私は嘘をついてる。

 嘘と一口にいっても世の中にはいろんな嘘がある。その中にはついていい嘘や、仕方のない嘘もある。

 しかし、それは対人関係に必要な冗談の類だったり、相手のためにあえて嘘をついたりするものだから、ついてもいいし、許されもする。

 私がついている嘘は、ついてはいけない嘘。

 許されない嘘。

 結花に嘘ついて、菜柚ちゃんとの関係を保って。

 菜柚ちゃんに嘘ついて、結花との関係を保って。

 私は二人に嘘をついている。

 悪いこと、いけないことだってわかってる。

 わかっていても、私は嘘をつき続ける。

 結花のために。

 菜柚ちゃんのために。

 そして、なにより。

 

 私の、ために。

 

 

 四月も終盤。

 進級、クラス替え、いきなりの実力テストと一気呵成とあった行事も一段落して、新しいクラスや、新しい環境にも慣れてくる頃。

 そして、目の前に連休が控えてるとなれば嫌でも気分は高まってくる。

「さて、と」

 放課後の教室で私は帰りの支度を終えると、軽く呟いた。

 新しくなったクラスは、結花こそ一緒じゃないけど仲のいい子ともそこそこ同じになれて悪くはないほう。

 結花なんて「他の人なんかより美貴がいないだけで最悪だよ」なんていう、嬉しくも恥ずかしいセリフをくれたけど、今の私にはこの状態のほうが都合よかった。

 結花はお昼を大体自分のクラスで食べるから、結花に気づかれることなく一年生の階にいって菜柚ちゃんに会えることが出来るし、結花とだって会おうと思えば昼休み以外の短い休み時間にも会える。

 今の私には二人ともすぐ側にいないっていう距離が一番ありがたかった。

「美貴ー、帰ろー」

 鞄を閉めて、席から離れようとすると教室の入り口から結花が少し大きな声で私を呼んだ。

 私は机の合間を抜けていってすぐに結花のところに向かう。

「どうしかしたの? わざわざ教室に迎えに来るなんて珍しい」

「最近、美貴がたまに気づくと帰ちゃってるから迎えに来たの」

「あ、うん。ごめん……その……新しく仲良くなった子とかと寄り道したり、してるから」

 これは一応、嘘じゃない。今のクラスで新しく友達になった子と帰り際に遊びにいったりしたことのあるのは本当。実際は結花と帰らない日のほとんどは菜柚ちゃんと帰ってるけど、それにしたって二年で新しく仲良くなってっていっても嘘にはならない。

 言い訳に過ぎないなんてわかってるけど。

「そうなんだ。まぁ、しょうがないよね。私もたまにそういうことあるし」

 結花は疑いのない眼で、私を見てくる。その瞳に心をチクリと痛ませながら「……うん」と返して、結花の顔を見ないように先に歩き出した。

「あ、それで今日はちょっと話したいことがあったの」

 結花もすぐにそれについてきて来た目的を話し始める。

「何?」

「ほら、もうすぐゴールデンウィークでしょ? だから……」

「美貴さーーん」

 結花が用件を伝えようとするとそれを遮るかのように、後ろから甲高い声と、小走りに廊下を走る音が聞こえてきた。

「菜柚ちゃん!?

 振り返ると、少し息を切らせながら私のところへ向ってくる菜柚ちゃんの姿があった。

「…………」

 結花もそれを見とめると、若干つまらなそうに目を向ける。

 結花は、私ほどじゃないけど小さい頃菜柚ちゃんと一緒に遊んだことは結構あるし、この学校でも私と一緒に何度か話している。けど、その都度結花があまりいい顔をしないので、こういう場面になると私はハラハラしてしょうがない。

