何か特別なきっかけがあったわけじゃないと思う。

 多分、本当はずっと抱え込んでいたんだと思う。

 でもそれは本人にしかわからなかった。

 あたしたちは気づかなかったし、気づこうともしてなかった。

 そんなこと気にする仲じゃないって思えたから。

 ただ、あくまでそれはあたしたちから見ただけで、ゆめの気持ちをゆめの立場で考えてなかったのは間違いなかった。

 

 

 ある休みの昼下がり、あたしと美咲とゆめの三人はあたしの部屋に集まってた。ほとんど毎週することもなく部屋でだらだらしたりするけど、今日は美咲の様子を見に来た美咲の両親からケーキをもらったからゆめを呼び出していた。

 テーブルで三人固まって定番のショートケーキを歓談しながら食べていた。

 そんな最中、

「あ、おねえちゃん。ほっぺにクリームついてるわよ」

 美咲があたしを見てそんなことを言ってきた。

「ん? どこ?」

 あたしは自覚ないままほっぺに手をやるけど正確な場所がわからなくてただ肌をなでるだけ。

「こーこ」

 もどかしさを感じたのか美咲はあたしに寄り添ってきて、あたしの顔に手を伸ばしてきた。

 すると、ほっぺというよりは唇の端あたりを指で掬い取られた。

「あむ。まったくお姉ちゃんなんだからしっかりしなさいよね」

 美咲はクリームのついた指をそのまま口に含んであたしに憎まれ口をたたいてくる。

「美咲が言う場所が悪いんじゃん、つか、勝手にあたしのクリーム取んないでよ」

「なに? あーんでもしてほしかったの?」

「そういうことじゃないっての」

 あたしはなんだか損したような感じを受けながらケーキを食べるのを再開しようとしたけど、そこでさっきのやり取りを黙ってみていたゆめがなんだかなにを考えてるのかはわからないけど力のこもった瞳であたしたちを見てるのに気がついた。

 それと、

「あ、ゆめのほっぺにクリームついてるじゃん」

 さっきのあたし同様にほっぺにクリームがついてるのに気づいたあたしは美咲とは違い親切に指で場所を指摘してあげる。

「……………」

 ただ、なぜかゆめは教えてあげたのにすぐにはクリームをぬぐわなかった。

 なんだか自然についたっていうよりも、自分でつけたように見えなくもない。

「ゆめ?」

 美咲も首をかしげてゆめを見つめる。

「ゆめー? どったの?」

「…………」

 ゆめはまだ動かなくてあたしたちも黙るしかない。これが、クリームじゃなくてご飯粒とかだったらさっき美咲があたしにしたみたいにとってもよかったけどゆめ相手にクリームなんて「甘いもの」をとったりなんかしたらなに言われるがわかったもんじゃない。

「…………」

 あたしたちは二人してこつんと相手に首をかしげてゆめを見つめていると、なんでかゆめはブスっとしながらようやくクリームを拭いさるのだった。

 結局、ゆめの気持ちを察することができないまま、あたしたちはケーキを食べ終えるのだった。

 

 

 ケーキを食べてからはまた適当にだらだらと過ごす。三人でそろってるくせに、あたしたちはばらばらに何かをやることも結構あって、今はそんな時。

 あたしはテーブルで漫画を読んで、美咲とゆめはあたしのベッドなにやら歓談中。でも今のあたしは漫画のほうが大事なのでとくに疎外感を感じることもなく漫画に集中していた。

「っと」

 無言で漫画を読んでいたあたしだったけど、今の巻を読み終えてしまった。

 続刊はある。というか、ちょうど最近読み返したくなってベッドの枕元にまとめておいてある。

「んー」

 すぐそことはいえ、立ち上がるのはおっくう。

「ゆめー、ちょっとそれとってくんない?」

 ベッドには二人ともいるけど、ゆめのほうが枕元に近かったからあたしはそう声をかけた。

「?」

 ゆめは突然指示語だけを言われたせいか、きょとんと首を傾げるだけ。

「……どれ?」

「それだってば、それ」

「……それじゃ、わかんない」

「これでしょ? 彩音」

 そうこうしてるうちに美咲があたしの意図を汲み取って、枕元からあたしが読んでた次の巻を掲げてくれた。

「そ」

「はい」

 無造作に投げられる。

「わっ、っと。急に投げないでよ」

 急なことではあったけどあたしは何とかキャッチすると美咲に文句をいう。

「っていうか、自分でとりにきなさい」

 あたしが怒ってるっていうのに美咲はあきれた声で返してくるだけ。

「……………」

 置いてけぼりにされてるゆめはあたしと美咲を交互に見るとなぜか急にベッドから降りて、ドアに向かっていった。

「およ? ゆめどうしたん? トイレ?」

「……帰る」

「は?」

いきなり飛び出してきたゆめの不可解な言葉にあたしと美咲は目を丸くした。

「どうしたのゆめ? お腹でも痛いの?」

「……つまんない、帰る」

「は!?

