私、西木野真姫には好きな人がいるらしい。

 わざわざこんな婉曲な言い方をしているけれど、気持ちに疑いあるとかそういうのじゃないわ。

 ただ、あまり直接的な表現をしたくないというか穂乃果を好きな自分が信じられないというか……ってこれじゃまた好きじゃないみたいね。

 穂乃果のことは好きよ。それは間違いないわ。

 ただ正直こんな風に人を好きになるなんて初めてでうまく自分の気持ちを処理できていない。

 それに冷静になると一体穂乃果のどこがいいの? って思わないでもないし。

 だって、穂乃果よ?

 勝手な無茶はするし、周りの迷惑なんて考えないで突っ走るし、本当に年上なのって思うくらいに子供っぽいところはあるし、元気で明るいのは認めるけど、なんというか恋の対象にはならないのが普通だと思う。

 ま、まぁその無茶のおかげで私は今の私、自分の好きな私になれたし、わき目もふらずに前を走る穂乃果にμ'sも引っ張られてここまできた。

 子供っぽいのは否定しようもないけどあれはあれで可愛く思えることも多いしたまに先輩だって思わされることもあってドキっとするし、曲に煮詰まったりしたときなんか穂乃果の明るさに何度助けられてきたかわからない。

 あら? そう考えると穂乃果もまぁまぁよね。

 この真姫ちゃんが好きになってもおかしくないっていうか、ぎりぎりだけど私とつり合いが取れるっていうか。

 まぁまぁふさわしい相手よね。

 あ、あくまでもまぁまぁよ、まぁまぁ。

 

(って……私は何をしてるのよ)

 一人で廊下を歩いていた私は心の中のやり取りに思わずそう突っ込む。

「はぁ……」

 壁に背中を預けて私は小さくため息をついた。

 最近こんなことばっかり。

 この前二人きりの音楽室で穂乃果を好きだっていうことに気づいてから、一人になるとすぐこんなことを考え出す。

 恋について一人で考えていても何かが変わるなんていうことはないのに。

「ふぅ……」

 もう一度ため息をついて私は窓から屋上を見上げた。

 私の、私たちの大切な場所。好きな人と一緒にいられる場所。

 それは私にとって嬉しい時間だけど、穂乃果といるといろんなことを考えらせられる。それは基本的にはプラスなことでも、それだけを思ってはいられない。

 恋なんてそんなものかもしれないけど、相手が穂乃果っていうことがそれを際立たせているかもしれない。

「はぁ………」

 三度ため息をついて屋上を見つめると

「まーきーちゃん」

 ガバ。

 いきなり後ろから抱き着かれた。

「きゃああ!?」

 反射的に体に回された手から逃れると思わず体を抱きながら相手に食って掛かった。

「な、なにすんのよ!!」

 って、

「ほ、穂乃果」

 いきなり現れた想い人に私は怒りよりも

(ほ、穂乃果に抱かれたの……?)

 そのことが気になって体を熱くしていく。

「あはは、ごめん真姫ちゃん驚かせちゃった?」

 穂乃果は謝ってはいるけど特に悪びれた様子はない。

 それもそのはず。穂乃果は誰にだってこう。

 簡単に抱き着いたり、腕を絡ませて来たりスキンシップを当然のようにしてくる。

 私だってダンスの時とかはそういうことをしたりもするからそこまで苦手なわけじゃなし、穂乃果にだって何度かこんなことはされたけど………

 好きって自覚してからは初めてで……

(柔らかかったわね。それに、すごく甘い匂いで……)

 一瞬だったのにそれをはっきりと思い出せてしまう。

「あれ? 真姫ちゃんどうかした? 顔赤くない?」

「っ……な、なんでもないわよ!」

 まさか穂乃果に抱かれた感触を思い出してるなんて言えるわけもなく私は強い口調で返す。

「と、ところで、穂乃果は何か用なの?」

 本音でも話を逸らす意味でもそう聞くけど。

「ん? ううん、ただ真姫ちゃんがいたから話しかけてみただけ」

 まるで幼稚園児か小学生みたいな回答。

「それで、なんでいきなり抱き着いてくるのよ」

 普通ありえないでしょいきなり抱き着くとか。正面からとかならともかく。

(べ、別に嫌とかじゃないし、穂乃果だからゆるしてあげるけど)

「え? だって、真姫ちゃんに会えたのが嬉しくて」

「っ………」

 予想通りに予想外の理由が帰ってくる。

(う、嬉しいとか、簡単に言わないでよ)

 深い意味がないなんてわかってる。穂乃果はきっとことりとか海未にも同じようなことをしているはず。

 私にとって穂乃果に抱き着かれることは特別でも、穂乃果にとってはただ友情表現の一つにしかすぎない。

「にしてもさっきの真姫ちゃん可愛かったなぁ」

「は? 何がよ」

「きゃーっていうやつ。真姫ちゃんのそういうところあんまり見たことないからなんだか得しちゃった気分」

「っ。い、いきなりあんなことされたらそのくらい言うでしょ」

「うーん。そっかぁ……じゃあ」

 私が照れと呆れに穂乃果から顔をそらしていると穂乃果はしめしめと言った顔をしてて

「えい!」

 また、抱き着いてきた。

「ちょ!?」

 今度は叫び声を上げたりはしなかったけど

 けど

「あれ? 今度は駄目」

 抱き着きながら見上げてくる穂乃果の顔が

(ち、ちか……)

 抱き着かれてるんだから当たり前だけど、あまりに近くて……そうもう少し私に距離を縮める勇気があればそれこそ唇と唇が触れ合いそうなくらいに穂乃果が目の前にいる。

「あ、ちょ、……う」

 凛とかにこういうことをされたんだったら離れなさいよ! って簡単に言えるけど今は全然口が回らなくて

「うーん、残念」

 何も言えないまま穂乃果はあっさりと私の体から離れてしまった。

「……あ……」

 咄嗟に残念そうな声を上げる私。

「っ!!」

(ち、違うわよ! 今のは別に残念とかそんなんじゃ……ただ、その……えと……)

 うまく言い訳を探せないで私はこんな女々しく弱い自分が情けなくて、腹立たしくて

(だから、穂乃果は!)

 穂乃果に責任を押し付けて、改めて恋の難しさを、穂乃果への恋の難しさを思い知るのだった。

 

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