嘘なんていうものはいつかばれるもの。

だって嘘に嘘を重ねていけば、そこに必ず矛盾や、綻びが生まれて、嘘をつかれた人はその違和感に徐々に気づいていく。

 多分、そこに例外はない。

 一度生まれたひずみはどんどん歪みを増し、目に見えるものに、感じられるものになっていく。

 それに気づくのは難しいことじゃない。

 まして、お互いのことを知り尽くしていれば、それはなおさらだった……

 

 

 トゥルルル。

機械的な電子音が耳に響いてくる。

ベッドに座って携帯をかけながら、私はお風呂上りの髪を整える。

ピッ。

携帯を手元に置いていたのか、呼び出しのコール二回目で相手は出てくれた。

「あ、結花。今大丈夫?」

「うん、平気、平気。やっとかけてきてくれたね。待ちくたびれちゃったよ」

「ごめん、ごめん、ちょっと本読んでて」

 私が苦笑して答えると結花も同じように苦笑した。

「ふふ、そんなことだろうって思った。美貴がこの時間に電話するときはいつもそうだもんね」

「結花こそ待ってる間、ゲームか漫画してたんでしょ?」

「あたり〜」

 携帯から聞こえてくる、結花の陽気な声。おそらく、今結花は私と同じようにベッドの縁に座ってゲームをしている。漫画なら、タイトルやどんな内容かくらいは言うけど、ゲームだと私が全然わからないからそれに関しては何もいわない。

 電話なんていう声だけしか相手の情報を得る手段のないものでも結花が部屋で何をしてるか、大体はわかる。

「美貴は、お風呂上りだよね?」

 それは結花も同じであっさりと言い当てた。多分、それだけじゃなくて結花は私が空いてるほうの手で髪をクルクルと遊び半分に巻いてるのもわかっていると思う。

 私は結花のことを何でもわかるし、結花も私のことは何でもわかってる。

「正解。それで、帰りのときいってた話ってなんなの?」

「わっと、いきなり本題だね。もう少しおしゃべりしてからでもいいのに」

「雑談なら後でもできるでしょ」

「はいはい。あのさぁ、ゴールデンウィークなんだけど、三日にどこかに出かけない?」

「え…と…三日……?」

 思わず、携帯を握る腕が緊張で震えた。

「うん、買い物とか。うちとか美貴の家いってもいいけど」

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 私はそういって携帯を耳から外した。

 どうしよう。菜柚ちゃんとの「デート」の約束があるから、菜柚ちゃんの名前は出さないでも約束があるっていって断るのは簡単。結花だって誰となんて聞いてこないと思う。

 でも、バレンタインの時から今まで結花のこうした誘いを断ったことはない。

 それに、意識したことはなくてもこれって「デート」の誘いよね。結花からの「デート」断るのは、やっぱり気が引ける。

 私は電話向こうの結花へのポーズのため、わざと物音を立てながら手帳でも探してる振りをする。

(…………………)

 無意識に、夕方の菜柚ちゃんの笑顔を思い出していた。

 し、しかたないわよね。先に約束したのは菜柚ちゃんなんだし。

「あ、ごめん結花。三日は、その、先約があって……次の日なら大丈夫だけど」

 私は自分の中の葛藤を露ほどにも出さずに言ってのけた。

「先約……? まさか、あの子じゃないよね?」

「あ、あの子って……?」

「菜柚ちゃん」

「まさか、何で私が菜柚ちゃんと出かけるのよ?」

 本当は、すごく動揺してるのにこんなことを平然と言える自分がいることに驚く。

「ふぅん……? 違うのならいいけど。ま、詳しくは明日学校で会ったときでいいや。あ、そういえば……」

 用件を伝えた結花は、早速「おしゃべり」を始める。

 学校のことやテレビのこと、どこがで見たニュースのこと、そのほとんどがどうでもいいことではあるけど、結花と話してるとそんなことでも自然と笑いがこぼれちゃうから不思議。

「わっ、もうこんな時間」

「ん? そろそろやめる?」

「そだね、まだお風呂入ってないし。じゃ、美貴おやすみ」

「おやすみ」

 ピッ。

 通話を打ち切って用の済んだ携帯を机の上の充電器を差し込む。

「さて、と。私はもう寝ようかな」

 しっとりしていた髪もすっかり乾いたし、予習も終っているから特にやることはない。

 私は、まだ自信のない時間割を確認すると明日用に鞄の中身を入れ換える。

 結花は、お風呂っていってたっけ。じゃあ今頃歯を磨いてるところかな。

 結花はお風呂に入る前に歯を磨くのが習慣、その後お風呂から出たら体の火照りが収まるまで漫画か、小説を読んでベッドに入る。

 そう、私は結花のことをなんでもわかるし、結花は私のことをなんでもわかる。

何かがいつもと違ければ、結花がそれを感じ取ってしまうなんて、そんなこと当たり前だったのかもしれない。

 

 

 

 菜柚ちゃんとの初デートの日。菜柚ちゃんと向かったのは最寄り駅から電車で三十分ほどのところ。駅ビルの中にある映画館はさすがに連休中ということもあってかなりの人でごった返していた。

「ねぇ、菜柚ちゃん、他にも席空いてたのになんでこんな端で、しかも狭いところになんて座るの?」

 菜柚ちゃんに引かれるままに入った室内もかなりの人がいたけど、私たちは前の上映が終った直後に入ったので、座るところはどこでも選べた。けど、何故か菜柚ちゃんは見易い真ん中の席じゃなくて、ほとんど先頭で角度のある端の席を選んで座った。

