「ねぇ、ぶちょーここはー?」

 放課後のひととき。

 学校の図書館で並んで座る一組の女生徒。

 制服を着ているからこそ高校生とすぐにわかるが、どちらともともすればそうは見えない外見と雰囲気をしている。

 体の発育具合に反し、子供っぽい雰囲気と口調で語りかける香里奈と、実年齢以上に大人びた雰囲気を持つ玲菜。

 どちらとも平均身長を超え二人が並んでいる姿は目立ち、近頃は校内でも噂とされる二人だ。

「……少しは自分で考えたらどうだ」

 そんな噂などは露と知らず、玲菜は小さくため息をつくと手にしていた文庫本を閉じ隣で教科書と問題集を広げる香里奈を覗きこむ。

「考えてるけど、わかんないんだもん」

「ふぅ、どれどれ」

 呆れた様子で香里奈が指をさす問題に目を向ける玲菜。

「これはさっき似たようなことを教えただろう。もう少し自分で考えてみろ」

「むぅ……ぶちょーのケチ」

「…………」

 頬を膨らませる香里奈を無視して玲菜は本へと思考を戻す。

 ここ最近は慣れたやり取り。

 傷のことがばれてから玲菜は意識的に香里奈との時間を増やしていた。

 香里奈だけが玲菜の傷を知らず、一緒にいて気をつかうことも気を使わせることもないという自分本位な理由に落ち込みはするが、そんな自己嫌悪よりも逃避の方が大切で気づけば学校にいる間のほとんどを香里奈と過ごしていた。

「ん……ぁ、こう、かな……」

「声を抑えろ。周りに迷惑だろう」

「はぁい」

 こうして勉強を教えることも多くなったが、こうしていると先輩と後輩というよりも姉か母親にでもなった気分だと思いながら、それは違うかと否定をする。

 いや、というよりも香里奈にとってその立場の人間は他にいる。香里奈にとって絶対の相手が。

「あ、そうだぶちょー」

「しゃべっていないで問題をとけ」

「むぅーそれはするけど、そうじゃなくて」

「なんだというんだ?」

「お姉ちゃんがね、またぶちょーに会いたいって言ったからまたうちに来ない?」

「ふむ……」

 ちょうどその相手のことを考えていた玲菜はその相手に対し多少を想うところもあり

「あぁ、かまわんよ」

 と頷いていた。

 

 

 特に香里奈の姉、茉利奈に用事があったというわけではない。

 自傷行為のことがある以上、何も知らない香里奈との時間を増やしているだけで茉利奈に会いに行くというのはその一環に過ぎない。

 心のどこかでは自分のために香里奈を利用しているのではないかと自己嫌悪にもなるが……

(……悪くない、と考えている自分もいるのだな)

 香里奈との時間は結月といるときとは違う心地いい感情を持つことができる。

 その正体を玲菜はなんとなく察してはいるが認めるには複雑でその感情に目を背けたまま今日も香里奈との時間を過ごしている。

「にしても、本当に仲がいいんだな」

 以前誘われたとおり香里奈の家を訪れた玲菜は、目の前で繰り広げられる姉妹のやり取りにそう感想をもらす。

「え? このくらい普通だよね、お姉ちゃん」

「えぇ、そうね」

 ソファに並んで玲菜の持ってきたケーキを食べる二人は何を当たり前のことを? と言った様子で応える。

「……ふむ」

 簡単にそう答えるがずれているという自覚のある玲菜の目から見てもこの二人が普通でないことは明白だった。

 こうして家に招待されることはすでに幾度か経験したことだが、そのたびに二人のコミュニケーションは姉妹の度を越えていると見える。

 抱き着くことくらいは普通なのか玲菜の目の前でも当然のようにする上、会話の内容も仲の良い姉妹で片付けられないことだ。

 姉妹、というよりは恋人同士のような会話は繰り広げられる。

 たとえば、

「香里奈、ほっぺクリームついてるわよ」

「え?」

「とってあげる」

 と香里奈の頬に手を伸ばすと頬についたクリームを指で掬い

「はい、あーん」

「あーん」

 さも当然のように繰り広げられる胸やけを起こしてしまいそうな光景。

「あ、じゃあお礼にお姉ちゃんにも食べさせてあげるね」

 今度は自分の分のケーキをフォークでとり姉の口元に持っていく。

「ありがと」

「……………」

 玲菜はこうした機微に疎いほうではあるが……

(なんといえばいいのか、こういうのを【お腹いっぱい】というのだろうか)

 若干辟易しながら二人を眺めていると香里奈がその瞳に目ざとく反応し

「ん? ぶちょーもあーんして欲しいの?」

 見当はずれなことを言ってくる。

 その光景を想像し、「いや……」と答えようとするもののその前に、あーんとクリームの乗ったケーキを突き出されてしまった。

「ふむ………」

 ちらりと視線を送るのは行為を強要してくる方でなく、姉の方。

(むぅ……)

 寒気のするような鋭い視線。明らかな嫉妬を感じさせるそれにさすがの玲菜も鼻白む。

 が

「んっ……」

 玲菜は逡巡した後香里奈の差し出したケーキを頬張った。

 傷のことは抜きに香里奈のことは大切にしたいと思っている。

 自分と同じ親のいない環境で育った彼女に妙な親近感を抱いている。もちろん、玲菜と香里奈では親がいないということ自体は同じでもその後については異なるが、それでも香里奈のことは結月相手とはまた異なる庇護欲を感じていた。

「っ……」

 もっともその姉には明確な敵意を持って見つめられてしまっているのだが。

(やれやれ)

 しかも茉利奈の場合どこまでが本気がわからずこの二人との距離の取り方にどう対応すればいいのかと困ってしまうのも本当だった。  

 

香里奈3-2

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