定期的に約束している放課後デートの日。特にすることも決めていなくて、穂乃果に言われるままに喫茶店に入った。
平日のデートは基本的にノープラン。ただ、会いたいという気持ち満たすためのもので、話すことも恋人特有のような話になることも少なく、学校のことや部活動のことなど、近況報告になってしまうことも多い。
今日もそんなただの先輩と後輩のような話をしていく中、ふと穂乃果が切り出した。
「そういえば、そろそろ大学決めなきゃいけない時期だよね」
「っ……」
紅茶を飲もうとしていた私は一瞬手を止める。
それは話題にしたくないことだったから。
「?」
穂乃果が首をかしげている。
当然ね。穂乃果からしたら何か特別なことを聞いたわけじゃない、他愛のない会話の一つのはずだもの。
私は一瞬動揺をしたけれど、それを隠して「そうよ」と答えようとして、その前に
「音楽続けたりしないの?」
「っ……」
穂乃果から意外な言葉をもらった。
「……なんで、そうなるのよ」
今度は動揺を隠せず、それでも本音は隠してそう返した。
「え? だって、真姫ちゃんってピアノすごく上手だし。音楽のことも大好きでしょ? だから、そういう道に進みたいじゃないかなって」
「…………」
本気で言っているのかしら? 西木野真姫、という人間のことを知っていればこんなこと言えるはずはないのに。
もっとも、穂乃果ならたとえそれがわかっても言ってくるのかもしれない。
それが私の好きになった穂乃果の姿でもあるから。やりたいことをまっすぐに追うことができる穂乃果だから。
「何言ってるのよ。私は医者になるんだって穂乃果だって知ってるでしょ」
思考を表には出さずに私は当たり前のことを返した。
「それはわかってるけど、もったいないなぁって思って」
「もったいないも何も、初めから決まってたことよ」
「うーん。でも、やっぱり残念だなぁ。だって真姫ちゃんが曲を作ってくれたからμ'sだってラブライブで優勝できたんだし、その後だってアイドルを続けられたんだもん。私は真姫ちゃんの曲、全部大好きだし」
穂乃果の言葉は嬉しさ半分、迷惑半分。
褒められたことはよくても……可能性を感じさせるようなことを言われるのは……迷惑よ。
「真姫ちゃんが音楽続ければ、きっと素敵な……」
「………無理よ」
穂乃果がまだ何かを言おうとしていたのを遮って私はそう言った。
「え?」
「私は……呪われてるんだから」
私はシニカルに笑ってそのことを口にした。
多分、それは穂乃果にじゃなくて自分に言ったこと。そう思うことで自分の中にある音楽への可能性を否定する。
そうしなければ、私は【西木野真姫の夢】を受け入れられなくなってしまうから。
だから私は本当の気持ちを隠して、諦観をたたえた表情をする。
それを見た穂乃果が何を思うかも知らずに。
音楽を続けたいかって?
そんなの考えるまでもないわ。
続けたいに決まってるじゃない。
私はずっとそれを望んでいたんだから。
西木野真姫として生きる一方で、そうなれたらいいなと憧れてきた。
小さなころから無理だってわかっていたけど、夢に伸ばした手を下ろせていない。
でも、潮時なのかもしれないわね。
私には勇気がない。
本当にしたいことはあっても、その道に踏み出す勇気が私にはないもの。
親の願い、周囲の期待。
それらに背を向けて、自分の夢を追う勇気なんて……私だけじゃなくて、ほとんどの人にないんだと思う。
誰にも期待されなくても、見向きもしてくれないかもしれなくても、応援なんて全然もらえないかもしれなくても、それでも前に進む勇気を持つ人間なんて……ほんの一握りで私は穂乃果くらいしか知らない。
少なくても私には、無理。
一人で頑張り続けるなんて、私にはできないの。
……もう、いいわよね? 夢なら見たんだから。
終わりだと思っていた音楽を三年も余分に続けることができた。
多くの人に私の音楽を届けることができた。素敵な仲間もできた。
本当に嬉しかった。ずっと自分のためだけだった音楽をみんなと一緒に奏でることは私にとって新鮮でそれでいて至上の喜びだった。
けれど、夢は覚める。
卒業、進学という現実を目の前にしていつまでも夢を見続けることはできない。
μ'sの西木野真姫でも、アイドル研究部の西木野真姫でもない。西木野総合病院の娘としての西木野真姫として生きる時が来た。
それだけのこと。
それだけの……こと、なのよ。