「……うーん」
絵梨子は煩悶としていた。
またときなに遊ばれてしまった買い物から、一緒に食事の準備をして、楽しい夕食を過ごして、テレビを見てときなが真面目に今日のノルマだったという勉強を見て、夜も更けてきたころ
「今日、お風呂先にいいですか?」
「あ、えぇ。どうぞ」
「ありがとうございます」
そういってときなが着替えを持って脱衣所へ向かおうとしたところまではこの一週間したような会話だった。
だが、最後に
「先生のリクエストに答えるためにも、ちゃんと綺麗にしておきますから安心してくださいね」
「へ………?」
あんな風に言われてお風呂にいかれては絵梨子のほうとしてはまぬけな声を返すしかなかった。
「あれ、ってどういう意味だろ」
そして、ベッドに寄りかかりながらときなの言葉の意味をさぐる。
(私のリクエストって……あれ、のことなのかな……?)
ついときなを食べたいって言ってしまったこと。
あれ自体は当然ながらいい間違いに過ぎず、決して本気ではなかったのだが、まったくそういうつもりがなかったかと言えば……
(……だって、ときなってキスとかは結構甘いし、妙な挑発はしてくることとか多いけど……それ以上ってめったにさせてくれないもん)
それは当たり前といえば当たり前、ときなは寮暮らしで、外泊をするということは基本的に許されない。今こうしていることだって、寮にばれればかなりの問題になる。それはときなと絵梨子が教師と生徒の関係であることと関係なしにだ。
だから、こうしていられることはすごく貴重な時間だった。学校で見るときなや、休日に見るときなのことは誰よりも知っているつもりでも、一緒に住むことでしか見れないときなを一週間も見ることができる。
(でも、ときなの寝顔ってほんと可愛いなぁ)
毎夜見るその姿を思い出して、絵梨子はにへらっとだらしなく頬を緩める。
いつも遅くまで話すのはもちろんだが、絵梨子は毎晩毎晩ときなが寝てからその姿を見つめている。
無防備に寝てくれることや、たまにもらす色っぽい吐息に、寝てるときに見ると妙に魅力的に見える鎖骨から胸元にかけての部分。
どれもがたまらなくて、いつもいつも遅くまで眺めては朝になるとときなに呆れたように起こされる。
それはとてつもない幸せではあるのだが。
(けど、私たちは付き合ってるんだし………たまには)
ときなの気持ちがもっと欲しくなる。そんな時だってあるのだ。
「はぁ……」
なんとなく出てしまったため息、さらに床を指でなぞる姿はまるで子供のようだ。
「人が戻ってきた途端にため息なんて、いい度胸ですね」
「へ!?」
まず、いつのまにかお風呂から出てきていたときなの声に驚いて、その次にときなの姿に言葉を失う。
絵梨子はもともとときなのお風呂上りは好きだった。
ときなのトレードマークでもある長い髪がしっとりと水分を持ち、肌に優しく張り付いているところや、お風呂上りのシャンプーの匂いは同じものを使っているはずなのにときなからっていうだけですごく誘惑的でそれだけでも生唾を飲み込んでしまうほど。
しかし、今はそれ以上に
「と、ときな、そ、その格好、は……?」
あまりの衝撃に生唾を飲み込むどころかあいた口がふさがらない絵梨子は頭では混乱しながらもときなの姿に釘付けだった。
「ふふ、どうかしました?」
ときなはそんな絵梨子の視線に対し、バスタオル姿のまま挑発的な笑みを返す。
「ど、どうかしましたかって………」
驚いている様子は見せながらも絵梨子はしっかりと上から下へ、下から上へとときなの姿を瞳に焼き付ける。
いつものお風呂上りよりも、少し水っぽい肌と髪。バスタオルは体を覆ってはいるけれど、細く抱きしめたくなるような肩はもちろん、素足からふともものほとんどが出ている目を奪われないほうが無理といいたくなるような脚。
しかも、拭き残しなのかところどころに肌に雫が残っているのがまた絵梨子の理性を刺激した。
「な、なんでそんな格好して、るの?」
「さぁ? どうしてだと思いますか?」
またもやときなは挑発的な笑みを浮かべて、絵梨子へと近づいていった。座っている絵梨子にかがむが、その脚の動きや迫る胸元に絵梨子の理性は崩壊へ向かう。
「え、えーと、ぱ、パジャマ忘れて言っちゃったから?」
「着替え持って行くのは先生も見てたじゃないですか」
「じゃ、じゃあ……」
当たり障りのない答えを探す絵梨子だったが、動悸が激しくなりもはやそれどころではない。
「あーあ、パジャマなんか着たら熱くなっちゃうかもって思ってこうしたけど、バスタオルって意外に熱いですね」
絵梨子がそうしている間にもときなは自分で勝手に話を進めていき
「……とってくれませんか?」
「へ!?」
絵梨子にひどく調子の外れた声を出させる。
「やっぱり、自分からっていうのは恥ずかしいですし。先生にされるのは悪くないかなって」
そういってときなはバスタオルの端をめくると、絵梨子のほうへ向けた。
すでに呑まれてしまっている絵梨子はそれを受け取ってしまい
「せんせ、お願いします」
「う、うん……」
ときなに導かれるようにその手に力を込めて、ときなのバスタオルを剥ぎ取ってしまった。
「あ……」
そこで絵梨子が見たものは
「残念。下着は付けてました」
下着姿のときなだった。
白にほんのりピンクが混じったような色の上下の下着をつけるときなはお風呂上りということもあいまりすごく魅力的な存在ではあるが、想像していたものとは異なり、絵梨子はなんともいえない気持ちになった。
「ふふ、ドキドキしました?」
ときなはそんな絵梨子の反応が予想通りだったのか、満足げに微笑む。
「っ〜〜」
「にしても、先生反応しすぎですよ。高校生じゃないんですから」
「だ、だって、ときなが。と、というかそもそもね」
またしても、ときなに遊ばれてしまったと思う絵梨子はちょっとだけむっときて、ときなへと珍しく強い口調になる。
「うら若い乙女がそんな風にするものじゃないの。もう少し恥じらいってものを……」
「先生がこういうの好きかなって思ってしてみたんですけど。……思った以上に反応してましたし」
「う……だ、だとしてもね。やっぱりそんなことはしちゃだめ。もう、そんなんじゃ何されても文句言えないわよ」
少し説教くさくなってしまうのは職業病というものなのだろうか。
絵梨子は立ち上がると、逆にベッドへと腰掛けたときなに毅然として立ち向かった。
つもりだったが。
「ふーん。何するって言うんですか?」
「何って」
一応これでも絵梨子は真面目に言っているつもりだった。ときなにとって自分は特別だからというのはわかっているが、自分は年上なのだという自覚が少しだけ絵梨子をムキにさせて
「こ、こういうことよ」
ときなをベッドへと押し倒した。
ドサっと音を立たて、ベッドに倒れこんだ二人。
絵梨子はそのまますばやくときなの唇を奪うつもりだったが。
「っ!?」
それよりも先に絵梨子の唇には別のものが当たっていた。
「だーめ」
それはときなのひとさし指だった。まるで絵梨子がこうするのをわかっていたかのように、絵梨子の柔らかな唇に当てて、その動きを制止させる。
「先生もちゃんとお風呂入ってからです。それまでおあづけですよ」