二年後。
二人の関係にはちょっとした進化が訪れた。
高校を卒業した玲菜は大学生となり、結月の家を出て香里奈と同棲をすることとなった。もちろん、そこには姉である茉利奈が一緒ではあるが、二人のことを理解しているおかげで何の支障もなく恋人としての時間を過ごしていた。
「ん、朝、か」
恋人としての夜を過ごした、朝。
玲菜は目を覚ますと隣で安らかな寝顔を見せる恋人の顔を見つめる。
一緒に寝た日の朝には大抵、このように幸せそうな香里奈を眺める。
(……うむ)
この顔を見ているだけで日々の活力がわく。
その気になれば何時間でもこうしていたいところだが現実にはそういうわけにはいかず、玲菜はベッドを出ると朝の身支度を整える。
朝食を作るのは玲菜の役目だ。役目、というほどきっちりとした決まりではないが玲菜が二人に自分の料理を食べて欲しいと考えているため大体は玲菜が作る。
先に起きてくるのは茉利奈の方で、調理の進み具合によっては並んで作ることもある。一通りの準備が終わるころになるとようやく香里奈が目をこすりながら起きてきて、三人での朝食。
「香里奈、そろそろテストだけど勉強の方は大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。玲菜に毎日教わってるもん」
「ふーん。それはいいんけど、昨日教わってたのは別のことじゃないのかしら。随分遅くまで頑張ってたみたいだけど」
『っ………』
姉の言葉に思わず箸が止まる二人。
「……あむ。ん、これおいしいわね」
当の茉利奈は二人のことなど意に介さず朝食を進める。
「……まだ、朝だぞ」
ワンテンポ遅れてようやく玲菜が若干頬を赤らめながら咎めるように言うが、そこに迫力というか威圧感はない。
「別にいいじゃない。貴女たちの仲がいいのはいいことだわ」
「……だから、まだ朝だ。酔っぱらっているわけでもあるまいに」
照れてもいるし、困ってもいるがある程度はなれたやり取りのため、呆れたようにするだけ。
だが
「…………」
「……香里奈、とりあえず食べろ」
まだまだ初心な香里奈は昨晩のことを思い出してしまったのか、顔を真っ赤にしたまま固まっている。
「う、うん」
「ふふ、香里奈ちゃん。可愛い」
「……ちゃかさないでくれ」
照れた姿を可愛く思うのは同じだが。
とは口には出さずになんとも言えない空気になった朝食を進めていった。
朝食を終えると、片づけの途中には香里奈が家を出なければいけない時間となる。もはや日課となっていることだが、香里奈を送り出すために玄関先へと向かう。
「そ、それじゃあ行ってくるね」
「……香里奈、まだ顔が赤いぞ」
「ぅ……だ、だって……だ、大体玲菜がいけないんだよ。私はちゃんと勉強しようっていったのに」
「すまないな。お前があまりにも可愛くて抑えが利かなかった」
「っ……もうっ!」
香里奈は再び顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
朝食の時には茉利奈を咎めた玲菜であったが、あまりに目の前の香里奈が愛おしく思えてしまい、
ちゅ
と、頬に口づける。
「な、なな、なにするの!」
「行ってらっしゃいのちゅーというやつだ。別におかしいことでもないだろう」
それをしたことは初めてではない。ただ、この時はまだ香里奈も余裕を失くしていて頬を赤くするどころか瞳まで潤ませる。
(………ふふふ)
その姿があまりに愛おしい。
「帰ってきた時はおかえりなさいのキスもしてやろう」
「っ……、きょ、今日は玲菜の方が遅いでしょ」
「あぁ、そうだったな、ならお前の方からしてくれ」
「っ……〜〜〜。し、知らない。もう行くからね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
終始笑顔の玲菜がそう言うと、香里奈は怒ったように行ってきますと乱暴にドアを開けて出て行った。
「ふふ」
あまりにくだらないやり取りだ。
しかし、それがたまらなく楽しい。
(……こんな日々が私にもあるんだな)
望めないと思っていた。望んでも手に入らないと思っていた。
当たり前のように幸せを感じられる日々。それが自分の手の中にあることがまだ信じられない。
しかし
確かにある幸せだ。
「………ん」
それを香里奈へと口づけた唇に感じてこの幸せの永遠を願うのだった。