私は我がままなんだって思う。

 例えば、音ノ木坂が廃校になるって聞いたとき、私は嫌だった。

 だからスクールアイドルを始めて学校を救おうとした。

 大好きなこの学校を守りたいって思ったから。

 それは私が一番の我がままを通した時かもしれないけど、私の我がままはそれだけじゃない。

 我がままだから、学校の存続が決まってもアイドルを続けた。

 我がままだから、ラブライブの優勝を目指した。

 我がままだから、μ'sの解散を決めた。

 我がままだから、μ'sが解散してもアイドルを続けた。

 ほら、少し思い返してみても私はいつも好き勝手にしてる。

 真姫ちゃんと恋人になったのだってそうだよ。

 我がままだから、大好きな真姫ちゃんともっと一緒にいたかったんだ。

 私は我がまま。

 だから、好きな人が悩んでるなら絶対に力になりたいの。

 

 

(うーん、懐かしいなぁ)

 通いなれた廊下を歩きながら私はそう思っていた。

 半年と少し前まで通ってた場所だもん。今いってる大学なんかよりもよっぽど親近感がわく。

(今の時間なら、屋上かな?)

 時計で放課後になっていることを確認して私はその場所に足を向けようとして

「…ん?」

 足を止めた。

 わずかに聞こえてくるピアノの音。聞き覚えのある旋律。

 それを聞いた瞬間、私は目的地を変えた。

(やっぱり)

 その場所に辿り着くと、ドアの小窓から見える景色に想像通りの姿を発見する。

 私の大好きな真姫ちゃんが、大好きなピアノを弾いている姿。

(そういえば、卒業してからは一回も見せてもらってなかったな)

 一緒に通ってた頃はたまにピアノを弾いてもらってたけど。

 言うまでもなく今日は真姫ちゃんに会いに来たんだからすぐにドアを開けて入っていってもいいんだけど、ちょっとだけ待とう。

 この曲が終わるまでは。

 そう思ってピアノを弾く真姫ちゃんを見つめる。

 自分の世界に入っているのか、私のことにはちっとも気づけないで音を奏で続ける。

 その姿はまるでおとぎ話のお姫様みたいに綺麗で、どこか現実離れしたようにすら感じて。

(……やっぱり、我がままになろう)