「よかった、まだいたんですね……」

「どうしたの? 二年の階に来るなんて?」

 今さっきの結花と同じような応答をして、菜柚ちゃんを迎える。

「あ、あの……」

 菜柚ちゃんはチャームポイントでもあり、トレードマークでもある真紅のリボンを揺らしながら息を整える。

 今さらだけど、見た目の活発さに比べて体力はないみたい。

「菜柚ちゃん、ゆっくりでいいから、落ち着いて」

「は、はい……」

 優しく声をかけてあげると菜柚ちゃんはすぅーっと呼吸をした。

「話したいことがあるんです」

「なに? 大事なこと?」

「えと…………はい。大事な話です」

「場所、変えたほうがいい?」

「あの、できたら、一緒に帰って欲しいんですけど」

「あ、でも…………」

 私は、会話に参加していない結花をちらりと省みた。

「……いいよ。気にしなくて」

 結花は私の視線に気づくと、憮然としながらそういった。

 年上としての菜柚ちゃんへの見栄なのか、私への信頼、余裕なのか、菜柚ちゃんと三人で話をするときはこうやって結花が遠慮することが多い。

「そうですか? やった、お姉ちゃん、いこっ」

 菜柚ちゃんは結花の言葉を聞くやいなや猫なで声にそういって私の腕を取って自分の胸に押し当ててきた。

「おねえ、ちゃん……?」

 結花は小声で呟いていたけど、私はいきなりの菜柚ちゃんの感触に動揺してしまってそれを耳にすることはなかった。

「な、菜柚ちゃん!? ちょ、ちょっと……結花、ごめん、夜連絡するから!

 私は大きな声で結花に呼びかけると、そのまま引きずられるように階段へと向かっていった。

 怒りを抑え不審な目をする結花に気づくことなく。

 

 

 平凡な住宅街を今日は菜柚ちゃんと一緒に帰る。去年はほぼ毎日結花と帰っていたけど、進級してからは二対一くらいの割合で菜柚ちゃんとも帰っている。

「菜柚ちゃん、学校じゃ二人のとき以外お姉ちゃんって呼ばないって約束したでしょ」

 周りを気にすることなく腕を絡めてくる菜柚ちゃんを私は少し強い口調で諭す。

「だって、なんだか結花さん、お姉ちゃんのこと変な目でみてくるんだもん」

 そういって菜柚ちゃんはふくれっつらになった。昔からだけど私の前だところころとすぐ表情を変えて、とても愛らしい。

 それを素直に感じられない自分がいることをわかっていながら、それをさせているのも私。そして、それを望んでいるのも。

「変な目って……と、とにかくこれからは気をつけてね」

 気づかれてないよ、ね? 

私と結花の関係に。

「はーい」

「それより、大事な話ってなに?」

「あ、そうそう。お姉ちゃんゴールデンウィークって予定もうある?」

「別にないけど?」

「じゃあ、映画見に行かない? 見たい映画があるの」

「いいけど、それが『大事な話』なの?」

 わざわざいつもはあんまり寄り付かない二年生の教室までくるからどんなことかと思っていたら、なんだか拍子抜けしてしまう。

「大事だよ。お姉ちゃんとのデートの約束だもん」

 菜柚ちゃんは腕だけじゃなく体ごとグイっと密着させてくる。結花のときもそうだったけど、道端でこんなことやられるとどうにも恥ずかしくなって口元が緩んでしまう。

 あと、歩きづらい。

「で、デートって……」

 そういえば、年度初めは色々忙しくて菜柚ちゃんと二人きりで出かけたことはなかった。それに結花とは二人きりでどこかに出かけても、それは当たり前すぎて『デート』っていう気分じゃなかった。

 だから、改めてデートだなんてはっきりといわれてると、意識してしまう。

 それにしても結花といい菜柚ちゃんといい、二人とも好意を素直にぶつけてくるからその度に私はいちいち赤面してしまう。

「それでね、五月の三日でいいかな? 前半の連休は親の実家にいかなきゃいけないから」

「わかった。空けておくわ」

「ありがとう、お姉ちゃん。楽しみにしてるね」

 満面の笑顔。菜柚ちゃんの可愛さを余すことなく伝えてくれるこの笑顔を見るのは大好きだった。

 この笑顔のために結花に嘘をついて、菜柚ちゃんとの関係を続ける。

 いけないことなのに、それが、その背徳感が私をさらに新たな嘘を誘う。

 そうこうしてる内に、菜柚ちゃんと別れる場所まできてしまった。

「お姉ちゃん……」

「うん……」

 菜柚ちゃんはこの場所に来るとたまにだけどこんな風な甘えた声を出す。私も頷くと、菜柚ちゃんは目をつぶった。

 私は軽く菜柚ちゃんの肩を抱いて引き寄せるとくちびるを重ねた。

「んっ……〜〜……あふぅ……」

 数秒にも満たない短いキス。

「えへへ、じゃあお姉ちゃん、またね」

 キスが終ると、菜柚ちゃんは嬉しそうにリボンを揺らしながら去っていった。

「うん、バイバイ」

 私も菜柚ちゃんの後ろ姿に言葉を送ると自分の道に歩を進めた。

 この約束がとんでもないことを招くなんて考えもせず、菜柚ちゃんとの初デートに浮かれまぬけな心のまま帰って行くのだった。

 

 

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