 【つまんない】あたしたちといるときにゆめがそんなことを言ってくることは今までなかった。もちろん、冗談でそんなようなこということがなかったわけじゃないけど、これはたまにゆめがするよくわからない冗談なんかじゃなくて本気がこもっているように聞こえた。

「ちょ、ちょっと待ってよゆめ」

 あたしはあまりのことに驚きながらもあわててゆめの腕をとって引きとめた。

「どしたん、なに怒ってるわけ?」

「……怒って、ない」

「いや、怒ってんじゃん」

 ゆめの気配からはあたしたちには感じられる怒気がこもっている。華奢な体から怒りっていうよりも、不満があふれているような気がした。

「ゆめ?」

 美咲も普段とは違うゆめの様子を心配してあたしのとなりにやってくる。

 一緒になってゆめを見つめるけどゆめはあたしに腕をつかまれたまま黙るだけ。

「……とにかく、帰る」

「ゆめってば、どうしたの。話してよ」

「…………」

「ゆめ!?

 あたしの手を振り解いて部屋から出て行くゆめをあたしたちは困惑しながら見つめて、あまりのゆめの不可解さに追いかけることもできなかった。

 

 

「ねぇー、どう思う?」

「んー」

 ゆめの去った部屋であたしたちは顔をみあわせていた。

「さぁ? ゆめがおかしいのは今に始まったことじゃないけど」

「そだけどさー」

あたしは窓の外を覗いてゆめの家の方向を何気なく見つめる。

「まぁ、今回は、ね」

 美咲はテーブルで肘をついてあたしと同じような困惑した声を上げる。

「いきなりつまんないとか言われてもねぇ」

 そのときの状況を考えても、そんな言葉が出てくるようには思えない。

 あたしは漫画を読んでただけだったんだし、ゆめは美咲と話してた。それで、漫画の続きをとってっていったらいきなり帰るって、わけわからないにも程がある。

「美咲と話してるのが嫌だったんじゃないのぉ?」

「なんでそうなるのよ」

「だって、直前まで話してたの美咲なんだし、それ以外考えられなくない?」

「別に、普通に話してただけよ。彩音が漫画とれなんていったから怒ったんじゃないの?」

「確かにゆめは変なことで怒ったりするけど、いくらなんでもそのくらいで怒ったりしないっしょ。やっぱ、美咲が原因なんじゃないの?」

「ありえないわよ。まったく」

「ふぅ……」

 こんなこと言ってるけど、お互いにゆめがどちらかのせいで怒ったとか本気で思ってるわけじゃない。ただ、あまりにも理由がわからないから、とりあえず何でもいいからってでっち上げてるだけ。

「そいや、今日ちょっと変だった、かな?」

 そんな中、少しでも手がかりになりそうなことを思いつく。

「そう?」

「ほら、ケーキ食べてるときもなんかぼけーっとしてて、ほっぺにクリームついてるって教えてもすぐに取んなかったし」

 俊敏なほうじゃないゆめでもいわれればすぐに反応する。まして、甘いもの関連がなおさらなのに。

「まぁ、確かにね。でも、だからって私たちといて怒ったり、つまんないっていう理由にはならなくない?」

「まぁ、ね」

「でも……」

「ん? なんか心当たりでもあんの?」

 美咲が接続詞だけで止めていたからそうおもったんだけど。

「………………さぁ? 知らない」

 美咲はそっぽを向いてしまった。

「あっそ」

 美咲はどうだか知んないけど、あたしにはいくら考えても納得のいく答えが出てくることはない。

 来るときに怒ってたり、あたしたちといるのが嫌って思ってたわけじゃないはず。それならそもそもこないだろうし、ケーキがあるっていったときにはあたしたちには簡単に感じられるほどに目を輝かせていた。

 つまり、まったく心当たりはないけどやっぱりここに来てからゆめがつまんないって思う出来事があったってこと。

「ま、結局ゆめに聞くしかないんじゃないの?」

「そうね。明日、また会うんだしそのときに聞けばいいんじゃない?」

「そうしよっか」

 あたしはその程度に軽く考えていて、ゆめがずっと抱えていた気持ちに気づくことなんてなかった。

 

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