私には呪いがかかっている。
私の夢はお医者さんになること。
私はそれを物心ついた時から思ってきた。
だって、みんながそれを期待していたもの。
パパやママ、親戚や学校の先生。
みんな私が医者になって病院を継ぐんだって思っていて、望んでいた。
私はそれを当然のように受け入れていて、幼稚園の頃から周りのみんながお花屋さんや、ケーキ屋さんになりたいって言う中、一人お医者さんになるって言っていた。
それは異常とは言えないかもしれないけど、普通じゃないって思うわ。
子供は本来もっと自由なはずだもの。
もう覚えてはいないけれど、当時の私は周りと同じようにお花屋さんや、ケーキ屋さん、はてはアイドルになりたいなんて考えていたと思う。
というよりも、幼稚園に通う女の子がそれを考えないはずはないもの。
でも、卒園アルバムには「おいしゃさんになりたい」って書いてあった。
それは確かに「西木野真姫」の夢だった。
でも、きっと【私】の夢ではなかった。
子供が親の願いに飲まれるのは世の常。
子供が生まれる家を選ぶことはできない。
私は西木野総合病院の娘に生まれたその時から、西木野真姫の夢は決まっていた。
生まれる家によって、親の願いによって子供の将来が決まってしまう。
だとしたらそれは、夢じゃなくて呪いと呼ぶものなのかもしれない。
そう思うようになったのはピアノを止めた時。
勉強が忙しくなるから、医者になる私には必要のないものだから。
……どれだけ好きで努力をして続けても、その道を進むことはできないから。
その時に思ったの。
もし、私が【西木野真姫】じゃなかったら、どうだったんだろうって。私は、家なんか関係なく【私の夢】を追うことができたのかしらって。
そして、バカらしいって笑ったわ。
そんなありもしない仮定は無意味だし、そもそも本当の夢だったら家どうとかじゃなくて、障害があったとしても乗り越えていくもの。
それをしない、ううんできない私にはきっと初めから音楽を夢にすることなんてできなかったのよ。
そんな風に自分を見下して、私は【西木野真姫】として生きていくしかない自分を知った。
それが私の生き方。
本当の夢から目を背けて、呪いとすら思える夢を一人、孤独に叶えていく。
それが私の人生なんだって思っていた。
きっと、そうなっていたはず。
あの日、あの時、穂乃果に出会わなければ。
「……はぁ」
秋も中ごろとなり、冬の気配が近づいてきた教室で私はため息をつく。
机の上に置かれているのは志望校調査と書かれた白紙の紙。
説明するまでもなく進学を希望する大学を記入するためのもの。
一年生や二年生の時にはなんとなくで、現実感のないものだったけれど三年生の秋ともなればそれは将来に直結する重みをもつ。
おいそれと軽い気持ちで書くことはできないものだけど、本来私なら決まっているはず。
「あ、真姫ちゃん。ここにいたにゃー」
「っ、凛、花陽」
進まないペンを弄びながら白紙の紙とにらめっこをしていた私の耳に親友の声が響く。見ると教室の入り口に二人の親友の姿があった。
「練習始まってるよー」
「それって、進路希望の紙?」
アイドル研究部の練習に呼びに来てくれた二人は私のところまで来ると花陽が目ざとく反応する。
「…えぇ」
なんとなく見られたくないって思っていた私はすぐにそれをカバンにしまおうとしてけど
「あ、真姫ちゃんまだ書いてないんだ。凛もまだなんだよねー」
凛にそれを見つけられてしまう。
「やっぱり、医学部にするの?」
花陽からの何気ない言葉。この話題で私に向けるものとしては当然の言葉。
「…………」
「ふわぁ、真姫ちゃんはすごいにゃー。凛はそんなにいっぱい勉強できないにゃ」
すぐに答えを返さないでいると凛も私への【自然な言葉】をくれる。
(…………当然ね)
そう思われるように振る舞ってきたんだから。
私は二人に気づかれない様に嘆息すると紙をしまう。
「そんなことより、練習、行くんでしょ」
とどこか諦めたように言った。
「西木野先輩さようならー」
「えぇ、また明日」
練習が終わって、後輩たちとあいさつを交わすと私は一人帰路につく。
夕焼けの帰り道。日本人なら誰もが郷愁を感じてしまうような夕暮れ。
(……この時間も後少しなのよね)
思うのは、進学のことではなく部活動のこと。
三年続けたアイドル研究部。μ'sではなくなったけれど、三年間凛や花陽と一緒に培ってきた時間は紛れもなく輝いていた時間だった。
ずっと一人で、この音ノ木坂でも一人だと思っていた私が親友に囲まれ、後輩に慕われ三年間を過ごすことができた。
どれも思い出深いものだけど、やっぱり一番はμ'sよね。
それがすべての始まりだったから。
μ'sとしての一年間は本当に楽しかった。
絵里がいて、にこちゃんがいて、希がいて。
海未がいて、ことりがいて。
凛がいて、花陽がいて。
なにより、あの人がいてくれたから。
高坂穂乃果がいてくれたから。
最初は本当に変な人だって思うくらいだった。
だって、ありえないもの。
勝手に人のピアノを覗いて、感動したとか、アイドルやってみないとか。初対面の相手に言うことじゃないじゃない。
でも、あそこからすべてが始まった。
ライブのために曲を作って、私自身もμ'sの一員となって、いつでも前を向いて周りを引っ張っていく穂乃果を見つめていった。
そのまっすぐに夢を追う姿勢に私はいつしか惹かれていって、気づけば穂乃果を好きになっていた。
それが一年生の時の話。
二年生になって、これまで以上に穂乃果と一緒にいられるようになって穂乃果への気持ちは高まる一方だった。こんなことはおかしいって思ったのに、穂乃果への想いは私の中に溢れていき……穂乃果の卒業式の日。
私は、穂乃果を音楽室に呼びだして……気持ちを伝えた。
卒業式に合わせて告白するなんてあまりにありきたりなことをする自分をおかしくも思ったし、どうせとも思ってた。
けれど、奇蹟は起きた。
穂乃果は私の気持ちに応えてくれた。
その時の驚きと喜びを今でもはっきり覚えている。
ずっと願っていたことが叶った喜び。その想いは今でも私の中で宝石のように輝いている。
(……でも)
いくら素敵な恋人がいたとしても、それと今私が抱えている問題とは次元が違う。
穂乃果という恋人がいたとしても、私の呪いは………
(誰にも、解けない)
その諦観を抱え、私は
「真姫ちゃーん」
好きな人との待ち合わせの場所へとたどり着いた。