実はときなはお昼寝というのをあまりしないタイプだった。
特に休みの日などはその傾向が特に顕著で、前日つい夜更かしをしてしまったとかでもめったにお昼寝をすることはない。
それは、単純にせっかくの休みに時間を無駄にしている気になるということでもあるが、一番の理由は、なんとなく寂しい気分になってしまうからだ。
特にそれが夕陽に照らされた誰もいない部屋だったりなんかした日には本当にたまらない気分になってしまう。
確かにそんなことを思っているはずなのにときなはこの日、躊躇なく絵梨子のベッドで寝入っていた。
「ん、……んん」
寝入るときには絵梨子の香りに包まれてと、気分が高揚していたからそれほど気にならなかったかもしれないが、もしかしたら起きたときには、いつもみたいになる可能性もあったかもしれない。
ただ、
「あ、起きた?」
「せ、んせい?」
ぼやけた視界の中に優しさと安寧をもたらしてくれる相手を見つけて、寂しさどころか胸を暖かな気持ちで満たすのだった。
しかし、それも束の間
「っ!?」
ベッドの隣に絵梨子がいるという現状を認識したときなは朝、絵梨子がそうしたようにベッドに飛び起きた。
「おはよ。ときな」
絵梨子はそんなときなにあわせるかのように体を起こすと、嬉しそうに挨拶をする。
「おはよう、ございます」
対して、ときなは顔をそらしながらどこか気まずそうにしていた。
昼寝をしていたということ絵梨子がとがめるわけはないし、勝手にベッドを使ったことに文句を言うわけもない。
だが、寝起きでも冷静なときなは、絵梨子にベッドで寝ているところを見られてしまったということが思いの外まずいと思ってしまっていた。
弱み、ではないが……ようは、恥ずかしいのだ。
「早かったん、ですね」
そらした視線の先に時計を見つけて時間を確認したときなはことさら話題をそらすわけでもない適当な話題をふった。
「だって、せっかくの金曜日だから。いっぱいときなと一緒にいようと思ってすぐ帰ってきたの」
「そうですか」
「おかえりって言ってくれないかと思ったら、寝てたんだ」
「だからって一緒に寝ることはないんじゃないですか」
恥ずかしくて、少し嬉しいと一切顔に出さずに思っているときなはそれを悟られぬよういつものように表向きは冷たい言葉を話す。
「だって、寝てるときなって可愛いから」
「っ……」
万全の状態であればときなは、なにくだらないことを言ってるんですかくらい言えたのかもしれないが、このときは不意打ちのダメージがまだ残っていて無言で絵梨子へと背を向けて、
「……せっかくだし、今日は一緒に買い物行きましょうか」
らしくもなく、あからさまに話題を変えて逃げるのだった。
起きたときに感じた絵梨子のぬくもりにわずかな笑顔を作って。
絵梨子と同棲しながらもほとんど外へ出ないときなであったが、夕飯の買い物だけは別だった。
家にまったく食材がないというわけではないが、せっかくだから絵梨子に毎日新鮮なものを食べて欲しいとこれだけは欠かさなかった。
もっとも、食費の出所は絵梨子なのだが。
「んーと、確かお風呂の洗剤がなくなりそうだったから……」
訪れているスーパー自体は絵梨子がいつも来る場所ではあったが、今はお母さんについてくる子供のようにときなの後をつけているだけだった。
「それと、お醤油も少なくなってたかな……?」
先に時間を置いても大丈夫なものを一通り探し、最後に食材をというのはときなの買い物のパターンで、今日もそれに従い生鮮食品売り場にやってきていた。
「ふん……」
買い物かごを持ちながら並んだ野菜を見つめるときなは、頭の中で昨日の夕食を思い出し、献立を組み立てていく。
が、
「そうだ。今日は何がいいですか?」
普段一人でするその思考も、目の前に食べてもらいたい相手がその人の意見を優先したいものだ。
「あ、そうね……にしても、ふふ」
絵梨子はときなの質問に答えようとしたものの急に嬉しそうに笑い出した。
「? どうかしましたか?」
「ううん。今のといい、ここ来てからといい、なんかときな奥さんみたいだから」
おそらく絵梨子はまたバカにされるというのをしてのことだったのだろうが、
「私はそのつもりですよ」
「え!?」
ときなの思わぬ反応に思わず大きな声を出してしまった。
幸いにして、夕方の混雑が目立つスーパーの中では別段注目されることはなかったが、絵梨子はかぁっと顔を熱くさせていく。
「おもしろくない反応ですね」
「え、えっと……」
「まぁ、奥さんかどうかはともかくまったくそういうつもりがなければ今頃こんなところにいませんよ」
「あ、ありがと……」
「? 何がですか」
「そ、その嬉しかったから」
「そうですか。それは口にしたかいもありましたね」
クールに振る舞いつつもそれなりに恥ずかしさを感じているときなだが、絵梨子のほうはそれ以上に今の言葉が心に響いていた。
「でも、そっか。そういう風に思ってくれるんだ」
「? 何か言いました?」
ポツリと嬉しそうにつぶやいた絵梨子の言葉はときなには届かず、
「ううん、なんでもない。気にしないで」
いつからか芽生えていた気持ちが育ったのを感じながら、絵梨子は今は笑顔でそう言った。
「そうですか。ところで、結局何がいいですか?」
「あ、そうね。でも、何でもいいわよ?」
「……よく言われることですけど、何でもいいって逆に困るんですよね」
自分も意見を求められてそういったことがあるが、人はその時になってみなければわからないことがある。特にこれは多くの人が体験する共通のことなのかもしれない。
「え、えーと。でも、本当にそう思うわよ。ときなが作ってくれるのってどれもおいしいし」
しかし、それでも絵梨子はのろけのようなことをいい
「私はときなが食べられれば何でもいいから」
とんでもないいい間違いをしてしまう。
「………よく、そんなこと言えますね。こんなところで」
「へ? ……あっ!!?」
一拍置いて、絵梨子は自分の言ったことに気づく。
「い、いやね、ち、違うの! ときなのがって言おうとしただけで……あの」
「ふーん、私は先生から見て魅力がないんですね」
「そ、そんなことあるわけないじゃない! ときなはすごく可愛いし、昨日だって我慢するのが大変だったくらいだし……っていうか……ちゃったくらいだし。それに……」
「あの、先生?」
こめかみに指を当て教師が出来の悪い教え子を見るかのような目でときなは絵梨子を見つめる。
「衝撃的だったりとか、嬉しかったり恥ずかしかったりなのですが。とりあえず、場所をわきまえていただけると嬉しいのですが」
「え……あっ!」
絵梨子がここがどこだかを思い出し、顔を真っ赤にする反面、ときなは心の中でため息をつく。
「まぁ、そこが可愛いんですが」
しかし、次の瞬間には小さくつぶやき姉の顔で笑顔になる。
「え? 何か言った?」
ただ、絵梨子はこういうときなの本音を聞きそびれてしまうことが多いのだった。