「さて、と。じゃ、そろそろねよっか」
私たちはお風呂から出ると、体の火照りがおさまるのを待ってからベッドに入る。
一緒のベッドに。
お風呂に一緒に入っているのと同じくこれも子供の頃から普通にしてること私たちにとってはいつものこと。
気にすることではない。
今までなら。
「…………………………………ねぇ、彩音」
さっそくベッドに寝ようとしていた彩音に私は目を背けながら搾り出すようにいった。
「ん、何? まだ寝ないの?」
「そうじゃなくて…………その……」
言わなければ。
今の状態で彩音と一緒に寝るなんて……できない。眠れなくなるのはもちろん、心のバランスが崩れてどうにかなっちゃいそうだった。
と、言葉をぼかしてみせたけど、ようは恥ずかしくて耐えられなくなりそうってこと。
「もう一緒に寝るのやめない?」
恥ずかしいのもあったけれど、一緒に寝たいという気持ちも少なくなかった私はあえてなんとも思っていないかのようにそう言った。
へたに言いずらそうになんかしてたら、まるで私が彩音と一緒に寝るのを嫌がってると思われそう。そんな風に思われるなんて恥ずかしくてどうとかとは比べようもないほどにいやだもの。
「えー、なんで? あたしと一緒なの嫌なの?」
「そういうことじゃないわよ」
平常心、平常心。何とも思っていないようにしなきゃ。
「そろそろ一緒に寝るの窮屈だっていってるの。この前だって、ベッドから落ちたのよ。窮屈以前に危ないでしょ」
「んー、美咲があたしと寝るの嫌っていうならそうするけど」
(っ! 嫌なわけないでしょう!)
「だから、嫌とかそういうことじゃないって言ってるでしょうが。話聞きなさいよ」
心の動揺とは裏腹に私は冷静に彩音へ呆れているように見せた。
「まーいいけどー、確かに窮屈って言えば窮屈だし」
(っ………)
自分でやめようといったくせに彩音が了承してしまったら私は胸のどこかでは残念がっていた。
(これで、いいのよ……)
私は寂しさを抱えながら今まで彩音とずっと一緒に寝ていたベッドを見つめた。
ふかふかのベッドに隣には彩音のぬくもり。
意識していなかった幸せな時間。
(これで、いいのよ)
もう一度私は同じことを思うとようやくベッドから目を背けることができた。
「じゃ、今から布団とってくるの面倒だし、今日は最後ってことで一緒に寝よっか」
(ッ!!!)
わざとやってるの!?
せっかく私がベッドでの思い出に浸りながらもそれをどうにか振り払ってっていうのに!!
別に今の私の気持ちに気づけとは言わないけど、やっぱ彩音って……鈍感っていうか、無自覚に人の神経逆撫でするっていうか……
「駄目よ、そんなことしてるとこのままずるずるいきそうだし。やめるって決めたんだから今日から」
どうにかいつものようにって振舞う私だけど心では彩音に怒りすら覚える。
「はーい。んじゃ、布団取ってきますよっと」
彩音はそう言って布団を取りに部屋から出て行った。
(……バカ)
ボフン!