 私に改めてそう思わせてくれるの。

 やがて曲が終わると私は

 パチパチパチと大きな音を立てて拍手をした。

「ヴぇぇ!!?」

 その音に気付いた真姫ちゃんが私のことを見つけるとそんな風に驚きの声を上げる。

「やっぱり真姫ちゃんはすごいなぁ。感動しちゃったよ」

 その隙に音楽室の中に入っていって声をかけた。

「な、なんで穂乃果がここにいるのよ」

「んーと、最初は屋上に行こうって思ったんだけど、ピアノの音が聞こえてきたからこっちかなって思って」

「じゃ、じゃなくて、穂乃果はもう部外者でしょ。何勝手に学校に入ってきてるのよ」

「それを言われちゃうと反論しようがないんだけど……」

 それについては我がままだとかじゃ許されないよね。卒業生とはいえ不審者だって言われても文句は言えない状況だし。

 私は誤魔化すためにあははと笑ってから、でもねって続ける。

「真姫ちゃんと話がしたかったから」

「っ、な、何よ。話って。別に昨日だって会ったんだから、何もないでしょ」

 真姫ちゃんはもう困った顔をしてる。頭の回転が速い真姫ちゃんだもん、私が何しに来たかわかってるんだろうな。

「…隣、いい?」

「…………」

 反応に困ってる真姫ちゃんの答えを待たずに私はピアノのイスに並んで座る。

 わざと膝と膝を触れ合わせてから私は

「真姫ちゃんは、音楽続けたいんだよね」

 我がままを口にした。

「………そうよ」

 違うって嘘をつかれるかなって思ってたけど、真姫ちゃんは少し考えた後に頷いてくれた。

「……けど、無理よ」

 それからすぐに諦めの言葉を吐く。

「音楽続けたいわよ。私はピアノが、音楽が大好きだもの。けどね、私はそんなこと言っちゃダメなのよ」

「お医者さんになるから?」

「……そう」

 色のない表情で頷く真姫ちゃんに私は、昨日真姫ちゃんがあの言葉を口にした時と同じように胸が締め付けられるような気分になった。

「……ずっと前から、それこそ生まれた時、ううんそれどころか生まれる前から私はそれを期待されてきたのよ。パパもママも、他の人たちも私が病院を継ぐんだっていうことを疑ってもいないわ。私だってそのためにずっと頑張ってきた。そんな私が、今更他にやりたいことがあるなんて言えるわけないじゃない」

 真姫ちゃんは平然と言っているように見えた。少なくても表面上は。

 けど、その姿が、その平気に見える姿が私を苦しめる。

(……やっぱり、そういう意味なんだ)

 昨日真姫ちゃんが言ってた、【呪い】っていう言葉の意味。

 それは西木野真姫として生まれたこと。それを当たり前に受け止めて何ともない風に振舞おうとする姿は痛々しかった。

「……真姫ちゃんは、それでいいの?」

「いいとか悪いとかじゃない。仕方のないことなのよ」

 仕方のないこと。

 それはそうかもしれない。

 大きなお医者さんの跡取り娘として生まれたその時から、真姫ちゃんにはそのための道が敷かれてた。小さいころから刷り込みのようにその道を歩むことを義務付けられたはず。

 十八年間ずっとその期待を背負わされて生きてきた。それに背を向けて別の道に進むなんて簡単じゃない。

 そのくらい私にだってわかるよ。

 けど

「……仕方のないことなんて、ないよ」

 私はそう言ったの。

「二年前、この学校が廃校になるかもしれないってなったとき色んな人が仕方ないって言った。どうにかしたくてアイドルを始めたけど、そんなことで廃校がどうにかなるわけないって言われたし、ほとんどの人が思ってたって思う。でも、今こうして音ノ木坂はある。仕方ないなんてことはないよ」

 学校のことと、将来のことじゃ単純に比較なんてできないかもしれないけど、不可能なことなんてきっとない。

「それは……穂乃果だからできたのよ」

 真姫ちゃんは変わらずに皮肉めいた表情で言う。

「違うよ。私だって、一人じゃなにもできなかった。みんながいてくれたから前に進めたんだよ。初めてのライブの時だってそう。ことりちゃんが衣装を作ってくれて、海未ちゃんが歌詞を作ってくれて、真姫ちゃんが曲を作ってくれたから私は頑張れたの。みんなに勇気をもらったから私は前に進めたんだよ。だから、今度は私が……」

 真姫ちゃんのことを支えたい。

 って、口にする前に真姫ちゃんは

「………やめて」

 小さく、でも圧するように拒絶の言葉を吐いた。さっきまでのかわすような、やり過ごすような言い方じゃなくて、はっきりと私に対する拒絶を込めた言葉。

「私はもう納得してるのよ。私はそうするしかないって、大体言ったとしたって認めてもらえるわけないじゃない」

「……………」

 そんなのやってみないとわからない。

 そう言いたいけど、そんなことを簡単に言っていいわけじゃないのもわかる。

 わかるから、止まらない。

「そうかもしれない。認めてもらえないかもしれないよ。でも、何にもしないで終わっていいの? このまま音楽をやめて、お医者さんを目指して、お医者さんになって、病院を継いで、本当はやりたいことがあったのにこれでよかったって、仕方なかったんだってずっと生きていくの? 真姫ちゃんは本当にそれで……」

「いいとか、悪いとかじゃないって言ってるでしょ」

「っ………」

「……決まっていることなのよ」

 鋭く私の言葉を遮った後、真姫ちゃんは目を伏せて絞り出すように言った。

(………真姫ちゃん)

