暖かな風がカーテンを揺らす。
桜の花びらが窓から部屋に舞い散る。
春。
卒業式。
もう式は終わっていて、校舎のいたる所から笑い声やすすり泣く声が聞こえて、卒業式特有の光景が広がっている。
その喧騒から少し離れて私たちは想い出の場所に来ていた。
「改めて卒業おめでとう! 真姫ちゃん」
「……ありがとう」
「あれ? あんまり嬉しそうじゃないね」
「嬉しくないわけじゃないけど……さすがに少しは落ち込むわよ」
「あー……それは、そう、かもね」
あまり卒業式にふさわしくない会話かもしれないけど、それが私の本心。
要は
「まさか私が浪人することになるとなるなんてね」
こういうこと。
結論から言えば、私は音楽の道を認めてもらうことができた。
穂乃果に付き添ってもらいながら、パパとママを説得して私は西木野真姫じゃなくて、私の夢を追うことを認めてもらった。
ただ、さすがにそこから音楽の大学を進むことはできなく一年間みっちり勉強のし直し。
音楽を続けられるのはよかったけど、自分が浪人するなんていうことは想像の外で、進路の決まっていないまま卒業するっていう実感に落ち込みもするわ。
「けど、これでよかったって本当に思っているわよ。穂乃果」
「うん、知ってるよ」
多分私は医者を目指していたら後悔をしていた。本当にこれでいいの? って思い続けて途中で挫折もしていたかもしれない。
不安でもこの道が私の選んだ道。穂乃果と一緒に歩む幸せへと続く道。
私一人でじゃなくて、穂乃果と一緒に決めた私の道。
そのことを噛みしめながら私は熱のこもった瞳を穂乃果に向ける。
「ねぇ、穂乃果」
「うん」
穂乃果は私の想いを受け止めるかのように頷いた。
私がピアノの前に座ると穂乃果も隣にくる。
音ノ木坂での最後の時間をここに選んだのには理由がある。これからすることはその理由の一つ。
最後にこの場所でしようと二人で決めていたこと。
「いくわよ」
鍵盤に指を滑らせてゆったりとした旋律を奏でていく。
しっとりとした曲調に穂乃果の勇気をくれる声が乗る。
もう、しないで……
ひとりで閉じこもるのは 悲しくなるでしょ
これは私と穂乃果が作った歌。
音楽の道を決めた時、穂乃果が一緒に作ろうと提案してきて、穂乃果が歌詞を私が曲を作った二人の初めての作品。
穂乃果が私のためだけに、私のことを想いながら作ってくれた歌詞。
それは私を応援するためのものであり、私への気持ちを表してくれたものでもあり、穂乃果の想いが詰まったもの。
これまで穂乃果が歌ってきた曲とは全然違って、穂乃果らしい曲ではないかもしれない。けれど、私は何よりも穂乃果らしい曲だと思っている。
私に勇気を、未来をくれた穂乃果を現した歌。
ここでこの歌を歌って欲しかった。これから新しい道を歩む私のために。
もうひとりじゃないよ
それがこの歌の題名。
決めたのは穂乃果。
(……ありがとう。穂乃果)
私はひとりだった。
貴女が私を見つけてくれなければずっとひとりのままだった。μ'sに入ることもなく、花陽や凛を初めとした大切な仲間に出会うこともなく、【西木野真姫】として生きるだけだった。
でも、貴女は私を見つけてくれた。私の音楽を見つけてくれた。
ひとりだった私にμ'sという居場所をくれた。夢をくれた。私に、私の音楽をくれた。
いつでも貴女は私に寄り添ってくれた。ひとりにしないでくれた。
だから私は後悔のない道を選ぶことができたのよ。
(……ん)
瞳に熱いものがこみ上げる。
それがとても嬉しくて、私はピアノを弾きながら穂乃果に体を預けて涙を流して、曲を奏でていく。
「もうひとりじゃなくていいー」
数分後、曲が終ると
「真姫ちゃん」
「……穂乃果」
私たちは自然と見つめあい、どちらともなく手を繋ぎ、私はゆっくりと目を閉じた。
(……また、ここから始まるのね)
私たちの始まりはこの場所だった。
出会いも、私たちの関係も、私の夢も。
全部この場所から始まったの。
「大好きだよ、真姫ちゃん」
それを私は愛しい人の声に感じて、再びここから始まる二人の物語へ
「………んっ」
祝福のキスを交わした。