る胸。それは自覚すると余計に大きくなって、自分でも薄々気づいていた気持ちに陽を当てる。
『私たちの今がここにあるー♪』
もしかして、私。
穂乃果のことが……