 頑なに心を閉ざしている。そうしなきゃ音楽への想いが溢れてしまうから。自分を守る茨を作って人を……私ですら心に踏み込ませない様にしてるってわかる。

(……痛いよ)

 真姫ちゃんの言葉すごく痛い。大好きな人の力になりたいのにこんな風に拒絶をされるのは悲しいこと。

 このまま真姫ちゃんの中に踏み込んでいけば、私も真姫ちゃんも傷つくことになるのかもしれない。

 でも……それでも私は

「決まってなんかないよ」

 真姫ちゃんの心に触れたい。

「真姫ちゃんが勝手に決めてるだけ。一人で全部決めつけちゃってるだけだよ」

「っ!」

「ねぇ、真姫ちゃん。ひとりで閉じこもらないで。そんなのは悲しいよ。傷つきたくないからって、ひとりで全部決めて全部諦めちゃうなんてしないでよ」

「……………」

 そんなこともわかってるんだろうな。本当は言いたかったんだって思う、誰かに相談したかったんだって思う。けど、期待を抱けばその分悲しくなるかもしれないから真姫ちゃんは諦めてきたんだ。

「………うる、さい」

 苦しそうにそう絞り出した。それは私の言葉が真姫ちゃんの心に届いたっていう証拠。真姫ちゃんが閉ざす心の扉の鍵が緩んだ証拠。

 だから

「真姫ちゃん」

 私は、真姫ちゃんの頬に手を添えると。

「んっ………」

 唇を重ねた。

 私の想いを伝えるために、真姫ちゃんの呪いを解くために。

 優しく香る真姫ちゃんの匂いと、暖かな唇の触感。それを感じながら真姫ちゃんの背中に手をまわしてしっかりと抱き寄せた。

「っ……はぁ」

 数秒だったキスを終えると、真姫ちゃんは少しの間惚けてから

「なに、する、のよ……」

 陶然と声を出した。

「私がいるよ」

 笑顔を見せる。

「え?」

「真姫ちゃんは一人じゃないんだよ。私がいつだって側にいる。μ'sのみんなが、真姫ちゃんがそうしてくれたように、私が真姫ちゃんを支えるよ。だから、真姫ちゃん」

 手を握る。力を込めて、私がいるっていうことを伝える。

「音楽を続けよう」

 真姫ちゃんの心の奥に届くように笑って。

「…………け、ど」

「今から音楽の道を目指すなんて大変かもしれない。苦しいことあるかもしれないし、泣いちゃいたくだってなるかもしれない。でも、そんな時はいつでも私が一緒にいるよ」

「………いつでも、なんてそんなことできるわけ、ない……じゃない」

「……かもしれない」

「っ……」

「けど、そんな時でも私を思い出して。私はいつでも真姫ちゃんのことを想うよ。ううん、いつだって真姫ちゃんのところへ飛んでいく。真姫ちゃんをひとりになんかさせない」

 やっぱり我がままを言ってるんだろうな。好きな人に好きなことをして欲しいっていう我がまま。好きな人に後悔のない道を選んでほしいって言う我がまま。

「だから、真姫ちゃんのしたいことをしよう」

 けど、私はそうやって生きてきて今後悔をしてない。

 学校のためにスクールアイドルをはじめて、μ'sを作って、ラブライブに出て、素敵な恋人ができた。

 どれもこれも大切な私の一部。

 そして、きっとのこのわがままも。

「っ……穂乃果…」

 真姫ちゃんの表情と、声が歪む。

「うん」

 真姫ちゃんの心は決まったのかもしれない。分水嶺は超えたのかもしれない。でも、きっと迷いも不安もある。

「もう一人じゃないよ。私がそばにいるから」

 だから、私は真姫ちゃんを安心させるように笑って

「……音楽、続けたいの」

 真姫ちゃんの我がままを受け止めた。

 

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