※注 このおまけは本編とは関係ありません。
あくまでこういう可能性もあった程度の認識でお読みください。
香里奈と玲菜がめでたく恋人となった夜。
告白の際にはあえて家を離れていた茉利奈は二人から事の経緯を聞き、二人を祝福しいつもは行かないような高めのレストランで食事をして、今日くらいはと玲菜に泊まることを進め、訪れた深夜。
「………………ふぅ」
二人が香里奈の部屋で寝付いた頃、茉利奈は昼間二人が恋人となった場所で一人アルコールを並べていた。
すでにいくつもの缶が空けられており、茉利奈の顔も赤く、瞳は潤んでいる。
「……んっ」
それでも茉利奈は新しい缶を開け元来得意ではないアルコールを摂取する。
(……酔うってどんな感じなのかしら)
茉利奈はもともと酒を嗜む性格ではない。仕事上の付き合いで飲むこともほとんどなく、家でもめったにない。
だが、今日は飲みたい気分だった。その理由を単純に言葉にはできないが酔いたい気分なのだ。
「随分、飲んでいるんだな」
「っ」
背後から予想していなかった言葉を聞き茉利奈は一瞬ビクつくも隣にやってきた感謝も嫉妬もしている相手に視線を送る。
「香里奈ちゃんはいいの?」
「幸せそうに寝ている」
「寝ててもついててあげなくちゃいけないんじゃないのって言ってるの」
「そうしたいが貴女とも話がしたいからな」
「あら? いきなり浮気。褒められないわよ。そういうの」
「そうじゃない。貴女にも感謝を伝えたくてな。多分、貴女がいなかったら私たちはこうはなれていなかっただろう。ありがとう」
「……………」
茉利奈は玲菜の言葉をどこか呆れながら聞く。バカにしているわけではない。こうやって「たらし」のようなことが言えるところがあまりに面白くて。
「……感謝されるようなことじゃないわ。自分のためにしたことだから」
「自分のため?」
「そう。いつまでも香里奈ちゃんがいたら私は私のために生きられない。だから香里奈ちゃんを任せられる様な相手が欲しかっただけよ」
なぜかそう自分を貶める。玲菜の前で心の隙を見せたくなくて、だが今回は相手が悪い。玲菜も相手のために自分を卑下することが常で、その姿を見抜かれてしまったから。
「素直じゃないな。貴女がそんな人じゃないことはわかっているさ、誰よりも香里奈を思っていることは知っている」
「………………」
自分の心を見透かされた茉利奈は無言で手にしていた缶に残っていたビールを飲み干す。
「っ………」
ほとんど一気飲みに近い状態で胸やけしてしまい顔をしかめる。
「大丈夫、なのか?」
「……………さてね」
皮肉めいた笑いをこぼしながら茉利奈は次の缶を開ける。
「貴女も飲む?」
熱に浮かされたようなトロンとした瞳で玲菜を見つめる。その瞳は熱く潤んでいながらも、どこか寒気を感じさせる。
「……私は未成年だが」
「あは、そうだった。なんとなく年下って感じがしないのよね貴女って」
「褒めているのかけなされているのかわからないな」
「褒めてるのよ」
玲菜は茉利奈の様子がどこかおかしいことに気づくが、渦中の人間でなければ茉利奈の気持ちはおそらく理解できないだろう。
「……けど、私はこれからどうしたらいいのかしらね」
「どう、とは?」
「……ずっと香里奈ちゃんのために生きてきたの。両親が死んでから……ずっと香里奈ちゃんを守らなきゃってそのためだけに生きてきた。でも……今、香里奈ちゃんが、貴女のものになって私は安心もしたけど、それ以上にどうすればいいのかわからないなって思ってるの」
ずっと香里奈のために生きてきた。その香里奈を幸せにできる誰かに託すこともまた生きる目的の一つであったが、それがなくなったことで茉利奈は目的を失ってしまった。
その空虚な気持ちは想像してたよりもずっと大きく、これから先この気持ちを抱えていく恐怖に怯えて今こうしてなれないアルコールを取っているのだ。
「こういう時、自分のために生きればいいとかよく言うけど……私には多分無理」
「……………」
玲菜にはかけるべき言葉が見つからない。本当に茉利奈が香里奈を想い、そのために生きてきたことはわかっている。わかるからこそ、慰める言葉など見つからない。
それでもその恐怖を迎えることがわかっていても自分と恋人のために行動を起こしてくれた茉利奈に何かをしたくて
「………茉利奈」
玲菜は茉利奈のことを抱き寄せていた。
「貴女は一人ではない。香里奈だけではなく、私も貴女のことを支える。だから、そんな悲しいことを言わないでくれ」
自分を否定することの意味を誰よりも知る玲菜はそう言って茉利奈を慰めようとする。
茉利奈の気持ちなど考えずに。
「………………………あは、ほんとう、香里奈ちゃんが心配」
茉利奈は玲菜の柔らかさと暖かさを感じながら自分が分水嶺にいることを察していた。この気持ちを向けてはいけない方向へ向けてしまえば戻れない。
「なぜ香里奈の名が出てくるんだ」
「そうやって色んな子をその気にさせちゃうんじゃないかって」
「な、何を知っている私などのことを好きになってくれる相手などそうそういないさ」
「そんなことはないわ」
(お酒なんて飲まなければよかった)
胸に抱き寄せらながら上目づかいに玲菜を見る茉利奈はそう思っていた。
酔っているせいと言い訳できてしまうから。
「……だって……」
一人で生きてきた。誰の助けも借りず、ただ妹を幸せにするためだけに。その人生に不安はあったし、寂しくもあった。
玲菜はその中で唯一心を許せた相手。自分と同じ傷を持ち、心を偽らずに接することのできる相手。
「……私だって……貴女のことが」
それでも好きというわけではなかったのかもしれない。惹かれていたことは間違いないが、姉という自意識が意識的に玲菜への気持ちを歪めていた。
しかし心にぽっかりと穴が空いてしまったところに一番いてもらいたいと思った相手が、やってきて……優しい言葉をかけられ、抱きしめてももらってしまったら……
(甘えたくなっちゃうじゃない)
泣きそうな心でそれを思いながら茉利奈は
ドサ。
「……好きなの」
玲菜をソファに押し倒し言ってはならないことを言っていた。
「っ……な、なに……っ」
状況も飲み込めず動揺する玲菜に更なる衝撃が襲う。
「っ……!!?」
アルコールの味と匂いのする口づけ。
「………好きよ、玲菜」
「っ……じょう、だんは……」
「冗談じゃない。私も貴女が好き………言っちゃいけないってわかってる。でも……抑えられない」
「…………」
熱情のこもった瞳はとても嘘をついているようには見えない。
「………嫌なら、突き飛ばしてもいいのよ」
言いながら再び口づけを迫る茉利奈。
それができないことを確信しながら、抑えていた劣情を玲菜へと向ける。
「まり………っ」
そして香里奈とすらしていない二度目のキスを受け入れてしまうのだった。