「だって、ここならお姉ちゃんと私二人っきりになれるもん」

 なるほど、今のこの席は列で二つしか席がなく前後に人はきても左右に人がくることはない。ちゃんとした二人きりではないけど、他の席よりはるかに他人の干渉を受けないところだ。

 私も映画というよりは菜柚ちゃんといられることが嬉しいのでこっちの方がいいかもしれない。

 まぁ、隣の菜柚ちゃんは映画のほうも楽しみみたいでさっきから待ってる間に買った映画のパンフレットを楽しそうに見ている。

「あっ! つぅ……」

 そんな菜柚ちゃんを眺めていると、いきなり鋭い声を上げた。

「どうしたの?」

「あ、ちょっとパンフレットで、指きっちゃって」

 菜柚ちゃんは痛そうに指を押さえた。

 私も覗き込むと右手の人差し指に、細い一本の筋があってそこから赤い血が滲んでいるのが見えた。見てて、結構痛々しい。

「菜柚ちゃん」

「お姉ちゃん?」

 私が手をとってそれを口元に持っていくと、菜柚ちゃんは私の意図がわからないのか困惑した顔を浮かべて私の顔をみた。

 そんな菜柚ちゃんをよそに私は、そのまま菜柚ちゃんの人差し指を口に含んだ。

「あ、んっ……おねえちゃん……」

 傷口を軽く舐めて、時折吸いながら、傷口を優しくいたわってあげる。

 そこからはしょっぱいような、甘酸っぱいような血独特の味がする。

 菜柚ちゃんの、味……

「や……お姉ちゃん……くすぐったいよ……」

 ちゅぽん、と音を立てて菜柚ちゃんの指を離し、すぐにポシェットから絆創膏を取り出すと、傷口に貼ってあげた。

「はい、舐めるくらいじゃあんまり消毒にならないかもしれないけど、ないよりましだものね」

「う、うん、ありがとう、お姉ちゃん」

 ほうっっとうっとりとした様子でお礼を述べると、菜柚ちゃんは頬を朱に染めて私に体を寄せてきた。

「……お姉ちゃんも指、血がでてるよ」

「え?」

 いわれて指先を見てみる。そこには、確かに赤いものがついてるけど、でもこれは

「あぁ、これは、ルージュよ」

 さっき菜柚ちゃんの指を舐めるとき、菜柚ちゃんの手を取るために自分の指も口元にもっていったからそのときに少しついてしまったらしい。

 ふき取ろうと、ハンカチを探していると菜柚ちゃんにその手を掴まれた。

「お姉ちゃん、私が……綺麗にしてあげるね」

 菜柚ちゃんは情熱的に潤ませた瞳を浮かべると、両手で私の手を取った。

「え? ちょっと菜柚ちゃん……? ぁ……」

 駄目ともうんとも言わせずに、ルージュがついた人差し指だけじゃなく、中指まで一緒に菜柚ちゃんの小さな口に導かれた。

 ブ――――!!

 同時にブザーがして、館内が暗くなる。

「チュ……チュブ……」

 舌の生暖かさと、特有のざらついた感触、口内に含まれるとそれが一層強く感じられる。

「……ぁ……んぅ……菜柚、ちゃん」

「ピチュ……くちゅ、おねえひゃん……ちゅる……どう……?」

 菜柚ちゃんはルージュのついた箇所なんて関係ないしに二本の指を舌先で弄ぶように執拗に舐めてくる。

 二つの指を分けて片方だけを丹念に舐めたり、両方の指を舐めながら甘噛みをしたり、熱のこもった舌の裏側押し込めて、爪先や第一関節を攻めたり。

「ど、どうって……んっ! な、ゆちゃん……だ、だめ……あふぅ……っ!

 やだ、わたッ…し、変な、感じが、する。

 菜柚ちゃんの舌があったかくて、ぬめってしてて、ざらっとした舌触りが、妙に心地よくて。

「うぅ、む……ちゅ。はぁ、ん……ぢゅぷ……じゅる……」

 周りに聞こえるかもしれないなんてことを意識してかせずか、菜柚ちゃんは舌を妖しく動かし続けて、私に未知の感覚の波を送り続ける。

 すでにスクリーンには画面が映し出されて、映画の予告が始まっているので音が周りに聞こえることはないと思うけど、もしかしたら聞こえるかもと考えるだけで一層この感覚が強まる気がした。

「おねえひゃん……」

 菜柚ちゃんに「お姉ちゃん」と私のことを呼ばれるたび、背筋にゾクゾクとした感触が走る。

 なに、これ……こんなの、わたし…

 冷静になれば少し無理にでも腕を引いて、逃れることができるかもしれないけど、菜柚ちゃんの舌から伝わってくる感覚が私の心を捕らえて離さない。

 いつしか私の強張っていた体の力は抜けて、菜柚ちゃんの舌の動きを黙って受けいれて、ううん、求めていた。

「ぅん、はぁ……ちゅぱ……」

 どれほど続いていたか、頭の中が蕩けていてはっきりしないけど、気づくと指への愛撫がやんだ。

「はい……お姉ちゃん、綺麗になったよ」

 館内はスクリーンからのけたたましい音でうるさいはずなのに菜柚ちゃんの声ははっきりと聞こえる。

「……あふぅ」

 私はぼんやりとした頭で解放された指先を見つめるとそのまま、奈柚ちゃんの唾液でテラテラと怪しく輝きを放つそれを舐めとった。

 

 

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