理々子のお昼といえば、今でこそ自分の席や、中庭で大切な妹が作ってくれたお弁当であるが以前は、自分で作ることもせず、同僚と近くに食べにいくか、もしくは図書館の食堂ですませるというのがほとんどだった。
そのせいもあって、職場の人間関係というのも固定になりがちだったが、美織からお弁当を作ってもらうことで、お弁当つながりで今まで話さなかった人とも話すようになっていた。
「……川里?」
今日も美織お手製のお弁当を、その人と一緒に食べながら理々子はどこか上の空といった様子になっていた。
「…………」
理々子は、箸を進めてはいるもののその動きは明らかに鈍く
「聞いてるの?」
一緒に食事を取る一つ上の先輩はさっきからほとんど手の進まない理々子を不思議そうに見つめていた。
名は、入間瑞希。長い髪と気の強そうなつり目が特徴で、以前はそこまで理々子と交流がなかったが、お弁当の関係で話すようになった相手だ。
「川里理々子!」
二度声をかけても気づかれなかったことが気に障ったのか瑞希は机をバンとたたいた。
「っ!? は、はい!」
そこでやっと、理々子は正気に戻ってつまんでいるだけだった卵焼きを思わず机に落とす。
「あ………」
と、理々子が残念そうな声を上げるととほぼ同時に
「ふぅ……はい」
と、瑞希は丁度自分のお弁当にも入っていた卵焼きを理々子の弁当箱に放り込んだ。
「あ、いえ……」
「もらいなさい」
反論は受け付けないといった口調で瑞希はそういうとやっと本題に入っていく。
「最近、あなた少し変よ?」
「そう、でしょうか?」
「変。前だったら、妹が作ってくれたってうれしそうに食べてたのに、最近は残したりしてる。喧嘩でもした?」
「別に、喧嘩してるわけじゃ」
「そ。別に川里のプライベートに干渉しようとは思わないけど、人とご飯食べてるのにいつもそんな顔されてたんじゃたまらない。さっさと仲直りすることね」
「いえ、だから喧嘩はしてないんですが」
「何でもいい。とにかくさっさと仲直りしなさい。愚痴なりなんなりは聞いてあげてもいいから」
「……はぁ」
勝手なことをいうものだと理々子は、そう感想づけるしかない。
本当に喧嘩などではない。
(……喧嘩ならよかったけど)
喧嘩ならば仲直りするという選択肢を選べる。相手が悪いにしろ、自分が悪いにしろ、だ。
だが、今理々子が抱えている悩みはそんな簡単に解決するものではないし、そもそもその糸口すら見当たらないものだった。
はっきりとは気づかないようにしていた美織の想いを知ってしまった後では。
「…………」
そして、また美織の想いのことを考えると理々子の手はとまってしまうのだった。
美織の気持ちに気づいたのは、美織がまた住み始めてから一ヶ月も経たないうちだった。
きっかけがあったわけではない。
ただ、たまに違和感を感じていた。
おはようと声をかけてくれるとき、おかえりと迎えてくれるとき、おいしいといってあげたとき、一緒に出かけたとき、ご飯を作ってくれるとき。
違和感があった。嬉しいだけじゃない。幸せなだけじゃない。
どこか臆病さも見え隠れする独特の雰囲気。
欲しいものなのに、手を伸ばすのをためらっているそんな誰もが経験する気持ち。
恋の気持ち。
最初は漠然とした、もしかしたらという程度でしかなかった。気のせいとも自意識過剰とも、ただ、【姉】への親愛なのだとも思った。
だからこそ、理々子は美織を必要以上に【妹】と思い、【妹】として接してきた。
だが、美織の気持ちは半端なものではなかった。
美織の想いは積み重なっていく一方なのだろうと感じている。違和感が大きくなっているのだ。
【妹】として扱われることを嫌がっているところが見えてしまう。
今思えば、ことさら【妹】としてみるのは間違いだったのかもしれない。
理々子は美織が自分を好きということはすでに確信していても、どの程度本気なのかは考えていない。考えようとしていない。
だから見誤るのも無理はなかったのかもしれない。
妹として見られることを嫌がるそぶりに気づかないふりをして、妹として扱い、大切な妹なのだと口にした。
それであきらめてくれると思ったわけではない。だが、壁があることを伝えたかった。まだまだ夢見る少女の美織に現実を優しく教えてあげたつもりだった。
しかし、それは逆効果で、理々子が妹として見ていないというところまでは、理解したのかもしれないが、それは美織の暴発を生んだ。
自分のせいだと知っている理々子はそれを受け入れてしまい、今はその隙を作ったことを後悔している。
はっきり知ってしまえば、考えないわけにはいかないのだから。
今のところは理々子が心配しているようなこと、勉強が疎かになったりなどはしていない。
だが、それが続くとは限らないし、なによりその先がどうなるかわかったものではない。
(……妹。美織は、ただの妹よ)
自分のことだけを考えるわけにはいかない理々子は、毎晩のようにそう言い聞かせ、自然に解決することはない悩みを抱えている。