私は一人になった部屋で彩音のベッドに倒れこむ。
「………………彩音のバカ」
ほんと人の気も知らないで……
(……まぁ、そういう所も含めて好きなんでしょうけど、私は)
このベッドを名残惜しく思っているのは何よりも証拠。
それでもまだまだ子供の私は今の選択が正しいものと思って彩音が戻ってくるまでベッドのぬくもりに浸るのだった。
「…………ふぅ」
私はため息をつく。
一体、彩音を好きになってから何度目のため息かわからない。ため息をつくと幸せが一つ逃げるっていうけど、いくら幸せを逃がしちゃったんだか。
「……はぁ」
それでも、また幸せを逃がす。
「…………」
というか、このため息をつくと幸せが逃げるというのは前向きになれという単なる比喩かと思ってたけど、実際に幸せも逃げているような気がした。
「……美咲―?」
「……ふぅ」
「美咲ってば」
「あ、な、何よ?」
「何って、さっきから全然宿題やってないからどうかしたのかなって思っただけ」
「ちょ、ちょっと考え込んでただけよ」
「……ふーん」
金曜日の放課後、学校から帰ってきた私は宿題をしようと誘ってきた彩音と一緒に、私の部屋で一緒に机に向かっている。
二人で使うには狭い机にイスを並べて問題集を開く私たちだけど私は彩音に指摘されたとおりまったく進んでいない。
(……ふぅ)
心でため息をつく。
彩音を好きになってから彩音の前でもため息をついてしまうことは多くなったけど、そのせいか彩音との距離が開いてしまった気がする。
今までならさっきみたいな会話でももっと色々話をして、そういう意味で宿題が手につかなかったのに。
彩音と触れ合う機会もほとんどなくなり、会話も少なくなる。
ため息のせいではないだろうけど、幸せが少なくなってることは間違いなかった。
(……自業自得なのかもしれないけど)
ムニ
「っ!?」
また幸せを逃がそうとしていた私はほっぺを引っ張られる感触に、驚いて体を彩音から離した。
「な、なにするのよ!?」
壁にぶつかるほどイスごと体を引いて彩音から逃れた私は顔を真っ赤にして彩音に食ってかかる。
「何って、またぼーってしてたから目を覚まさせてあげたんじゃん」
「な、なら声をかければいいじゃない!」
「さっきから呼んだりしてたじゃん。つか、終わんなくなっちゃうよ? あたし写させないからね」
「別にいいわよ。一人になったらするから」
私は軽い気持ちでそう言ってしまった。好きな人の前じゃ集中なんてできない。
「むっ、なにそれ。あたしとなんかと一緒に宿題したくないっての?」
「っ!? そ、そんなことは言ってないじゃない! 一緒のほうが……」
(じゃない!)
何言おうとしてるのよ私は!
なんだか思考能力が落ちている気がする。今までならこんな迂闊なことは言わなかったのに。
「一緒のほうが……?」
「な、なんでもないわよ!」
一緒のほうがいいに決まってるなんて言えるわけないでしょ。
「……ふぅ。ほら、いいから宿題しちゃうわよ」
「はいはいっと」
彩音は特に追求してくることはなく私は、相変わらず集中できないままどうにか宿題へと向かっていった。
「あ、もうこんな時間か」
宿題を終えた私たちはあんまり会話のないまま、互いに自分の時間を過ごしていたけれど私のベッドで漫画を読んでいた彩音がそんなことを呟く。
机で小説を読んでいた私も釣られるように壁にかけてある時計を見ると、六時になる手前くらいだった。いくら家が側だからといっても小学生なら帰ることを考えなきゃいけない時間。
「そうね」
私は、彩音が帰ってしまう事実を寂しく思うものの、それを同じくらい安心している自分を複雑に思う。
(……一緒にいたい、のに、な)
一緒にいると好きな人と一緒にいられる嬉しさと同様の恥ずかしさや、悩みが出来て疲れてしまうのも事実。
もっとも、いなくても彩音のことを考えては悶々としてしまうけど。
「……彩音?」
さっきあんなことを言っていたくらいなのだからすぐ帰るのかと思ったけど彩音は漫画は閉じたものの、何か考えているようでベッドから降りもしなかった。
「ね、美咲。今日泊まってってもいい?」
「は!?」
いきなり衝撃的なことを言われて私は思わずそう言ってしまった。
「……何よ。こんなことで驚いて。いいでしょ。明日休みだしさ」
今さらだけど、彩音が泊まるのは珍しいことじゃない。というよりも、私は彩音の家に、彩音は私の家に自分の着替えとパジャマを置いてあるほど頻繁に泊まりあう仲。次の日が学校でも泊まることすらある。
(……泊まり……)
「……で、いい?」
中々返答しないあたしに焦れたのか彩音はもう一度問い直してくる。
「…………す、好きにしなさいよ」
彩音といられる時間が増えて嬉しいのは間違いなくとも素直になりきれない私はそう答えた。
「そ、あんがと。あ、じゃ、とりあえず家に電話してくるわ。電話かしてね」
そう言って部屋を出て行く彩音。
それを見送る私は何で彩音がこんなことをいったのか今はまだ理解できず、もちろん、この夜に自分が大きな決断をすることも知らないでいた。